しろの種

「しろの種」は、スケノアズサが絵を、近藤望未が言葉をお届けするアカウントです。 まっし…

しろの種

「しろの種」は、スケノアズサが絵を、近藤望未が言葉をお届けするアカウントです。 まっしろな紙を前に、ぱっと頭にひらめいたこと。その一つ一つを「種」にして、日常の中でちょっと心が動いた瞬間を、表現していきます。3月より、「物語からはじまるショートショート」をお届けしていきます。

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4/25(火)-5/14(日)「しろの種」絵と言葉展 土の中から、とびだすふたば

まっしろな紙を前に、ぱっと頭にひらめいたこと。 その一つ一つを「種」にして、日常の中でちょっと心が動いた瞬間を、絵と言葉で表現する、「しろの種」。 絵本『うみのハナ』『やぎのタミエはおかあさん』などを手がけるすけのあずさと、「古本屋かえりみち」を営むかたわら、執筆活動をおこなう近藤望未が、2人で制作しています。 2020年から2023年までの作品やオリジナルグッズの販売に加え、ワークショップも開催予定です。草花を摘みあつめるような気軽さで、ぜひ、遊びにいらしてください。

    • 物語からはじまるショートショート 〜第十二回「キッチン」より〜

      キッチンに立つのは、数週間ぶりのことだった。 そのせいか、 調理台も流しも妙につるんととのっている。 だから、ぽつんと置かれた本が、 自然 と目に入った。 仕事に、 人付き合いに、この頃はずいぶん忙しかった。 転職と引越しで、 生活はがらりと変わり、家は、寝るために帰る場所と化していた。 以前に比べると、身体は元気だけれど、頭のどこかでは、ひとりきりの時間を求めている自分もいた。 今日はめずらしく、 仕事が早く片付いた。 タイムカードを切ると、得意の愛想笑いで 「お疲れ

      • 物語からはじまるショートショート〜第十一回『お話をはこんだ馬』より〜

        あなたに手紙を書くのは、ずいぶん久しぶりのような気がします。桜も新緑もすぎ、気づけばもう、金木犀の季節さえ過ぎようとしています。 そのあいだに、あなたにはどんなことがあったのでしょう。何を見て、どんな遊びをしましたか。どんな料理をしましたか。いつだったか、得意そうに見せてくれた刺繍は、いまでも続いていますか。変わらぬあなたに会えたらうれしい。けれど、変わったあなたというのもなんだか面白そうです。 わたしはといえば、家にいそいそとためこんでいた本を、とうとう街の人たちに売りは

        • しろの種 こぼれ話④

          *ここまでのお話は、以下をご覧ください* 「しろの種 こぼれ話」では、制作に至るまでのエピソードや、裏話をお伝えしています。 こぼれ話① https://note.com/azusasukeno/n/n9b4e86c0e7a8 こぼれ話② https://note.com/azusasukeno/n/na570c529db6b こぼれ話③https://note.com/shironotane/n/nbd2e8849883c 「ねえ、一緒にやってみない?」 どちらとも

        4/25(火)-5/14(日)「しろの種」絵と言葉展 土の中から、とびだすふたば

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          物語からはじまるショートショート〜第十回『マシューのゆめ』〜

          ぼくは、正真正銘のひとりぼっちになった。 学校の人たちは、すこしも理解してくれようとしない。先生にだって、はれもの扱いされている。 おまけに今日…。 今日、ぼくはついに、家出ってやつをしてしまった。 朝。登校時間になっても、体がうごかなかった。 目は開けたし、熱があるようにも感じなかった。ただ足が、腕が、首が、頭が、制服を着てスクールバッグを背負うことを拒んだのだ。 やがて母さんが部屋をのぞき、不安げな顔で体温計を差し出した。それを脇にはさんでみたが、体温は36.

          物語からはじまるショートショート〜第十回『マシューのゆめ』〜

          物語からはじまるショートショート〜第九回『荒野の呼び声』より〜

          夜の海って、黒い。 マユミは、目の前に広がる波を見て、率直にそう思った。 海を、それも、夜の海を最後に見たのは、いったいいつのことだっただろう。 「今日限りで、辞めさせていただきます」 彼女が3年間働いたバイト先を去ったのは、今から2週間前のことだ。呆れと怒りとで顔を真っ赤にした店長、戸惑ったように、面白がるように、遠巻きにやりとりをながめるスタッフたち。彼らの視線から逃げるように、職場を後にした。 その後のことは、よく覚えていない。どうにかして(おそらく、いつものようにバ

          物語からはじまるショートショート〜第九回『荒野の呼び声』より〜

          物語からはじまるショートショート〜第八回 『いつも だれかが…』より〜

          暑い暑い夏が、今年もやってきましたね。 久しぶりに長い休みを取れたので、じりじりと照りつける太陽の下、セミの声が響く中を歩いて、あなたの町までやってきました。今日は、今年一番の暑さだそう。少し外にいるだけで、ぽたぽたと、額から汗がたれてきます。 こうなるとわかっていても、八月にこの町を訪ねたくなるのは、あなたに会うのがいつも、夏の盛りの時期だったからでしょう。子どものころ、休みになると、家族でこの町に向かいました。新幹線と私鉄を乗り継ぎ、この町に着くときは、旅の疲れと夏バテ、

          物語からはじまるショートショート〜第八回 『いつも だれかが…』より〜

          物語からはじまるショートショート〜第七回 『森の絵本』より 後編〜

          森はだんだん深まっているはずなのに、山下青年は少しも不安ではなかった。  また、木ばかりの平たい道に出た。風は止んでいたが、さっきより空気が冷たい。彼は少し疲れたので、倒木を見つけて腰かけることにした。  木が高く、葉を繁らせているので、太陽の姿が見えない。間接的な光で、道は見えるけれど青っぽい。ここまで来ると当然、人の気配もなく、気づくとあの声もしなくなっていた。  彼はただ、遠く深く、永遠のように続く森を、じっと見つめた。黒いような、緑のようなぼんやりが、どこまでも

          物語からはじまるショートショート〜第七回 『森の絵本』より 後編〜

          物語からはじまるショートショート 〜第六回『森の絵本』より〜 前編

          「森に…」山下老人は、少しかすれた声で語り始めた。 「森に、呼ばれたことがあるんです」 「森に呼ばれる?」  僕は要領を得ないまま、聞き返した。 「ええ、ええ。そうです。あれは、今から四十、いや五十年も前になります。あなたくらいの年格好の頃にね、森から急に声が聞こえて」  山下老人は、僕の住むアパートの斜向かいに家を持つ紳士だ。よく喋る小太りの奥さんと、猫二匹と、小さな庭のついた一軒家で暮らしている。僕が、ゴミ出しのついでなんかに煙草を一服ふかしていると、時々こうし

          物語からはじまるショートショート 〜第六回『森の絵本』より〜 前編

          物語からはじまるショートショート 〜第五回「ねぎを刻む」より〜

           ざっ…ざっ、ざっ…ざっ……  アパートの廊下を通ると、また、あの音が聞こえてきた。換気扇に乗ってほんの少し、青くつんとした香りが流れてくる。  私の部屋の隣に住んでいるのは、20代そこそこの女の子だ。ウェーブのかかった茶色いボブカットがよく似合う、色白の細い子。毎朝赤い口紅をつけて、ピンヒールを履いて出かけていく。決して元気いっぱいというタイプではなく、挨拶も、自分からはしてこない。ただ、近所のケーキ屋の袋を提げている日だけは、いつもより声が一段明るい。そんな子だ。  彼

          物語からはじまるショートショート 〜第五回「ねぎを刻む」より〜

          物語からはじまるショートショート 第四回 『ふくろうくん』より

           夕方、急に降り始めた雨は、だんだんと強まっていた。私は、水びたしの町をとぼとぼと歩き、家族の寝静まった自宅へと帰った。    今日は、せっかく出かけたのに、会う予定だった友人にドタキャンされた。それから、持て余して喫茶店を探したが、どこも満員で入れず。迷った挙句、古本屋をのぞくことにしたが、行ってみると臨時休業。雨のせいで、せっかくの新しいワンピースはぐじゃぐじゃ。お気に入りの靴にも水が漏れてきて、靴下まで台無しになった。    なんで私って、いつもこうなのだろう。  濡れ

          物語からはじまるショートショート 第四回 『ふくろうくん』より

          しろの種 こぼれ話③

          *ここまでのお話は、以下をご覧ください* 「しろの種 こぼれ話」では、制作に至るまでのエピソードや、裏話をお伝えしています。 こぼれ話① https://note.com/azusasukeno/n/n9b4e86c0e7a8 こぼれ話② https://note.com/azusasukeno/n/na570c529db6b 近藤の制作するエッセイのフリーペーパー「道草はいつも、くもり空の下で。」(以下「道草」とします)。その第3号・第4号に、スケノが挿絵を描きました。

          しろの種 こぼれ話③

          物語からはじまるショート・ショート 〜第三回「檸檬」より〜

          彼女は八百屋を目にした途端、足がすくんで、うまく息ができなくなった。  軒先にりんごや玉ねぎが、うず高く積まれている、商店街の角の、小さな店の前でのことだ。  長雨だった昨日までが嘘のように、汗ばむほど上天気の午後1時。彼女はここまでやってきた。  彼女はまだ、この町に引っ越してきたばかりだ。数日にわたり、山のような段ボールを片付けた甲斐あって、今日は午前のうちにようやく、手が空いた。  何より、せっかくの天気だ。散歩でもしよう。そう思い立ち、玄関先の適当なスニーカーをつっ

          物語からはじまるショート・ショート 〜第三回「檸檬」より〜

          物語からはじまるショートショート 〜第二回「チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏」より〜

           そこは、日当たりが良くて、窓の大きな部屋だった。日に日に濃さを増す青空に、綿あめのような雲が浮かぶ。桜が満開の季節のある日、私は友人の部屋から、そんな春爛漫の空を眺めていた。    彼女がふいに、話しかけてきた。 「そこに線路があるの、見える?」  指さす方に目をやると、窓の真向かいに、市内を走る電車の線路があった。 「時々ね、ここから電車を眺めるんだ。見てると飽きないものでさ。電車って、中にいるのと外から見るのじゃ、まるで別物なんだよね」  そう言った表情は、いたずらっ子

          物語からはじまるショートショート 〜第二回「チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏」より〜

          物語からはじまるショートショート 〜第一回 『あおのじかん』より〜

          彼女がその本を読み終えたのは、夕方五時のことだった。 暖かさと寒さがかわるがわる訪れる、二月の後半。身体が季節に振り回され、気づくと、熱を帯びたまぶた任せに眠っていた。目が覚めてすぐ、なんとなく手に取ったのが、『あおのじかん』だった。まさに青一色で描かれたこの絵本は、読み進めるにつれ、彼女の内側を、同じ色で満たしはじめた。 本から顔を上げると、部屋中に広がる照明の光が、目に入った。どうやらその眩しさにも、換気を怠った部屋の空気にも、身体はもう飽ききっているようだ。 私が求め

          物語からはじまるショートショート 〜第一回 『あおのじかん』より〜