しろの種

「しろの種」は、スケノアズサが絵を、近藤望未が言葉をお届けするアカウントです。 まっし…

しろの種

「しろの種」は、スケノアズサが絵を、近藤望未が言葉をお届けするアカウントです。 まっしろな紙を前に、ぱっと頭にひらめいたこと。その一つ一つを「種」にして、日常の中でちょっと心が動いた瞬間を、表現していきます。3月より、「物語からはじまるショートショート」をお届けしていきます。

マガジン

  • 物語からはじまるショートショート

記事一覧

4/25(火)-5/14(日)「しろの種」絵と言葉展 土の中から、とびだすふたば

まっしろな紙を前に、ぱっと頭にひらめいたこと。 その一つ一つを「種」にして、日常の中でちょっと心が動いた瞬間を、絵と言葉で表現する、「しろの種」。 絵本『うみの…

しろの種
1年前
1

物語からはじまるショートショート 〜第十二回「キッチン」より〜

キッチンに立つのは、数週間ぶりのことだった。 そのせいか、 調理台も流しも妙につるんととのっている。 だから、ぽつんと置かれた本が、 自然 と目に入った。 仕事に、 …

しろの種
2年前
1

物語からはじまるショートショート〜第十一回『お話をはこんだ馬』より〜

あなたに手紙を書くのは、ずいぶん久しぶりのような気がします。桜も新緑もすぎ、気づけばもう、金木犀の季節さえ過ぎようとしています。 そのあいだに、あなたにはどんな…

しろの種
2年前
3

しろの種 こぼれ話④

*ここまでのお話は、以下をご覧ください* 「しろの種 こぼれ話」では、制作に至るまでのエピソードや、裏話をお伝えしています。 こぼれ話① https://note.com/azusasu

しろの種
3年前
4

物語からはじまるショートショート〜第十回『マシューのゆめ』〜

ぼくは、正真正銘のひとりぼっちになった。 学校の人たちは、すこしも理解してくれようとしない。先生にだって、はれもの扱いされている。 おまけに今日…。 今日、ぼく…

しろの種
3年前
2

物語からはじまるショートショート〜第九回『荒野の呼び声』より〜

夜の海って、黒い。 マユミは、目の前に広がる波を見て、率直にそう思った。 海を、それも、夜の海を最後に見たのは、いったいいつのことだっただろう。 「今日限りで、辞…

しろの種
3年前
4

物語からはじまるショートショート〜第八回 『いつも だれかが…』より〜

暑い暑い夏が、今年もやってきましたね。 久しぶりに長い休みを取れたので、じりじりと照りつける太陽の下、セミの声が響く中を歩いて、あなたの町までやってきました。今…

しろの種
3年前
2

物語からはじまるショートショート〜第七回 『森の絵本』より 後編〜

森はだんだん深まっているはずなのに、山下青年は少しも不安ではなかった。  また、木ばかりの平たい道に出た。風は止んでいたが、さっきより空気が冷たい。彼は少し疲れ…

しろの種
3年前
2

物語からはじまるショートショート 〜第六回『森の絵本』より〜 前編

「森に…」山下老人は、少しかすれた声で語り始めた。 「森に、呼ばれたことがあるんです」 「森に呼ばれる?」  僕は要領を得ないまま、聞き返した。 「ええ、ええ。…

しろの種
3年前
2

物語からはじまるショートショート 〜第五回「ねぎを刻む」より〜

 ざっ…ざっ、ざっ…ざっ……  アパートの廊下を通ると、また、あの音が聞こえてきた。換気扇に乗ってほんの少し、青くつんとした香りが流れてくる。  私の部屋の隣に…

しろの種
3年前
2

物語からはじまるショートショート 第四回 『ふくろうくん』より

 夕方、急に降り始めた雨は、だんだんと強まっていた。私は、水びたしの町をとぼとぼと歩き、家族の寝静まった自宅へと帰った。    今日は、せっかく出かけたのに、会う…

しろの種
3年前
3

しろの種 こぼれ話③

*ここまでのお話は、以下をご覧ください* 「しろの種 こぼれ話」では、制作に至るまでのエピソードや、裏話をお伝えしています。 こぼれ話① https://note.com/azusasu

しろの種
3年前
6

物語からはじまるショート・ショート 〜第三回「檸檬」より〜

彼女は八百屋を目にした途端、足がすくんで、うまく息ができなくなった。  軒先にりんごや玉ねぎが、うず高く積まれている、商店街の角の、小さな店の前でのことだ。  …

しろの種
3年前

物語からはじまるショートショート 〜第二回「チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏」より〜

 そこは、日当たりが良くて、窓の大きな部屋だった。日に日に濃さを増す青空に、綿あめのような雲が浮かぶ。桜が満開の季節のある日、私は友人の部屋から、そんな春爛漫の…

しろの種
3年前
6

物語からはじまるショートショート 〜第一回 『あおのじかん』より〜

 彼女がその本を読み終えたのは、夕方五時のことだった。 暖かさと寒さがかわるがわる訪れる、二月の後半。身体が季節に振り回され、気づくと、熱を帯びたまぶた任せに眠…

しろの種
3年前
8
4/25(火)-5/14(日)「しろの種」絵と言葉展 土の中から、とびだすふたば

4/25(火)-5/14(日)「しろの種」絵と言葉展 土の中から、とびだすふたば

まっしろな紙を前に、ぱっと頭にひらめいたこと。
その一つ一つを「種」にして、日常の中でちょっと心が動いた瞬間を、絵と言葉で表現する、「しろの種」。

絵本『うみのハナ』『やぎのタミエはおかあさん』などを手がけるすけのあずさと、「古本屋かえりみち」を営むかたわら、執筆活動をおこなう近藤望未が、2人で制作しています。

2020年から2023年までの作品やオリジナルグッズの販売に加え、ワークショップ

もっとみる
物語からはじまるショートショート 〜第十二回「キッチン」より〜

物語からはじまるショートショート 〜第十二回「キッチン」より〜

キッチンに立つのは、数週間ぶりのことだった。

そのせいか、 調理台も流しも妙につるんととのっている。 だから、ぽつんと置かれた本が、 自然 と目に入った。

仕事に、 人付き合いに、この頃はずいぶん忙しかった。 転職と引越しで、 生活はがらりと変わり、家は、寝るために帰る場所と化していた。 以前に比べると、身体は元気だけれど、頭のどこかでは、ひとりきりの時間を求めている自分もいた。

今日はめず

もっとみる
物語からはじまるショートショート〜第十一回『お話をはこんだ馬』より〜

物語からはじまるショートショート〜第十一回『お話をはこんだ馬』より〜

あなたに手紙を書くのは、ずいぶん久しぶりのような気がします。桜も新緑もすぎ、気づけばもう、金木犀の季節さえ過ぎようとしています。
そのあいだに、あなたにはどんなことがあったのでしょう。何を見て、どんな遊びをしましたか。どんな料理をしましたか。いつだったか、得意そうに見せてくれた刺繍は、いまでも続いていますか。変わらぬあなたに会えたらうれしい。けれど、変わったあなたというのもなんだか面白そうです。

もっとみる
しろの種 こぼれ話④

しろの種 こぼれ話④

*ここまでのお話は、以下をご覧ください*

「しろの種 こぼれ話」では、制作に至るまでのエピソードや、裏話をお伝えしています。
こぼれ話① https://note.com/azusasukeno/n/n9b4e86c0e7a8
こぼれ話② https://note.com/azusasukeno/n/na570c529db6b

こぼれ話③https://note.com/shironotane

もっとみる
物語からはじまるショートショート〜第十回『マシューのゆめ』〜

物語からはじまるショートショート〜第十回『マシューのゆめ』〜

ぼくは、正真正銘のひとりぼっちになった。

学校の人たちは、すこしも理解してくれようとしない。先生にだって、はれもの扱いされている。

おまけに今日…。

今日、ぼくはついに、家出ってやつをしてしまった。

朝。登校時間になっても、体がうごかなかった。

目は開けたし、熱があるようにも感じなかった。ただ足が、腕が、首が、頭が、制服を着てスクールバッグを背負うことを拒んだのだ。

やがて母さんが部屋

もっとみる
物語からはじまるショートショート〜第九回『荒野の呼び声』より〜

物語からはじまるショートショート〜第九回『荒野の呼び声』より〜

夜の海って、黒い。
マユミは、目の前に広がる波を見て、率直にそう思った。
海を、それも、夜の海を最後に見たのは、いったいいつのことだっただろう。

「今日限りで、辞めさせていただきます」
彼女が3年間働いたバイト先を去ったのは、今から2週間前のことだ。呆れと怒りとで顔を真っ赤にした店長、戸惑ったように、面白がるように、遠巻きにやりとりをながめるスタッフたち。彼らの視線から逃げるように、職場を後にし

もっとみる
物語からはじまるショートショート〜第八回 『いつも だれかが…』より〜

物語からはじまるショートショート〜第八回 『いつも だれかが…』より〜

暑い暑い夏が、今年もやってきましたね。
久しぶりに長い休みを取れたので、じりじりと照りつける太陽の下、セミの声が響く中を歩いて、あなたの町までやってきました。今日は、今年一番の暑さだそう。少し外にいるだけで、ぽたぽたと、額から汗がたれてきます。
こうなるとわかっていても、八月にこの町を訪ねたくなるのは、あなたに会うのがいつも、夏の盛りの時期だったからでしょう。子どものころ、休みになると、家族でこの

もっとみる
物語からはじまるショートショート〜第七回 『森の絵本』より 後編〜

物語からはじまるショートショート〜第七回 『森の絵本』より 後編〜

森はだんだん深まっているはずなのに、山下青年は少しも不安ではなかった。

 また、木ばかりの平たい道に出た。風は止んでいたが、さっきより空気が冷たい。彼は少し疲れたので、倒木を見つけて腰かけることにした。

 木が高く、葉を繁らせているので、太陽の姿が見えない。間接的な光で、道は見えるけれど青っぽい。ここまで来ると当然、人の気配もなく、気づくとあの声もしなくなっていた。

 彼はただ、遠く深く、永

もっとみる
物語からはじまるショートショート 〜第六回『森の絵本』より〜 前編

物語からはじまるショートショート 〜第六回『森の絵本』より〜 前編

「森に…」山下老人は、少しかすれた声で語り始めた。

「森に、呼ばれたことがあるんです」

「森に呼ばれる?」

 僕は要領を得ないまま、聞き返した。

「ええ、ええ。そうです。あれは、今から四十、いや五十年も前になります。あなたくらいの年格好の頃にね、森から急に声が聞こえて」

 山下老人は、僕の住むアパートの斜向かいに家を持つ紳士だ。よく喋る小太りの奥さんと、猫二匹と、小さな庭のついた一軒家で

もっとみる
物語からはじまるショートショート 〜第五回「ねぎを刻む」より〜

物語からはじまるショートショート 〜第五回「ねぎを刻む」より〜

 ざっ…ざっ、ざっ…ざっ……

 アパートの廊下を通ると、また、あの音が聞こえてきた。換気扇に乗ってほんの少し、青くつんとした香りが流れてくる。
 私の部屋の隣に住んでいるのは、20代そこそこの女の子だ。ウェーブのかかった茶色いボブカットがよく似合う、色白の細い子。毎朝赤い口紅をつけて、ピンヒールを履いて出かけていく。決して元気いっぱいというタイプではなく、挨拶も、自分からはしてこない。ただ、近所

もっとみる
物語からはじまるショートショート 第四回 『ふくろうくん』より

物語からはじまるショートショート 第四回 『ふくろうくん』より

 夕方、急に降り始めた雨は、だんだんと強まっていた。私は、水びたしの町をとぼとぼと歩き、家族の寝静まった自宅へと帰った。
 
 今日は、せっかく出かけたのに、会う予定だった友人にドタキャンされた。それから、持て余して喫茶店を探したが、どこも満員で入れず。迷った挙句、古本屋をのぞくことにしたが、行ってみると臨時休業。雨のせいで、せっかくの新しいワンピースはぐじゃぐじゃ。お気に入りの靴にも水が漏れてき

もっとみる
しろの種 こぼれ話③

しろの種 こぼれ話③

*ここまでのお話は、以下をご覧ください*

「しろの種 こぼれ話」では、制作に至るまでのエピソードや、裏話をお伝えしています。
こぼれ話① https://note.com/azusasukeno/n/n9b4e86c0e7a8
こぼれ話② https://note.com/azusasukeno/n/na570c529db6b

近藤の制作するエッセイのフリーペーパー「道草はいつも、くもり空の下

もっとみる
物語からはじまるショート・ショート 〜第三回「檸檬」より〜

物語からはじまるショート・ショート 〜第三回「檸檬」より〜

彼女は八百屋を目にした途端、足がすくんで、うまく息ができなくなった。
 軒先にりんごや玉ねぎが、うず高く積まれている、商店街の角の、小さな店の前でのことだ。

 長雨だった昨日までが嘘のように、汗ばむほど上天気の午後1時。彼女はここまでやってきた。
 彼女はまだ、この町に引っ越してきたばかりだ。数日にわたり、山のような段ボールを片付けた甲斐あって、今日は午前のうちにようやく、手が空いた。
 何より

もっとみる
物語からはじまるショートショート 〜第二回「チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏」より〜

物語からはじまるショートショート 〜第二回「チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏」より〜

 そこは、日当たりが良くて、窓の大きな部屋だった。日に日に濃さを増す青空に、綿あめのような雲が浮かぶ。桜が満開の季節のある日、私は友人の部屋から、そんな春爛漫の空を眺めていた。
 
 彼女がふいに、話しかけてきた。
「そこに線路があるの、見える?」
 指さす方に目をやると、窓の真向かいに、市内を走る電車の線路があった。
「時々ね、ここから電車を眺めるんだ。見てると飽きないものでさ。電車って、中にい

もっとみる
物語からはじまるショートショート
〜第一回 『あおのじかん』より〜

物語からはじまるショートショート 〜第一回 『あおのじかん』より〜

 彼女がその本を読み終えたのは、夕方五時のことだった。
暖かさと寒さがかわるがわる訪れる、二月の後半。身体が季節に振り回され、気づくと、熱を帯びたまぶた任せに眠っていた。目が覚めてすぐ、なんとなく手に取ったのが、『あおのじかん』だった。まさに青一色で描かれたこの絵本は、読み進めるにつれ、彼女の内側を、同じ色で満たしはじめた。
本から顔を上げると、部屋中に広がる照明の光が、目に入った。どうやらその眩

もっとみる