見出し画像

【短編小説 666】

※本作はTwitterでのフォロワー数666人を記念して書き下ろしたものです。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ある日、エワさんが死んだ。急性の病気だったとのことだが、病気でも事故でも僕にとっては正直どうでもよかった。

エワさんが、死んだ。

エワさん。本名 襟川冬騎(えりかわ とうき)。名字のえりかわを縮めてエワさん、と仲間は呼んでいた。
僕は大学の軽音サークルの飲み会で初めてエワさんと話した。高校からちょこちょこギターを弄っていたけどお酒はてんで飲めなくて手持ち無沙汰にウーロン茶を飲んでいた冴えない僕に彼は気さくに、それでいてごく自然に声をかけてきた。

「最近はどんな曲聴いてんの?」

初対面でありながらまるで定期的に会う知人みたいな話題の振り方をしてきたのをよく覚えている。胸元で揺れていた十字架のネックレスが居酒屋内の電灯の光を照り返していた。
エワさんのさりげないマイペースさにつられるように僕も段々口数を増やしていった。

エワさんとは色々なことを喋った。エワさんが色々なことを知っていたからだ。好きな星や持ってるレコード、中学時代の珍エピソードからオススメのbarまで何でも教えてくれた。
「人生は何事も経験」という言葉をこんなにも上手に相手へと伝える人はそれまでの僕の人生には居なかった。

「好きな子とか居ないの?」

ある日いつもの居酒屋で器用に枝豆を摘まみながらエワさんが訊いてきた。夜の7時少し前くらいだった。

「自分、あんまそーゆうの得意じゃなくて。大学には綺麗な人は沢山いると想いますけど」

僕の素人が書いた4コマ漫画みたいなつまらない回答にもエワさんは否定の色を示したりせずに無邪気に笑ってくれた。

「硬派だねぇ。いや、一応軽音に触れている者としてここはロックだねぇって言うべきか」

「フツーは逆だと想いますけどね」

尚もクスクス笑いながらエワさんは今度はトマトのぶつ切りへと箸をのばした。トマトの赤がとても鮮やかだった。

「いつかさ、」

トマトを呑み込んでから再びエワさんが口を開いた。

「いつかさ、好きな子ができて、告白する決心がついたらオレに言いなよ。そん時は御守りとしてこのネックレスやるから」

胸元の十字架をチャラチャラ鳴らしながらエワさんがニヤリと笑った。僕もちょっとおかしくなって吹き出した。

「遠慮しときますよ。そんなデカイ十字架のネックレスが似合うのエワさん以外に想像できないし」

ハハハっとエワさんは愉快そうに笑った。

「いーから貰っとけって。オレが先輩らしく後輩にやれるもんなんて、これくらいなんだからよ」

通い慣れた居酒屋の一室で僕たちの笑い声が響いた。


それがエワさんとの最後の時間だった。





エワさんが亡くなった1週間後、僕は何故か彼が緊急搬送された病院に電話で呼び出された。よく晴れた日の正午だった。

「ごめんなさいね。突然でビックリしたでしょ?」

いえ、と応えながら僕は看護師さんと病院の廊下を歩いていた。遠くで別の看護師さんのスリッパの足音が聞こえた。

「襟川さんが亡くなった後、この病室を掃除してたらね、見つかったものがあって」

「見つかったもの?」

看護師さんとその病室、恐らくエワさんが運ばれた病室に入りながら僕は聞き返した。看護師さんはベッド脇のサイドテーブルに近付くと、その真ん中の引き出しを指で示した。

「ここにね、これが入ってたのよ。あなたの名前と、私が今日かけたあなたの電話番号が書かれた紙が添えられてね」

そう言って看護師さんがポケットから取り出したものを僕は受け取った。

「あ、」

小さく声をあげた僕を見ながら看護師さんが続けた。

「紙に書かれたあなたの電話番号の下に、彼があなたに渡してほしいという旨のメモも残していたわ。ご家族にも確認したけど、あなた宛に遺されたものなら、あなたに渡してくれて構わないって」

「ーーーーーーそうですか」

手に持った少し大きい十字架のネックレスは窓から射し込む陽射しを受けて鈍く輝いていた。

少し濡れたそのネックレスから窓の向こうの青空へと視線を移した。

(エワさん)

エワさんとの時間が記憶から静かに流れ出す。
不思議と最後に言葉を交わした日のエワさんの声が頭の中で鮮明に響いた。

―いーから貰っとけって。オレが先輩らしく後輩にやれるもんなんて、これくらいなんだからよ―

窓の外を見つめたまま、僕は心の中でエワさんに語りかけた。

(このネックレスだけなんかじゃないですよ、エワさん。もっともっと、いっぱい貰いましたよ)



あれからそれなりの時間が経った。今でもエワさんが亡くなった季節が来ると言いようのない切なさが胸を占める。
その切なさを紛らわせるように、僕は胸元の十字架のネックレスを弄ってチャラチャラと鳴らしてみる。


〈FIN〉








#note  #小説 #小説家 #作家 #物語 #オリジナル作品 #短編小説 #詩 #ポエム #poem #Literature 
#表現  #創作 #文章 #詩人 #写真 
#タイポグラフィ  #poetry #photography 
#詩書きさんと繋がりたい
#冬の創作クラスタフォロー祭り  
#みんなで楽しむTwitter展覧会

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?