🎐 「ラジオ深夜便」村上隆さん

2024年8月13日 14:01

フォトグラファーの北山さとです。

「とっておきの京都手帖」、編集・撮影を担当しています。

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

私の心の滋養でもある、NHKの「ラジオ深夜便」。

放送開始頃から聴き始め、もう30年以上になるだろうか。

当時はトラック運転手に語りかけるような印象のラジオ番組だった。

仕事帰りの疲れた私にとっても、安全運転を呼びかけ家路までお伴ともしてくれる相棒だった。

8月7日、8月8日の2日間にわたり、「ラジオ深夜便」の「明日へのことば」のコーナーで、現代美術家の村上隆さんが出演されていた。

村上隆さんといえば、国内で8年ぶりの大規模個展となる「村上隆もののけ京都」が京都市京セラ美術館で9月1日まで開催されている。

白石さんから早々にお誘いを受けていたのだが、ようやくゴールデンウィーク明けに、私も京セラ美術館へご一緒出来た。

美術館の庭に設置された、金ピカの「お花の親子」の像に圧倒される。

高さが14メートル程で、ルイ・ヴィトンのスーツケースの上に立っている。

不思議なもので、にこにこ笑いかけているお花を見ていると、こちらまで、にっこりとなる。

迷いなき信念

「ラジオ深夜便」の村上隆さんの話を聞いていると、彼は世間からの自分の作品への評価も、何十年も先のことになるかもしれないと、とても長い長いスパンで見ている。

さりとて、時には世間の声に腹立ち、悲しくなりながらも、それを聞き、事細かに分析している。

そこは聞けば聞くほど興味深く、共感もする。

日本の美術史が、仏教伝来や、近代においては敗戦後の世界の影響、西欧の影響を受けて、どう変化がもたらされてきたのかを、インタビューの中では様々な観点から話されていた。

なるほど。

彼の作品には、その歴史を踏まえての、日本らしさであったり世界のアートとの差別化が表現されている。

また、彼の作品作りは、工房としてでないと出来ない表現があり、そのために近代美術の観点からの批判をどれだけ聞かされようが、突き進むしかなかったのだと。

作品を完成へ導くために、探し求めている表現を、チームで創造しているのかと納得した。

それを生み出すためには、その分野に長けた人の技術や知恵、協力が確かに必須だ。

彼は、自分を表現するための緻密な言葉を、あまりにもたくさん持っていた。

それは、ことあるごとに出てくる自分の心情について、きちんと向き合ってきたからだろう。

彼の迷いなき数々の言葉が物語っている。

Appleコンピューターが出てきたおかげ

村上隆さんは子どもの頃、「絵はそんなに上手ではなかった」と言う。

クラスでも3番手4番手ぐらいか…と。

「AIが出てきて、僕の可能性がさらに広がった。

　私がこうやって今、芸術家としてちゃんと社会とコネクトできてる理由は、Appleコンピューターが出てきたおかげ。

（中略）

　コンピューターの出現によって、僕は絵描きたらしめていると思っている。
　絵が上手かったのではなくて、いち早く自分の絵とコンピューターを結びつけることが、自分が今プロたらしめていると思っている。

（中略）

　昔から絵が上手かったのかと言われると、絵はそんなに上手くなかったのに、でも絵が好きだったというところが、道具によって補完されて、ここまでプロとしてやっていけるようになったので、道具が刷新されればされるほど、僕にとってはいい時代だなとは思っている」

NHK「ラジオ深夜便」より

私は思った。

村上隆さんは一人の現代美術家として、アイデアがほとんど浮かばないことの方が多い中であっても、自分の絶え間ない創造に常に向き合っていないと生きていけないほどの人ではないだろうかと。

前編のインタビューで村上さんは、自分の作品の根底には、「歴史との相対性を考えている」と語っていた。

彼は何に取り掛かるにしても、掘り下げて再び学び、深く思慮を巡らせて作品を誕生させている。

考え抜いて、考え抜いての、一作一作なのだ。

「ミストランスレーションみたいなのが結構僕のテーマだったりするので」と村上氏
AIとのコラボで生み出された白虎
親虎の迫力もあるが子虎も可愛い

村上隆という人

特に印象に残ったのは、後編に語ってくれたことだ。

「これ綺麗でしょっていう作品は、重要な作品になることは極めて確率が低いと思う。

　アーティストのやむにやまれない、リアリティーってものが固着したものが、歴史に残っていく作品となるので。

　芸術という事業は、悲劇的な事業。
　作家が不幸せになればなるほど、歴史に残る確率が上がる。

　一番有名なのが、やはりゴッホではないかと思う。
　印象派のモネにしても、糖尿病で目がかすんできてからの絵が、一番評価されている。「睡蓮」。
　ウィレム・デ・クーニングも、アルツハイマーで脳が劣化していく時の抽象絵画が評価されている。

　悲劇と隣り合わせたものが、名画として残るという歴史的な事実がある。

　伊藤若冲にしても、自分の家、長屋が大火に見舞われて、借金苦になった後に作った、サボテンと鶏の絵が、彼の代表作（仙人掌群鶏図〔さぼてんぐんけいず〕）。

　悲劇との密着した関係性が、歴史に残る芸術の誕生のトリガーになるというのは事実としてあると思う」

NHK「ラジオ深夜便」より

彼のアーティストとしての日々の葛藤や後悔も、赤裸々に語られていた。

おそらく多くの人間は、なかなか他人に自分の欠点や弱点、過去に遡っての後悔や失敗談を、積極的に公の場で話そうとは思えないだろう。

しかし、村上隆さんは、それがあっての今であり、作品への表現として通じていき、それでいて今なお、アニメへの憧憬を忘れられずに苦しんでいるとの後悔も語っていた。

彼の極端にも思える人生観は、全力で挑んできたことが報われない日本で培われた。

同時に、日本という国を客観視して良いところをたくさん見つけ、現在開催中の「村上隆もののけ京都」に漕ぎ着けたという経緯もあった。

挫折や苦悩にあえいでいる時や、酸いも甘いも分かるような人生経験を重ねている人ほど、村上隆さんの心の内に迫れるのかもしれない。

そして、彼には師事する方からの意見や世間の声さえも、「なにくそ！」というエネルギーに変えて作品の制作に挑める力がある。

その、媚びない、トレンドを追わない、確たる自分の信念の上に成り立つ作品が、世界から、若者から、不動の評価を得るに至っているのだ。

アーティストには、自分が思うような作品に表現が伴わないことや、手応えを感じる表現になかなかたどり着けないことがほとんどだ。

時として、孤独と不安、焦りの中にあるアーティストにとって、村上隆さんの言葉は心に染み入る。

自分の作品の限界と、妥協点が見え隠れする。

そんな時、私は、フォトグラファーとして写真を撮ることはできても、写真を撮ることで何がしたいのかと自らに問いかける。

「ラジオ深夜便」を最後まで聞いた時、村上隆さんの礼儀正しさを感じ、一番最後の話からは、これが等身大の村上さんであること、アーティストとしての運命の中に生きておられることが痛いほど伝わってきた。

同じ時代を生きてきた者として、もっと自分の好きを追求してほしいとさえ思った。

ふと、芹沢銈介さんの「八十七翁」という作品が脳裏をよぎった。

「八十七翁　家を出づ　十大弟子負って　胸突八丁」

解説や解釈には様々あろう。

むしろ私には、村上さんが誕生させた無数の作品が、背中を押し、手を引いて、どんな登頂もサポートしてくれるように思えた。

てっぺんからの景色を一緒に見て、あらゆるアートの美しさを知り、人間をますます知り、未来を信じ、さらなる山登りの旅へ再び出発して行かれるという期待を寄せて。

私は度々、北斎の晩年の言葉にエネルギーをもらう。

「『あと10年の寿命があれば』と言い、しばらくして『5年の寿命が保てれば本当の絵師になれるのに』」

今後も村上さんらしい作品の誕生をと、切に願う。

まずは、KBS京都の「生中継！京都五山送り火 2024」で、村上隆さんを見られることを楽しみにしよう。

「立秋」を迎え、先ごろから、少しばかり涼が感じられる瞬間が出てきたように思う。

9月1日までの「村上隆もののけ京都」に、もう一度、足を運んでみたい。

＜参考＞　NHK「ラジオ深夜便」
　　　　　明日へのことば　
　　　　　8月7日、8月8日放送
　　　　　「スーパーフラットはいま
　　　　　　〜現代美術家村上隆の挑戦〜」　

　　　　『芹沢銈介の日本』

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