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神隠しは世界の涯てへ『超空間の漂流者』/藤子Fの神隠し②

突然、人が失踪する。

なぜその人はいなくなってしまったのか? 理由の記された置き手紙が残されていたり、消えた本人が戻ってきたりしない限り、その真相は明らかにはならない。

自ら出ていったのか? 事件に巻き込まれたのか? はたまた神隠しか? 謎が謎を呼ぶため、ミステリなどの創作のタネとなることが多い。

また、失踪された側ー残された者の視点で、「なぜ自分の前から消えてしまったのだろう」という喪失感に苛(さいな)まれる話もよく見かける。

例えば村上春樹の「ねじ巻き鳥クロニクル」は、妻が失踪してしまうことから、数奇な運命にさらされる男の話だったし、佐藤正午の「ジャンプ」も彼女がりんごを買いに行くと言ってそのまま失踪してしまう話であった。最近読んだ「消えたママ友」というコミックがあったのだが、これは突如幸せそうなママ友が失踪してしまう話だった。

人が消えるという題材は、クリエイターたちにとって、とてもそそられる題材なのだ。

藤子F先生が失踪をテーマとする作品は、全てSF的設定を用いている。自分から消えたり、事件に巻き込まれたといった話ではなく、「神隠し」に分類できるストーリーとなっている。

前回取り上げた「キテレツ大百科」の『冥府刀』では、次元の綻びから四次元空間へと落ちてしまったという設定だった。

今回記事にする「T・Pぼん」の『超空間の失踪者』では、時間の渦に巻き込まれしまった男を探すお話だ。時間の渦という設定は『ドラえもん のび太の日本誕生』でも使われ、この時は7万年前の少年が、時間の渦に飲み込まれて現代にタイムスリップしてきた。

F作品において、神隠しと呼ばれる古今東西の失踪事件は、異次元か超空間に入り込んでしまった、というモチーフが採用されているのだ。

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「T・Pぼん」『超空間の失踪者』
「少年ワールド」1979年9月号/大全集1巻

「T・Pぼん」を記事にするのは今回で3回目。まだきちんとどんな作品なのかを解説しきれていないが、簡潔に言うと、タイムパトロール隊員のお話である。

彼らは日夜、過去に不幸な死に方をした人物で、その命を救っても後の歴史に影響しない人たちを助けている。

だいぶ回りくどい設定なので、ストーリーを楽しませるというよりは、F先生が歴史への思いを披露するといった作品群である。

ストーリー重視のF作品において、設定に重きを置いた極めて珍しいタイプであり、その分F先生の思いや考え方がダイレクトに伝わってくる気がして、Fファンたちの間ではかなり評価の高い。

全部で35作が執筆されたが、大きく3部構成となっている。第一部ではひょんなことからT・Pの一員となった並平凡(なみひらぼん)が、先輩隊員のリームの助手として任務を覚えていく。第二部では正式な隊員に昇格したぼんが、新たに助手の安川ユミ子を迎えて任務を教えていく。第三部ではユミ子が正隊員に昇格し、引き続きコンビで任務を遂行していく。

今回見ていく『超空間の失踪者』は、第一部の最終話となっており、リームが登場する最後の話である。明るめの話が多い印象の「T・Pぼん」において、冒頭から何か不穏な空気が漂う異色作なのだが、リームが凡と一緒に行動を共にするのは今回で最後ということを言い出せない展開も関係している。

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今回の任務は、ある時代に行って人を助けるのではない。「タイムトリッパー(時間転移者)」と呼ばれる、時間の渦に巻き込まれて、超空間の海を漂流している者を救助するという任務である。

時間の渦は竜巻のようなもので、近づくと巻き込まれてしまい、これまで何人ものT・Pの犠牲者が出ているのだという。なので、危険を避けるため、どこかの時代に打ち上げられるを待って助けるのだ。

非常に危険な任務なので、リームはぼんに今回はついて来なくていいと言うが、ぼんは「危ないなら、なおさらリーム一人にしておけない」ということで、同行を申し出る。

漂流者には「時空ガン」で標識が打ち込まれており、この標識から流れ出るタキオンを探ることで、どの時代に流れ着くのかがわかるのだという。なかなか難しい説明だ。

今回探す人物は、1913年のメキシコから流され、未来に向かって高速移動中らしい。と、ここでピンとくる方は最高レベルのFマニアである。

「キテレツ大百科」の『冥府刀』において、神隠しの一例として1914年のメキシコで失踪したアンブローズ・ビアース(ビアス)を紹介しているのだが、今回のターゲットが、このビアス氏なのである。1913年と1914年でずれがあるが、ピアスは1913年の年末に消息を絶っているので、今回は1913年説を採用しているようだ。

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ここでぼんが、「これまでにもタイムトリッパーはいるのか」と尋ねると、リームは「無数にね」と答える。ここで例示されているのは、

1901年8月10日
イギリス人のシャーロット・モーバリー女史が、ベルサイユ宮殿見物中、時を遡り1789年10月15日のフランス革命真っ最中の光景を見た。
1945年2月21日
ボストンの公共保健病院に担ぎ込まれた男は、自分は1850年代のイギリス水平だと主張。

これらの二つの事象は、後に正しいと検証されたという。毎年大勢の人が行方不明となるけど、その中にはタイムトリッパーがいたのではないかとぼんは思うのだった。

本作の冒頭でも、ぼんのおばあちゃんのじいちゃんから聞いた話として、神隠しの話題をしているが、神隠しと呼ばれる例の中にも、タイムトリッパーがいたのではないか、というのがF先生のSF(すこしふしぎ)的解釈なのである。

ちなみにシャーロット・モーバリーが過去を見たと主張した話は、「トリアノンの幽霊」と呼ばれるオカルトの世界ではかなり有名な事件である。詳細はWikiなどに譲るが、一読の価値はあるので、お暇な方は是非。

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タキオンを追って時空を進むぼんたちだが、ここで時の流れについて説明が入る。曰く、そもそも未来旅行は、手漕ぎボートで遡るようなもので、過去への往復よりも難しい。「いつも過去ばかりに行く」という批判に応える説明となっている。

また、時の流れの果てがどうなっているのかは誰も見ていないが、暗黒のホールに滝のように流れ込んでいるという噂が語られ、読者に嫌な予感を与える。

と、そこで突然、巨大な乱渦流に捕まるぼんたち。操縦かんも動かせないまま高速で時流に巻き込まれる。メーターも読み取れないような時間の果てまで流されてしまう。

その辿り着いた先は荒涼とした世界だった。ゴツゴツとした岩肌のような陸地には草一本生えていない。空は分厚い雲に覆われ、太陽の光は弱弱しい。川も海も干上がっているようだ。ぼんは有史以来最も殺風景だと評したが、世界の終わりと表現するに相応しい世界である。

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時代は何万年か何億年先かわからない。T・P本部への連絡はつかず、過去へタイムトラベルをしようとすると、時空に弾かれて数分しか戻れない。F作品お馴染みの、異世界から戻れなくなるという絶望的な展開なのである。

絶望的状況にさらに追い討ちがかけられる。パトロールのボートが地割れに落ちて失われ、そこへ風速百メートル以上の大嵐が襲い掛かってくる。強風に吹き飛ばされる、リームとぼん。そこに、男が現われ、二人を地割れの中へと引き込んでくれる。

まだ名乗らないがら彼こそが1913年のメキシコから漂流したビアスである。彼はわずか数時間前にメキシコの洞穴からこの世界にたどり着いていたが、既に達観した落ち着きが感じられる

彼の誘導で、地下深くに進むと、地下鉄の跡のような広い空間にたどり着く。照明が赤々とついており、進んだ科学技術が伺える。あまりに冷静な男に、ぼんは「なぜこの異常事態に平然としていられるのか」と聞くと、

「異常か・・・。正常と紙一重の裏側に、必ず異常はある。ほとんどの人が気づいていないだけのことだ」

と答える。

正常と異常のはざま、日常と非日常の境界線、この世はSF(すこしふしぎ))に満ちているという、F先生の考えがよく反映されたセリフであると思う。

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男はこの世界を眺めて、人類の文明が終わったことを直感する。にわかに信じられない凡とリーム。いつしか、主人公は男の側に移っているように思える。非常食を口にして、「最後の晩餐」を楽しんで(?)いると、球状の大きな物体が時空を超えるように現れる。

その物体から、ぼんたちは名前と共に「初めまして、大先輩」と声を掛けられる。物体から出てきたのは、未来のT・P(タイム・パトロール)。地球は既に住めない星となり、銀河系のあちこちに移住しており、時々、タイムトリッパーが現れるので、T・Pが見張っているのだという。

ちなみにこの段階でようやく、タイムトリッパーの男がアンブローズ・ビアーズであることが明らかとなる。

過去に帰れることを喜ぶ、ぼんとリーム。ところが、ビアーズは、

「よくわからんが、実に興味深い出来事じゃ。何?送り返す!?いらんお世話じゃ。こんな体験望んでもできるものではない。是非君の星へ連れて行ってもらいたい」

と、元来たメキシコへ戻ることを拒否。これによって、彼は本当の失踪者となってしまったのである。ビアーズの好奇心は、やはりどうしてもF先生のそれを彷彿とさせる

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さて、現代に戻ってきたぼん。リームは「本当にさようなら」と、告げる。

それはひと時の別れではなく、これで会うのが最後、という別れであった。ぼんは、今度助手から正隊員となる。なので、一緒に仕事をするのが、今回で最後なのである。こういう事情があったので、リームはどうしてもぼんと危険な任務と知っていても、一緒に行動したかったのだ。

「立派なT・Pになってね。さよなら、ぼん。さよなら」

まるで神隠しのように、リームはぼんへの励ましとともに、時空の中へと消えてしまうのだった。

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