見出し画像

「空殻」 流れない水は腐る (Prototype Human解説vol.3)

サウンド、モチーフについて

先に完成していた4曲の曲順を考えた際に、
Doublethink
Stand Alone Complex
無形動物
空中楼閣
の並びになると想定。

Stand Alone Complexと無形動物の並びはややスムーズではないというか、シンセが全面に展開する前二曲はSF映画で言うならハイテクノロジーな高層ビル群、
シンセは鳴りつつも柔らかなバンドサウンドが主体の後ろ二曲は中華&和の要素が入り乱れた退廃的な路地裏のイメージだった。

であれば、前者から後者へシームレスに移動していくような曲を書こうと思い立つ。
シンセポップの枠組みでありつつ、ミニマルな前二曲の流れは踏襲しつつ、ギター、ベース、ドラムのサウンドでフレーズを組み立てていく曲に。

空殻でクウカクと読ませるのは造語。
日本語としてはアキガラという読みが正しいか。
カラカラと読ませても面白かったけれど、シリアスなトーンのアルバムの中でちょっと可愛くなりすぎる気がしてやめた。
いずれにしても空になった殻のことだが、ここにも攻殻機動隊的なイメージが伴っていたことは言うまでもない。


歌詞のテーマについて

生きていくことは、変わっていくことだと思う。
でも、変わっていくことって、とても怖い。

分からないことが怖いからだ。
今が100だとして、変化することで120になると分かっているなら簡単なのだけど人生はそうではない。
でも漠然と、このままでいいのかな、なんて不安に感じたりもする。
このままでいることもまた怖いのだ。停滞感に伴う焦り。置いていかれたらどうしようという恐怖。

PCやスマートフォンの最新OSがリリースされていても、アップデートに失敗したら面倒だし、バグがあるかもしれないから一旦様子見、と先延ばしにしがちな人は僕だけではないと思う。
でもいつまでもアップデートをしないでいると、いつの間にかサポート対象外になっていたりするのだ。

この曲ではそうしたPC/スマートフォンの要素を歌詞に多く盛り込んだ。

「Hey, Siri. このままでいるのも変わるのも不安だよ」
「すみません、よく分かりません」

何でもすぐに調べられるスマートフォンも、どこに行きたいのか分からなければ調べようがない。
これはStand Alone Complexの繰り返し。

自分の乗っている電車は止まっているのに、隣をすれ違う電車を見て一瞬進んでいると錯覚することがある。
SNSなんかを眺めていて、その目まぐるしい奔流に圧倒されている間に一日が溶けている。
バズっているポストをシェアして、「めっちゃこれ」とか一言だけコメントを添えて何となく自分も意見を言った気になる。

無形動物でも使った表現だが、PCやスマートフォンのモニターは世界と隣接する窓だと思う。
Windowsっていうのはそういう意味では良いネーミングだ。(Appleユーザーが何か言ってる)

僕は今を維持することに固執していた。
変わることを恐れていた。
先の見えない世の中で、どうにか保たれていた自分の周りの環境を必死に守ろうとした。
決して今が幸せだとは思っていなかったが、不幸でもなかった。

一方で川の中央に迫り出した飛び石に取り残された一人のように、周りが変わっていくことに不安を感じていた。
それでもいつまでも変わらずにいることは不可能だと気づいてもいた。
僕が変わらなくとも、周囲の環境が変わっていく。
周囲の人間たちが変わっていくからだ。
そうなれば、僕自身が変化を止めていた分だけ状況は悪くなる。
だけど僕の心は、長い間同じ姿勢を取り続けたために筋肉が硬直しており、上手く動かすことができなくなっていた。
このままでいいとは思っていない。
でも変わるのも怖い。

その頃、長い付き合いの友人が人生の岐路に立っていた。
きっとたくさん悩んだ末に、大きな決断をした。
僕は友として、彼のその選択を肯定してあげたいと思った。
彼には申し訳ないが、僕にとっては彼の変化もまた、恐れていたものの一つだった。
正直咀嚼には時間を要した。
それでも友として、彼のその選択を肯定してあげたいと思えた。

緊急事態宣言が明けて以降もしばらく律儀に引きこもっていた僕は、そのまま仕事も在宅に移行し、本当にバンドメンバー以外に合わない生活を送っていた。
ある日仕事の最中に嫌気が差し、少しだけ家の近所を散歩した。
たぶん一週間以上ぶりの外気だったと思う。
木と土の匂い。排気ガスの匂い。どこかから漂う夕食の準備の匂い。そしてそれ以上に、風を甘く感じた。
当時、漠然と世界の終わりのようにも感じられていた。でも世界は終わってなかった。
桃源郷ではまったくないけれど。ディストピアかもしれないけれど。それでも世界は続いていた。

変わらないものなんてない。
無常。

決して前向きではない。
仕方がないという一種の諦めだ。
変わるまいとしても変わっていってしまうのなら、じっとして状況が悪化するのに任せるよりもせめて自分で扉を開け、自分で流れていく方向を決める方がまだマシだ。
流れない水はやがて腐ってしまうのだから。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

方丈記

20220415デモ完成




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?