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記念すべき初回を徹底解剖『消されてたまるか』前編/「T・Pぼん」アニメ化決定記念特集①

12月1日は藤子・F・不二雄こと、藤本弘先生の誕生日で、昨年90周年を迎えた。ここから一年は記念イヤーということで、昨秋に90周年を記念するプロジェクトがいくつも発表された。

その中で多くの藤子Fファンをオッと驚かせたのが、「T・Pぼん」のアニメシリーズ化というニュースであった。「T・Pぼん」は1989年に2時間枠のスペシャル番組として一度アニメ化されているが、シリーズ化は初となる。

「T・Pぼん」は、後年の藤子先生のライフワークとなっていた作品で、あらゆる時代を航行できるタイムパトロール隊を主人公とした「歴史物語」である。

タイムマシンものということで、ジャンルはSFなのだが、物語の舞台となる時代についてはきちんと歴史考証がなされ、絵空事ではないリアルな歴史の一コマが描かれている。

「T・Pぼん」は、全部で35話発表されており、連載時期や掲載誌によって大きく三部構成に分かれている。

第一部は主人公、並平凡(ぼん)が見習いT・Pとなるお話。ぼんが同行することになるT・Pの先輩リームが準主役である。
「少年ワールド」1978年8月号~1979年9月号/全14話

第二部では、正隊員に昇格したぼんが、新たに助手となる安川ユミ子と共に主体的に活躍するお話。掲載誌が代わり、不定期連載となった。
「月刊コミックトム」1980年5月号~1983年6月号/全10話

第三部では、ユミ子が正隊員に昇格し、引き続き二人でタイムパトロールの任務にあたっていく。こちらも不定期連載である。
「月刊コミックトム」1984年6月号~1986年7月号/全11話


有名な話ではあるが、藤子先生は「T・Pぼん」についてはまだまだ続けるつもりであったとされる。結果的に最終話となってしまった1986年7月号の前後で、藤子先生は体調を崩されてしまい、その時に続いていた作品がいくつも中断に追い込まれている。

「ドラえもん」と「チンプイ」はその後連載を復活させるのだが、「パーマン」と「T・Pぼん」については、その後新作が描かれることはなかった。

1995年5月に「T・Pぼん」について藤子先生が語っている文章が残されているが、ここでも「実はまだ連載を終えてはいないのです」と結ばれている。

実際に、先生がご存命だった時には、収録コミックである希望コミックスでは第5巻までが発売していたが、単行本未収録のままとなっていた5話分をまとめた第6巻の刊行は認めなかったとされる。

きちんと最終回めいたものを書いて、第6巻を刊行させたかったのかもしれない。


と、そんな藤子先生の思い入れたっぷりな「T・Pぼん」が、シリーズとしてきちんとアニメ化されていくことは、藤子ファンとしては願ったり叶ったりである。

僕自身、「T・Pぼん」は全て熟読していて、藤子Fノートでも全てのお話を記事化させるべく執筆を続けてきた。これまで全35話中、22話を書き終えており、残りは後13作まで漕ぎつけている。

このアニメ化を起爆剤として、残りのお話をどんどんと記事にしていきたいと決意を新たにしているのだ。


今回「T・Pぼん」アニメ化決定記念特集ということで、第一部でまだ記事にしていない3作品を順次取り上げる。本稿では、記事化を先延ばしにしてきた記念すべき第一話をご紹介する。


『消されてたまるか』「少年ワールド」1978年8月号

第一話目ということで、本来ならば「T・Pぼん」とは何ぞやというところから丁寧に書くべきだとは思うのだが、もう既に多くの記事で繰り返し設定については触れているので、初歩的な情報は省いていく。

しかしながら、情報量がとてつもなく膨大な濃いお話となっており、労力の都合上、前後編の二回に分けて記事を作ることとしたい。

なお、これまで書いた第一部の作品レビューについては以下にリンクを貼っておくので、気になる方は是非ともチェック願います!

第2話:『見ならいT・P』 カスリーン台風突破せよ
第3話:『ピラミッドの秘密』 古代エジプトへ
第4話:『古代人太平洋を行く』 ぼんは歴史上の大人物!?
第5話:『魔女狩り』 魔女と拷問
第6話:『白竜のほえる山』 西遊記が生まれた日
第7話:『暗黒の大迷宮』 リアル・ミノタウロスの恐怖
第8話:『戦場の美少女』 たった一人だけ、特攻兵を救え!
第9話:『妖狐、那須高原に死す』 2022年、殺生石割れる!
第10話:『バカンスは恐竜に乗って』 T・Pの贅沢な休日
第11話:『OK牧場の近所の決闘』 ガンファイターぼん!
第14話:『超空間の失踪者』 失踪者がたどり着く世界の涯て


第一話の冒頭は、ぼんのキャラクター紹介から。

ぼんが住む町は少し郊外のまだ自然や畑などが残っている場所にある(後に武蔵野であることがわかる)。町内の小高い丘には樹齢700年近い巨木が立っていたが、スモッグに痛めつけられて枯れてしまい、切られてしまっている。

ここで敢えてスモッグの影響を示唆しているのは、本作発表時の1970年代は経済成長の負の側面である大気汚染などの公害問題が深刻であったからだ。皮肉を利かせているのである。

切り株に集って700年前に思いを馳せているのは、並平凡とその友人たち。友人たちの名前は小太りの白石鉄男、背が低い物知りの柳沢、そしてぼんが少し気になる女の子・白木陽子である。

本作において白石鉄男はキーパーソンであり、この後フルネームが紹介される。白木と柳沢については別のエピソードで名前が判明する。

700年前と言えば、13世紀の半ばの頃(本作発表時)。柳沢によれば「蒙古が勢力を拡大し、日本では鎌倉大仏が建立され、日蓮が法華経を開いている」とのこと。

何気ない説明だが、もちろんこの後のお話に絡む歴史的事実なので、きちんと押さえておきたい。


ぼんは鉄男と後で遊ぶ約束をして、一旦家へと帰る。ぼんはポケットから家の鍵を取り出して、扉を開ける。そして、「ただいま」「お帰り」と一人二役をする。

そして部屋に入るとママからの置手紙。「冷蔵庫にプリンスメロンがあります、五時までは勉強しなさい」とのこと。これにブツクサ言いながら、台所でメロンを食べるぼん。

このくだりにおいて、ぼんが「鍵っ子」であること、すなわち両親が共働きであることがわかる。21世紀の今ではまるで不思議な話ではないが、本作発表時において、一人っ子&かぎっ子はまだ亜流の存在だったのである。

また、メロンをおやつにしていることから、並平家はダブルインカムでそれほど生活には困っていない様子も見てとれる。


5時までの勉強を命じられたぼんが、机に向かったのは午後3時。あと二時間も勉強するのは、ぼんにとっては苦痛そのものだ。

後ほど勉強ノイローゼの話題が飛び交うことになるが、1970年代は「受験戦争」「学歴社会」と言ったキーワードが生み出され、学校の勉強を中核とした競争の激化が起こっていた時代だった。

経済成長の歪みとしての公害問題の発生、家庭環境や社会構造の変化の影響を、真っ向から浴びているのが、並平凡という少年なのである。


机に向かうが時計の針は一向に進まない。嫌な時間は長く感じるものなのである。ぼんは思わず「のろま!」と時計に対して愚痴るが、すると急に時計の針がグルグルと高速で回り出す。

窓の外はたちまち夜となり、すぐに朝が来る。そうこうしているうちに、ズズズーンと地震のような揺れが起こり、元の時間へと戻る。

・・・これは一体何だったのか。ぼんは勉強のしすぎでノイローゼになったのだ、と解釈し、無理しちゃダメってことなんだと自らを言い聞かせて、遊びに出掛けることにする。

もちろん自分で鍵をかけて、「行ってきます」「行ってらっしゃい」と一人二役をこなしながら・・・。


ぼんが向かった先は、遊びに行く約束をしていた白石鉄男の家。その途中で、不思議な面々と出くわすことになる。

まず大きなサングラスにヘルメットを被った、派手な真っ赤なワンピース姿の女の子から「ちょっとお尋ねします、この辺に・・・」と話かけられる。ところが、話の途中でこの女の子は「どうせ聞いてもわかるわけない」と言って、すぐにどこかへと行ってしまう。

続けて「オタズネシマス、コノヘンニ・・・」と、ブヨンブヨンしたゼリー状の生物(?)に声を掛けられる。ところがこの生物も「ヤメトコ、ヤッパシ」と一方的に話を打ち切られてしまう。

さすがに人間の言葉を話すスライムを目撃しては、ぼんも本当に自分がノイローゼなのではと深刻に捉えてしまう。「受験地獄はこんなにまで子供の精神を蝕んでいたんだ!」とショックを受けるのであった。

なお、最初の話掛けてきた女の子が、ぼんが助手で就くことになるタイムパトロール隊員のリーム・ストリーム。ゼリー状の生物はぶよよんである。

リームは2016年に住んでいること、ぼんとほぼ同じ年であることが後に判明する。おそらく名前からしても、日本人ではない。


白石鉄男の家に着くぼん。家と言ってもそこは団地で、鉄男の部屋は4階建ての4階である。郊外の団地住まいが定着してきた時代であることが明示され、さらに落ちたら死ぬ高さであることがポイントとなっている。

鉄男の部屋ではレコードを聞くが、ぼんは先ほどから見ている不思議な現象に心が奪われている模様。鉄男は見かけによらずレコード鑑賞が趣味と見え、「デレク・アンド・ドミレス」の「リトル・ウィング」をぼんに聞かせる。

デレク・アンド・(ザ・)ドミレスは、エリック・クラプトンやジム・ゴードンらが結成していたロックバンドで、ジミー・ヘンドリックスの「リトル・ウィング」をカバーしているので、そのレコードなのだろう。


ボーっとしているぼんを気遣う鉄男。ぼんはこれまで起こった不思議な出来事を口にするが、変に思われると感じてすぐに撤回する。そんな時に鉄男のママがスイカのおやつを持ってきてくれる。

そしてママはぼんに「並平さんはもう勉強を済ませてきたの?」と聞いてくる。鉄男の家庭においても、勉強は一番ホットな話題なのである。

ぼんはそのやりとりを見て、邪魔したみたいだから帰ると切り出す。すると鉄男は「ぼんがいる間だけ勉強しなくて済むんだ」と言って、制止する。ここですったもんだがあり、それが少々加熱。

「腕づくでも帰さない」と鉄男がぼんを捕まえようとするものだから、これをぼんが払いのけると、鉄男が体のバランスを大きく崩して、「ト、ト、ト」とベランダ方向へと躓いて、そのまま柵を乗り越えてしまう

ぼんが慌てるのも束の間、鉄男が団地の窓から転落し、そのままズシャと地面に衝突。ショッキングな量の血しぶきを上げており、いきなりダークな「SF短編集」のような描写が登場する。

「T・Pぼん」では残酷描写については容赦しないことにしているようで、本作以降でも目を覆うようなシーンは数多く描かれている。なぜそのようなダークな表現を厭わなかったのかという理由は他の記事でも書いているので、ここでは割愛しておきたい。


大変なことになったと真っ青なぼんの隣に、先ほど道で話しかけてきた女の子とゼリー生物が現れる。落下した鉄男を見て「あ~あ、やっぱり間に合わなかった」と、あっけらかんとしたことを言い出す。

「僕が殺したんだ!!」とわめくぼんを横目に、「仕方がない巻き戻しでいくしかないわ」と、あくまで冷静である。

するとその瞬間、ぼんの周囲の世界の「時空」が歪む。ぐるぐると世界が回ったかと思うと、先ほど鉄男のママがスイカを出してきた時間まで「巻き戻され」る。

死んだはずの鉄男が生き返り、大いに取り乱すぼん。ぼんはここで自分は勉強のしすぎでノイローゼになったのではと告白する。道理で様子がおかしかったと鉄男。

ぼんはスゴスゴと鉄男の部屋を後にし、送り出した鉄男のママは「あんまり勉強しすぎるんじゃないよ」と鉄男を諭すのであった。


さてここまで扉を抜いて15ページ。さらにこの後24ページも続くのだが、本稿はここまで。

ぼんが体験した不可思議な出来事は何だったのか。そして、事実が明らかになった時、今度はぼんの生命が失われる危機が到来する。

この続きは次回、またたっぷりと検証して参りたい。



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