見出し画像

教育ツールにeスポーツを選んだ理由|全日制高等学校日本初のコースが誕生

ビデオゲームをスポーツ競技として捉える競技eスポーツ。日本での競技人口は360万人を超え、世界全体では1億人をも超える※1。高額な賞金がかけられる大会も数多く、オリンピック種目に追加されることも検討が始まった。

そんな中、2023年4月に学校名を変えて新たなスタートを切る品川学藝高等学校は、ゲームを教育につなぐeスポーツエデュケーションコースを新設する。eスポーツを学べるコースとしては全日制高等学校で日本初となる試みだ※2。

高等学校の普通科にeスポーツを学べるコースを新設するのはなぜか。教育ツールとしてゲームをどのように扱うのか。卒業後の進路はどのようなものを想定しているのか。
今回のコース新設にまつわる疑問を、品川学藝高等学校の校長・若林彰先生と、専門科目の授業を担当するゲーム実況YouTuber・もか先生にぶつけてきた。2人が描くeスポーツ教育の可能性について、たっぷりお届けする。(取材・文 荒川ゆうこ)

ゲーム実況YouTuber・もか先生(左)と品川学藝高等学校校長・若林彰(右)

ゲームは熱中を生み出し、人生を変えていく最強のツール

- eスポーツ(=ゲーム)に着目した経緯はどのようなものだったのでしょうか。

若林:ゲームは、子どもたちを食事も忘れさせるほど熱中させ、心を掴みます。私自身もゲームが好きで、娘と一緒に長時間プレイしては妻に怒られていました。これだけの熱量を生み出すゲームを教育にも活かせないだろうかと思ったのがすべてのスタートです。
勉強の邪魔者扱いをされることも多いですが、子どもたちがゲームを通して発揮する集中力・判断力・発想力には驚きます。

もか:最近ではeスポーツ大会の様子がテレビやネットで放送されるようになってきましたが、数年前までは参加者でない限りeスポーツが何かすら知られていなかった印象です。一方で、当時から会場には仲間と一喜一憂しながら勝利をめざす高校生の姿を多く見ましたし、彼らが大規模な会場を埋め尽くす姿を見て、eスポーツの将来性や可能性を感じました。

そんな中、若林校長とアップデートされていく教育現場についてのお話を聞き、高校生の熱量が発揮されるゲームを教育に取り入れては、と伝えました。

若林:文部科学省のGIGAスクール構想等においても、ICTを活用した学習活動の支援や情報活用能力の育成といった学校教育の情報化が促進されています。eスポーツを教育ツールとして取り組まない手はありません。
本校では、eスポーツを通して学力の重要な要素である「思考力・判断力・表現力」及び「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」を育成できるようなカリキュラム作りをめざしています。

教育で活用されることの多いMinecraftだけでなくFPS・TPS・MOBAなどのジャンルも、コミュニケーション能力の向上や問題解決能力、想像力、論理的思考力の向上と密接な関係があると考えています。

「勉強の妨げ」という見方を180度変えたい

- 通信制高校や部活動でeスポーツを取り組む学校は増えていますが、全日制高校でeスポーツを学べるコースの設立は本校が日本初です。

若林:eスポーツの技術を高め、勝ち負けを競うだけでなく、eスポーツを通じて人間力を高める教育をしたい想いから全日制高校でeスポーツエデュケーションコースを新設しました。

eスポーツには様々な能力を育成する力があります。プレイする仲間とのコミュニケーション能力、クリアをめざすための課題解決能力や発想力や忍耐力など、数えきれない力が身に付くと考えています。ゲームを遊びで終わらせたらもったいない。その想いから全日制高等学校としてeスポーツを教育につなぐカリキュラムを構築しました。

もか:コース独自の授業として、実際にゲームをプレイするeスポーツ実習のほか、eスポーツ概要、映像編集、情報リテラシーなどを予定しています。

実習の授業では、今の高校生が興味を持つゲームタイトルを扱うことを大切にしています。熱中する中から学びを得ていく観点から、数学の公式や歴史の勉強とは異なり、旬のゲームを題材にする必要があるからです。

併せて、eスポーツを学ぶ生徒たちが関心を持ちやすい分野も授業で扱います。例えば映像編集。自分がプレイした動画を編集して公開したいとなると、動画編集やサムネイル作りが必要です。さらにWEBデザインの講師の方を呼んで、サムネイルの文字の選び方や余白の作り方など、デザインについても学べる機会を設けたいと考えています。

若林:eスポーツ概論の授業では、eスポーツを取り巻く過去・現在・未来の環境を考えます。eスポーツは高齢者の認知症防止にも非常に役立つことが昨今の研究で分かっています。新コースの立ち上げに尽力いただき、授業も担当いただく慶應義塾大学教授の加藤貴昭先生が研究実践を進めている分野なので、eスポーツでできる社会貢献について考えることも本コースでは進めたいと思っています。eスポーツを起点に、様々な角度から人間性を高めていきます。

eスポーツを教育につなぎ、社会で活躍できる人間力を育成する

- eスポーツエデュケーションコースで学ぶ生徒さんの進路は、どのようなものを想定しているのですか。

若林:本コースはeスポーツに関する専門科目のほか、普通科の全日制高校として一般科目を学び、大学進学できる学力を身に付けることをめざしています。eスポーツに関する専門科目で普遍的な人間力を身に付け、勉強にも活かしてもらいます。

芸術系コース中心の学校に、今回eスポーツを学べるコースを設けることに驚く方もいるかもしれません。今回は芸術分野ではなく、情報分野という点での新しさはありますが、知性と感性を融合した「人間力」の向上をめざす教育という点では一貫性がありますし、本校が長く実践してきた教育です。

もか:eスポーツで培ったものを活かし、社会に出たときにアウトプットできるような人間力を高めてほしいと願っています。卒業後プロゲーマーの道を歩む生徒が出てくるかもしれませんが、プロゲーマーの育成を目的とはしていません。ゲームに長けていること+αを身につけることを目標にします。大学選択においても情報学だけでなく経営学でも教育学でもジャンルを問わず幅広く検討して欲しいです。

- eスポーツエデュケーションコースで実現したいことを教えてください。

若林:何事も楽しくないことは続かないと思います。苦しい勉強もしたことはありますが、結局勉強が嫌いになるだけ。今日の勉強は面白かったな、楽しかったなと感じている時に、一番いろんな力が身に付くものです。 楽しいカリキュラムを我々が作り、生徒たちは楽しむ、それが学びにとって一番良い環境だと思っています。

生徒たちが素敵な人生を送れるように、自分の経験を通して伝えられることはできるだけ提供してあげたいと思います。私自身は教育に携わって間もなく50年になります。様々な教育方法を現場で試してきましたが、eスポーツは人間力を高める要素が詰まっていると確信しています。eスポーツエデュケーションコースでその道しるべを示していきます。

もか:家でゲームに熱中する子どもたちに、保護者の方は少し呆れ顔になるかと思いますが、その一生懸命さ、熱量を学校での学びに転換するのがeスポーツエデュケーションコースです。この熱量は他の学びではなかなか見られるものではありません。

学校でeスポーツに熱中しているうちにいつの間にか成長していた、という状態をつくれるよう尽力していきたいと思っています。

※1 BCNeスポーツ部記事より

※2 本校調べ


●品川学藝高等学校について
学園創立120周年を迎える2023年を機に、日本最古の私立音楽学校をルーツとする日本音楽高等学校が生まれ変わります。校名は品川学藝高等学校、男女共学校として新たに出発します。建学の精神に「愛と和と誠実」を掲げ、知性と感性の融合を通した「人間力」向上を最重要目標とする教育を実践。設置コースは普通科(リベラルアーツコース、eスポーツエデュケーションコース)と、音楽科(ミュージックコース、パフォーミングアーツコース:バレエ専攻、ミュージカル専攻)の2科4コース。大学受験対策を校内で完結できるよう、外部教育機関の校内予備校を設置するほか、学費無料制度など支援体制を充実します。またリニューアルする新制服はファッション誌「FUDGE(ファッジ)」とのコラボレーションです。