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ぼんは歴史上の大人物!?『古代人太平洋を行く』/石器時代の物語<番外編>

「石器時代の物語」ということで、これまでに「ドラえもん」から2作「T・Pぼん」から1作を取り上げて紹介した。3作品の簡単な内容と関係性は以下のようになる。

「ドラえもん」『石器時代の王さまに』1971年10月号
石器時代ならバカにされないだろうと思っていたのび太が原始人にサル扱いされてしまう

「ドラえもん」『石器時代のホテル』1982年10月号
昔が良かったではなく、今の時代をより良くしていくことが大事

「T・Pぼん」『魔獣デルプ』1983年5月号
いつの時代も、本当の落ちこぼれはいない

『石器時代のホテル』執筆のために石器時代を勉強したと思われる藤子先生は、このネタはまだ色々と使えると思ったのか、その半年後に「T・Pぼん」で同じ石器時代を描く。

石器時代ネタは、さらにこの発展させて、大長編ドラえもん「のび太の日本誕生」(1988年1月~89年3月)へと繋がっていく。


本稿では正確には「石器時代」を描いた作品ではないのだが、「のび太の日本誕生」にも通じている要素だったり、『魔獣デルプ』と同じく落ちこぼれたぼんという描写も出てくるので、この機会に取り上げておきたい。

それが「T・Pぼん」の『古代人太平洋を行く』というエピソードである。弥生時代の日本が出てくるので、歴史的に言えば「鉄器時代の物語」と区分できそうだが、有史以前の人類を描いたという点で、これまでの3作と無理やり同じくくりにしてみた。


「T・Pぼん」『古代人太平洋を行く』
「少年ワールド」1979年9月号/大全集1巻

本作は「T・Pぼん」第一部の第4話目。前作までぼんは見習い隊員であったが、本作の冒頭で準隊員に昇格して、自分のタイムボートなど装備一式が与えられる。

4話目ということもあり、まだ設定が固まっていない部分もあって、作中で色々な隊員の守るべきルールなどが紹介されていく。さらに、第一話のラストで触れられていた、ぼんが歴史上の偉人になる(かも?)という伏線が回収されるお話ともなっている。

その意味で本作までの4話を「T・Pぼん」の導入篇と位置付けてよいだろう。


冒頭でぼんは友人たちに口々に慰められている。この日も先生に勉強面で叱られたようなのだ。

「並平さんはやればできる人だと思うわ」
「仮にできなくても、人間の値打ちは頭の良し悪しだけじゃない」
「頭が悪くても、できる仕事はいっぱいあるさ」

頭が悪いが前提の慰めとなっているので、ぼんは全く嬉しく思えないのであった。

ぼんは、「T・Pぼん」初回でT・Pの真実を知ってしまったので、あやうく歴史上から消されそうになったのだが、この時ぼんは未来の歴史を担う重要な人物であると判定されて、あやうく難を逃れた経験をしている。

この点から、ぼんは自分自身が歴史上の大人物になると思い込んでおり、皆にバカにされた後には「僕は歴史に関わる人間だぞ」とプリプリするのであった。


苛立っていたぼんが道の石ころを蹴飛ばすと、これが中年男性の頭にヒット。わざとじゃないと謝るのだが、怒りの収まらない男性がステッキを振りかざし、怒って追いかけて来る。

空き地を抜け林の影に身を隠すと、ようやく男は諦めて去って行く。すると、目の前の木にアケビが生っている。まだ熟れていないようなので、しばらく木につけておいて、日を置いて食べに来ようと考える。

この中年男性~アケビのくだりは、一読した所ではそれほど重要そうなシーンに思えない。なぜこんな場面が必要なのかと首をひねるほどである。が、本作の結論部分で、非常に重要な伏線となってくる。


家に戻って宿題を始めると、リームの声が聞こえてくる。声はいつの間にかベッドに置かれていた「タイムシーバー」から出ている様子。これがぼんへの朗報となる。晴れてT・Pの準隊員に昇格したというのである。

専用の「タイムボート」が用意され、これは天井裏に格納される仕組みとなっている。制服もしっかり用意されている。

ぼんは圧縮学習を使って今日の分の勉強を済ませてしまい、制服に着替える。友だちに自慢したいが、T・Pの秘密は洩らせない規則となっている。そこで、「フォゲッター」という装置を使うことを考える。

「フォゲッター」は初回から登場しているT・P必須の腕輪型の道具で、これを身に着けスイッチを入れておくと、周囲の人の記憶中枢に電波が働き、記憶を妨害することができるというもの。

なので、フォゲッターを身につけてT・Pであることを自慢しても、一度は驚かれたりしたとしても、すぐにその記憶が失われてしまうという仕組みとなる。


早速何人かの友人の家にタイムボートで乗り込んで驚かせた後、悠々と空を飛び回っていると、リームから大急ぎで帰ってこいとの連絡が入る。呑気に部屋に戻ると、リームがカンカン。

大っぴらにボートを乗り回したことで本部が大騒ぎとなり、とんだ人間を隊員にしたと問題になっているという。ちゃんとフォゲッターを押してあるから大丈夫だと答えるのだが、写真に撮られたら証拠が残り一発アウトだったと説明される。

幸い無事だったようだが、この失態のせいでぼんの正隊員昇格はかなり遅れそうだと告げられ、落ち込むぼんなのであった。


この辺のぼんの失態のくだりは、T・Pの秘密を守ることがいかに大事かを示すエピソードとなっている。同時に秘密保持のために厳しい規則が敷かれていることも描いている。

本作はまだ4エピソード目であり、読者もT・Pの理解が十分とは言えない状況なので、準隊員昇格で舞い上がったぼんを諫めるお話を通じて、厳しいT・Pの規則を紹介しているのである。


さて今回の任務は、紀元前1600年、ミンダナオ沖でトッケーという男性が大嵐で溺死したのを救助するというもの。リームは「また紀元前よ」よと口にしているが、本作の一作前ではエジプトのピラミッド建築をテーマとした『ピラミッドの秘密』を踏まえての発言となっている。

ぼんは先ほどの減点の帳消しをするべく、この件は自分に任せるようリームにお願いする。

現地に着くと、海上はとてつもない大嵐で、ターゲットとなるトッケーのイカダはいかにも頼りなく、今にも波に飲み込まれそうになっている。ぼんは前作でも使用した「タイムフィールド」を用いて、イカダごと嵐の過ぎた時間まで送り届ける。

リームも納得の方法で、これで少しは加点されたかもしれない。しかし、嵐は過ぎ去ったとはいえ、このままいかだを放置させておくのも危険。時間をカットしながら、トッケーの船旅を見守ることにする。


古代人であるトッケーは、なぜイカダで太平洋に乗り出すなどという無茶をしたのだろうか。圧縮学習済みのリームは、トッケーの例は珍しくなく、有史以前からけっこう外洋航海は行われていたという。潮流を味方につけて、アジア各地から海を渡って日本に辿り着いた人々も多かったのだそう。

今では研究も進み、古代人が海を越えて無人島に渡ったり、大陸間を移動することは良くあったとされる。調べてみると、海を渡った日本人の先祖、といった資料本は数多く出版されており、是非手に取ってみたいものばかり。

非常にロマンを感じさせるテーマであり、藤子先生もその点に惹かれて本作を描いたに違いない。


ぼんはここからも、丁寧な作業でトッケーの航海を陰ながら援助していく。食料が嵐で流されてしまったので、魚や果物をそれとなく与えていく。水が無くなれば、「人工降雨機」を使って雨を降らす。

そうした努力の結果、イカダはとうとう弥生時代の日本の浜辺へと打ち上げられるのであった。ただ、旅はこれで終わりではない、トッケーは先住民族の村に辿り着き、受け入れて貰わなくてはならない。

もう食料などをこれ以上用意すると、過去への過干渉となるということで、様子を見るだけになるのだが、気になってこのまま手を引くのは憚られる。すると、ぼんが稲作用の灌漑と水田を発見する。これは村が近くにあるという証拠。

リームの相棒(?)ぶよよんを囮にして、トッケーの足を村に向けることに成功。村長とトッケーのにらみ合いの時間もありつつ、気持ちが通じ合ってトッケーは村へと招かれる。これで、ようやく任務は終了となる。


さて、今回の件を一人でやり遂げたと喜ぶぼん。リームにも「満点よ」と誉められるのだが、その傍から、目の前の木に熟れていたアケビをもいで食べてしまう。

すかさず「何するのよ!!」とリームに怒られるぼん。ぶよよんは「航時法第二章第十六条」を指摘する。ぼんはそらんじる。

「過去の自然に手を触れる時は、未来に及ぼす影響を調査の上行うこと」

ぼんは、「T・Pの気に入らない点は規則づくめであることだ」と逆ギレ。リームは「万が一にも歴史を変えないように慎重な行動が求められるのだ」と反論する。そして、小石一個に世界の運命がかかっていることもあると言う。


その実例を見せるというリーム。例えば任務出発前のぼん。小石を蹴飛ばしてぶつけたことで、男を怒らせてしまい、林まで追い立てられる。男はカンカンとなったが、その直後草むらの古井戸跡に子供が落ちていたことに気がつく。あと少しでも発見が遅れたら死んでいたという。

さらにこの話には続きがある。救われた少年が医学の道に進み、やがてガンの根治法を発見する。そのおかげである政治家の命が救われるのだが、この政治家は有能で、第三次世界大戦を食い止めて人類を絶滅から救うことになるというのだ。

これって要するに「風吹けば桶屋が儲かる」と同じような、いわゆる「バラフライ効果」の一例ということになる。最初は小さい小石でも、波紋が広がり大きな影響が世の中に与えてしまうということで、過去改変はどんな小さいことでもご法度というわけである。


ぼんが歴史上の重要人物だったというのは、小石を蹴飛ばす役割が重要だったということを指すことが判明する。つまりは、これ以降は歴史に必要な人物ではなくなるということにもなりそうだが・・。

ぼんは事の重大性にようやく気がつく。ぼんの気付きは、当然読者の気付きも助長する。「T・Pぼん」の世界観においては、過去の改変は禁じ手中の禁じ手であるということを本作では刷り込んでいるのである。


アケビを取ったことで元の世界が大きく変わってなきゃいいけどと脅されて帰宅するぼん。目標がずれて、男性に追いかけられた林の入り口に到着する。見た感じ、世界は出発前と変わりないようだ。

ホッとしたぼんは、ついでに木に残していたアケビを取って帰ろうとすると、アケビなど元から生えてなかったように跡形もない。・・・どうやら、弥生時代のアケビをぼんが食べてしまったことで、日本のアケビ分布に微妙な違いが現れたようである・・・。


本作は「T・Pぼん」のエピソードとしては、それほど事件性がない。古代人が海を渡るだけで、歴史上の著名な事件や出来事を下敷きにしているわけでもない。

その点から、本作は過去改変がT・Pにとって致命傷となることを喚起する目的で描かれた作品ということが伺える。

今の時代に「T・Pぼん」を読んでも気にならないが、本作連載当初は、非常に分かりづらい設定だと藤子先生は考えていたような気がする。本作を含めた序盤の4作品では、そうしたタイムパトロールの設定や世界観を丁寧に説明することに注力していたのだと考えられるのである。




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