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フィルムカメラと僕の夏

夏の訪れを肌で感じた頃、ふと思い立って部屋の片隅で埃を被っていたフィルムカメラを引っ張り出してきた。
中古で安く買ったそいつに、今では一瞬買うのを躊躇してしまうほど値上がりして高価になったフィルムを入れる。
埃を被るくらい使用していなかったことからも推して知るべしといったところだが、フィルムの交換という行為自体が相当に久々であり、おぼつかない手つきでセットするその様はぎこちなく、馬鹿に丁寧で、それだけに我ながらどこか儀式めいて感じられた。
どうにかフィルムを無事にセットし、カメラ上部に残枚数が表示される。

僕の夏が始まった。

旅行等の趣味もなく仕事は在宅のため、ただでさえ単調な日々を繰り返してしまいがちなところへ、ここ数年はコロナも相まって何とも味気なく、代わり映えのしない夏を繰り返していた。

そこへ投じた一石が、このフィルムカメラである。
能動的に写真に収めるようなイベント、ロケーションを探していかないと、いつまでもカウントは減らない。
逆に言うと、このフィルムをすんなり使い切るようであれば、それだけ有意義な夏を過ごせたのだという証明にもなる。
このフィルムを使い切ることが、この夏の達成すべき目標となった。

こうやって自分で目標を立ててみると、何だか小学校の自由研究みたいでちょっと笑えてくる。
あの頃は嫌々だったのに、今では日々に張り合いを持たせるために自分からわざわざタスクを課すなんて、人は変われば変わるものだ。


さて、意気込んで夏を迎えたわけだが、結果はどうだったか。

気になっている喫茶店へ出かける。
それは年中やっていることで、夏感、特別感がないのでフィルムが勿体ない。
このフィルムはあくまで"夏"を切り取るためのものなのだ。

バンドで自主企画のライブを開催する。
機材がとにかく多いのと、バタバタしていてあまり自分で撮っている暇はないだろうことに加え、オフィシャルカメラマンを雇っていたのでそちらに任せることにしてカメラは持っていかず。

いくつかのライブ、コンサート、映画を観に出かける。
いずれも普段はあまり行かない街だったのでイベント前に周囲を散策する予定だったが、イベントは基本的に撮影禁止。
手荷物検査でカメラを持っていることを追及される光景を想像し、何かと面倒そうなので、持って行かず。
トラブルは事前に回避するに限る。賢い。

他にもバンド周りで忙しくしていたり、コロナになったりといったこともあり、気がつけば9月も終わりが見えてきた。
36枚撮りは使い切れる気がしなくて、日和って27枚撮りのフィルムをチョイスしていたのにも関わらず、残数は11。

しかも、その使用した16枚のうちの大半が一日の写真。
知り合いのカメラマンさんのポートレート撮影のモデルを引き受け、浅草で撮影する日に自分でも街並みを撮ったものだ。
これは言ってみればカメラマンさんのファインダー、感性のおこぼれを頂戴したようなもので、自分が味わい、感じた夏かと言われれば判定は非常に怪しい。
ビデオ審査にもつれ込んだとしても無理からぬことだ。


こうして駄文を書き連ねながら今年の夏を振り返ってみると、夏らしいことをまるでしていないのではないか?
海にも行っていない。
かき氷も食べていない。
花火もしていないぞ。

しかしちょっと待て、そもそも僕はそういうことをしたいような、屋外レジャーやアクティビティを歓迎し全力で楽しめるような人間だったっけ?

上に書いたようなテンプレめいた"夏"が仮に目の前に現れたとて、きっと気疲れしてしまい100%は楽しめない。
だけどせっかくの夏だし、なんかちょっとそういうこともしてみたい。

これはあれだ、完全に陽キャのライフスタイルを口では小馬鹿にしつつも内心では憧れている陰キャのムーヴだ。

そもそも他でもない僕自身が、ステレオタイプな"夏らしさ"に囚われていたのがよくない。
上に書き連ねたように、それなりに街へ繰り出してはいたのだから、もっと気軽に心の赴くままにシャッターを切ればよかったのだ。
とるに足らない景色だったとしても、後々それを現像して見返したときに、
「ああそうだ、こういうことがあったな」
と思い返す助けとなるだけでもそこに価値はあるのだ。
欠かさずつけている日記の延長のようなものだと捉えていればそれでよかったのかもしれない。

それこそ別に外出せずとも、ベランダに迷い込んできた蝉とか、ちょっとお洒落に洋風にアレンジしてみた素麺とか、自分の部屋での作曲風景を切り取るのでもよかったはずだ。

基本的に僕は何かと考え過ぎるたちで、こうでなければならない、とか、こうすべきだ、とか、自分で自分のことを縛る癖があるのだけれど、この夏もまたそれが出てしまったわけだ。
とはいえそれに気づけただけでもまだマシというもの。
来年はもっと自由に深く考えずに、他人と有意義さを比較して無駄に落ち込むこともせずに夏を楽しもうではないか。

嗚呼、冷房の効いた部屋でビールを飲みながらだらだらと思うままに文章を書き連ねるの最高……。夏、満喫。
いや、心から思ってますよ。本当に本当。


スマホが振動し、見てみるとLINEの通知。
先日、共同企画を一緒に開催したバンドと打ち上げを兼ねたBBQを行ったのだが、その写真が送られてきていた。
あ。
これこそ一番フィルムカメラで撮るべきやつじゃん。


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