「Doublethink」 自分で考えない私たち (Prototype Human解説vol.1)
はじめに
2022年リリースの配信限定EP、Prototype Human: Nearside、
2023年リリースの配信限定EP、Prototype Human: Farside、
およびそれらをまとめたフルアルバムPrototype Human。
それらの収録曲についてセルフライナーノーツというかたちでつらつらと書き連ねていきます。
アルバム全体についての総括的な記事は、おそらくまた後日。
楽曲の方向性、サウンドについて
2019年。SF映画の導入のような短い曲を作りたいというアイデアからスタート。
この時点で2作品と、それらをまとめたフルアルバムという完成形の構想はあったので、初めからオープニングを飾る楽曲という前提で着手した。
前作『結晶標本』のリリースが2021年なので着手のタイミングとしてはかなり古いというか、相当数の曲を同時進行で進めているのでこういうことになる。
2020年3月、コロナ流行りはじめのタイミングでオケの骨組みは既に完成していたがメロディが気に入らず一旦お蔵入り。
折に触れて取り出してこねくり回してはいたが、結局デモが完成したのはそこから一年半ほど後。
物語の始まりを予感させるドラマチックな展開、コンパクトな尺、リアルタイムの世界情勢も踏まえたシリアスな世界観、ダンサブルなビート、浮遊感のあるメロディ、と、自ら課した微妙に相反するようなそれらの要件に合うように形をはめていくのは難易度の高いパズルのようだった。
Tycho、いくつかのアンビエントアーティスト、映画のサウンドトラックなどのイメージで着手したところに、後からAURORA、宇多田ヒカルなどのイメージが合流。
空間的な広がりを感じさせつつもミニマルなフレーズで展開していく曲を目指していて、それは達成できたと思う。
テーマ、歌詞について
他人の言葉、世の中の流れに振り回される人々に、また自分自身に釘を刺すような気持ちで書いた。
Doublethink、つまり二重思考はジョージ・オーウェル『一九八四年』に出てくる概念。
相反する二つの意見を、それが矛盾しているにも関わらずどちらも信じることを指す。
例えば、あなたは盗みは悪いことだと信じている。
ある日SNSで拡散された、廃棄の弁当を漁る身なりの汚い人の動画を見て、他の大多数の人と同様に
「不潔だ」
「みんなは金を払って食べているのに」
と嫌悪感を示す。
しかし、今度は同じ動画が
「生きるのに精一杯で餓死寸前の彼はこうするしかなかった。
この人を逮捕するなとは言わないが、たかが数百円、それも廃棄になった商品だ。
一方で何億円も横領した権力者が捕まらずにいる方がおかしい。
貧しい人が盗みを働かずに済む社会を作れない国が悪い」
という文脈で拡散され、あなたは他の大多数と同様に
「その通りだ。
したくもない盗みに手を染めてしまったこの人もある意味被害者だ」
と感じたりする。
さまざまな意見を目にし、自分で考える中で意見を変えたというわけではなく、どちらも同時に信じている。
何となくその場の雰囲気と多数派の意見、それから自分が推している人の発言だから、というようなことでころっと信じてしまったりする。
めまぐるしく変化する、想像もしなかったことばかりが起こる2020年以降の世界。
きっとみんな考えるのに疲れてたと思う。
でもそこで考えることを止めて誰かの言葉を鵜呑みにするのはあまりに怖いと感じたし、その肌感は、今言葉にし、歌にしてこそ意味があるものだと考えた。
今、リアルタイムに世に問う、というと大袈裟になるけれど、自分自身のこの時の鬱屈とした気持ちを整理する上でも必要な曲だった。
また、漠然と幸せになりたいと言う人は多いけれど、
自分にとっての幸せが何なのかちゃんと言葉にできる人って実は少ないんじゃないの?
という皮肉(自戒含む)も込めた。
少なくとも僕はまだ僕の幸せの形について、上手に言語化ができない。
SNSでバズっていた知らない誰かの発言をそのまま使いまわしたような借り物の言葉じゃなく、僕は君の言葉が聞きたい。
2021.10.06 デモ完成
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