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北海道一周旅行記(7/n)【和琴半島〜美幌峠〜三国峠〜タウシュベツ川橋梁〜帯広】・2022夏

本文の内容はあくまで個人の経験に基づく見解であり、それを必要以上に一般化する意図も、それと相反する意見を否定する意図もありません。一方でその上でも、もしお気付きの点がありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

全編のリンクはこちら。
(1/n):【新千歳〜札幌〜稚内】
(2/n):【利尻島〜礼文島】
(3/n):【旭川〜網走〜知床】
(4/n):【知床〜野付半島〜摩周湖】
(5/n):【摩周湖〜釧路〜根室〜阿寒湖】
(6/n):【阿寒湖〜裏摩周・神の子池〜屈斜路湖〜和琴半島】
(7/n):【和琴半島〜美幌峠〜三国峠〜タウシュベツ川橋梁〜帯広】
(8/n):【帯広〜ナイタイ高原〜十勝牧場〜帯広】
(9/n):【帯広〜豊似湖〜襟裳岬〜苫小牧】
(n/n):【苫小牧〜新千歳】

8日目後半【和琴半島〜美幌峠〜三国峠〜タウシュベツ川橋梁〜帯広】

誰もいない森の中で樹が倒れたら、音はするのだろうか。

朝から雨が降っていた。小雨になったり止まったり。風が吹いたり吹かなかったり。神の子池の前には、裏摩周という、摩周湖を裏側から見ることができる展望台も行っていたのだが、見れたもんではなかった。根室ほどではなかったが、霧に覆われ視界は不良。ただ、僕たちの気分はそこまで低くなかった。この旅ももう、残すところあと2日間だからだ。

美幌峠

屈斜路湖を後にして、次は峠を乗り越える。しかも二つ。そのあとやっと、久方ぶりの都市である帯広に着地する。僕らの目には、帯広までの障害物であると同時に、この旅行初の峠越えに、やや心が躍っていた。

まずは美幌峠。屈斜路湖に対し、10時の方向にあった。高地から屈斜路湖を見下ろせるようで、摩周湖展望台から味わった景色に近似するものを見ることができた。展望台は二階建てのビルとなっており、この2、3年で作られたようだった。僕らが在学中に完成した、大学の新校舎の匂いがした。新しいものの匂いと、学校施設の匂い。郷愁も未来への希望も両取りできるおトクな香りだな、と感じた。一階のフードコートでは、澄んだ醤油スープと、低温調理された鶏チャーシューでできた、これまた新しさの感じるラーメンを食べた。全体的に恵比寿、軽井沢のようだった。良くも悪くも風通しのいいビルだ。

中のお土産屋。近代的だ。
湖の中央にある島は、特に名前がなかった。
おトイレは鹿さんだ。

展望台から見える景色はなかなかよかった。高いところから見下ろす湖も、現地で水辺に足を落としながら見る湖も好きだ。なんとなく、六本木ヒルズを思い出す。六本木ヒルズの高層階で労働したこと。地上階の喫煙所で、明日は先輩に勝とうと誓ったこと。あのとき、喫煙所に共にいた友人とは、もう15年の付き合いだ。

美幌峠を降り、次の目的地に着く手前、路面店の本屋があった。本屋はその土地の文化が反映されていると考えている僕はーー今にして思えば、それは近隣住民が自分の蔵書を売却できる古本屋こそ目的にかなう気もするがーー、同伴者に断りを入れて、この本屋に向かった。中を見ると、案の定、都内の本屋と大きく差分があるという感覚もなかった。反中・反韓本も、YouTuberの本も、ともにYouTubeという巨大プラットフォーム由来としているんだろうな、と感じた。

三国峠

次の目的地、三国峠までは3時間程度だった。このときすでに15:30。日の入りは17時ごろ。完全に暗くなるまでにさらに2時間かかるとして19時。今から北海道ど真ん中、層雲峡そばの山道を走る。天気も芳しくないなかで、気合の入った旅程だな、と改めて思った。今、自分たちは山の麓にいると感じてすぐに、道が曲がりくねり始めた。

夕方に差し掛かる。空の低いところで雲が渋滞しており、小雨も降っている。濡れて白光りする鉛色の路面と、深緑とこげ茶の混合した山林道。とはいえ山道というのは、その地形の険しさや道路整備状況の不足が怖いわけではないのだ。怖いのは、そんな環境のなか、自分たちしかいないのではと思うほど道が閑散としていることだ。ここで事故が起きれば、誰が助けに来てくれるのだろう。いや、そもそも誰にも気づかれないのではないか。そんな心許なさが怖い。ひとりで運転していたら、もっと寄る辺なく、辛かったであろう。自分を認識してくれる人がいてはじめて、自分は存在できるのだ。

Epistemology

18時前に三国峠についた。美幌峠とは異なり、特に何も整備されていない。パーキングエリアのように駐車場があるのみだった。そこから見下ろす風景も、人間の感動に最適化されておらず、不揃いな種類、不揃いな高さの木々が、広く展開しているのみだ。雲は低く、開放感とは無縁で、誰が見てくれることもない。ここで僕が何かしても、それは世界に本当に起きたといえるのだろうか? だって、誰も見てくれていないのだから。虚しくこだまが弱く響いた。

タウシュベツ川橋梁

三国峠から1時間ほどで、次の目的地のタウシュベツ川橋梁についた。ここにいたっては駐車場もなく、片側一車線の道路に停車して行くしかない。もう日の入時刻はとっくに過ぎており、路面だけでなく、空も引き続き鉛色。なんでもないただの山林地帯を抜ける一本道の途中で車を止め、展望台ヘ行くため、標識に従い林のなかに足を踏み入れる。

この観光地を一言で言えば、湖の上にある橋が、湖面に反射して綺麗ですよ、というものであったのだが、そもそも曇りで、かつ日没後だったため、それは見られないことはわかっていた。ただ、本当にここはもう来ないだろう。今日いかなければ、もう二度とくることはない。僕の中で、その名を思い出すことは、今後の人生でもうないだろう。僕の中から完全に消える。今回の旅行で、目的地候補として挙げたこと、どんな場所か調べたこと、ここに向けて車を飛ばしたこと。そういったこと全てがなかったことになって、記憶が上書きされていく。そう思ったら、来ずにはいれなかったのだ。

道路から展望台まで意外にも距離があり、林のなかを進む必要があった。熊害リスクが頭をかすめる。道も整備されておらず、地面は丸太で粗雑に整備されているのみだ。地を這う樹木の根に配慮する形で、道は若干の凸凹を有していた。市民薄明であったのだが、林のなかなので暗さが強化されていた。目的地の方向から、明かりが漏れているのみだ。

目的地に着く。林を抜け、幅が2m程度の小さい展望台につくと、視界が急に明るくなる。とはいえやはり時刻は18時すぎ。曇りというのもあり、橋がわずかに視認できるだけで、湖面の反射など全く見えなかった。何より、思ったよりも遠い。

とはいえこれで、タウシュベツ川橋梁は僕の中に存在するようになった。そのことがとても嬉しい。

帯広

そして本日の宿泊地、帯広に着く。帯広につくころには8時前になっていた。帯広は平地にある地方都市で、神奈川県大和駅や、富山県富山駅周辺のような規模だった。長野県松本駅や栃木県宇都宮駅周辺よりは小規模だった。ただ、良い街だった。やや規模の大きい人気店もあれば、キッチンカーや個人商店が密集して、若者を多く集めている区画もある。スナックやバーが詰まった雑居ビルも複数ある。過去きた北海道の他の街とくらべ、中年、若者、観光客というそれぞれのクラスタが同じ規模感で拮抗している街だった。僕らはそこで、ジンギスカンを食べた。

夜はこの地にきて初めて、バーに向かった。そろそろウイスキーが飲みたかった。お気に入りのバーがある街は、関東県を除くと、四条河原、松本、名古屋だけだったが、それを増やしたいという気持ちもあった。食べログでいくつか調べてみるも、難しい。バーというのはネットで探すのが難しいのだ。行ってみるしかない。自身の嗅覚で選んだのだが、そこが大当たりあった。なんでも、上に書いた3つのエリアにある僕の行きつけのお店と連合を組んでおり、世界的に有名な醸造所への買い付けを共に行っているようだった。引きが強い。僕はギャンブルは得意ではないが、こういう縁においては引きが強いのだ。

都内にも連合に加入している店舗はいくつかあり、その一部は知っていた。連合のドンは日比谷にあるようで、行ってみたいものだ。ちなみに僕が一番好きなウイスキー2つを紹介する。ともにスコッチだ。

まさに雑居ビル

そののち、もう一軒バーに行った。一軒目のマスターに紹介いただいたカジュアルなバーで、こちらではマスターとの会話を楽しんだ。といっても、何を話したかは覚えていない。でも、それで良い。その店に行き、マスターと会話した。それによって、僕は一生帯広のこのお店を覚えている。僕は僕の中に、一つでも多くのものや人が在ることが嬉しい。僕なりの隣人愛というやつだ。

帯広の銭湯で体を整える。湯船で隣り合った中年男性たちのなかには、部下がいかに仕事できないか、それを教育する自分の苦労を語る人や、確定申告をしてる=経営者であることを顕示する人がいた。どこの銭湯も同じだなと感じた。

ホテルまでタクシーで帰った。タクシーの中には、空気清浄度なる指標をモニタリングする機器が設置されていた。科学、感情、経済活動で力学は異なる。我々の社会には複数のプロトコルが存在する。


北海道一周記・2022夏シリーズ
(1/n):【新千歳〜札幌〜稚内】
(2/n):【利尻島〜礼文島】
(3/n):【旭川〜網走〜知床】
(4/n):【知床〜野付半島〜摩周湖】
(5/n):【摩周湖〜釧路〜根室〜阿寒湖】
(6/n):【阿寒湖〜裏摩周・神の子池〜屈斜路湖〜和琴半島】
(7/n):【和琴半島〜美幌峠〜三国峠〜タウシュベツ川橋梁〜帯広】
(8/n):【帯広〜ナイタイ高原〜十勝牧場〜帯広】
(9/n):【帯広〜豊似湖〜襟裳岬〜苫小牧】
(n/n):【苫小牧〜新千歳】


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