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たった一人だけ、特攻兵を救え!『戦場の美少女』/藤子不二雄と戦争②

藤子F先生は、多感な少年時代に戦争を経験したいわゆる戦中派だが、あまりそのイメージが湧いてこない。なぜなら、戦争そのものをテーマとした作品をあまり描いていないからである。

けれども、安孫子先生との合作『UTOPIA 最後の世界大戦』では、戦争が芸術などの市民生活を蔑ろにしていく様や、戦後の自由への歓喜をストレートに描いており、この作品からキャリアをスタートさせた点は見逃せない。

「戦争をテーマに直接的に反戦を訴える」のではなく、虚実の戦争を背景にした人間ドラマの中で、人間の愚かさがそれとなく浮き彫りになるような作品が目につく。


「藤子不二雄と戦争」とタイトルで、藤子F先生の数少ない「戦争」作品を抽出し、戦争を背景にした人間についてどのように描いていたのかを検証していく企画。本稿はその第二弾となる。

一本目は下記。こちらは「ドラえもん」における戦争モノといえば、これといった作品である。


「T・Pぼん」『戦場の美少女』
「少年ワールド」1979年3月号/大全集1巻

「T・Pぼん」は、藤子先生の後年のライフワークとも言える作品で、古今東西のあらゆる歴史の一場面を舞台背景にしている。全35話で掲載時期と主人公の立場の変化から3部構成となっている作品である。

本作は第一部の8話目にあたり、主人公・並平凡(ぼん)がまだリームという女性隊員の見習いの立場にある。

リームと凡が所属するT・P(タイムパトロール)の目的は、歴史上不遇な死に方をしてしまった人々の命を救うことである。しかし誰でも救助できるわけではなく、救ったことで歴史が変わらない人間に限られる

救える人と救えない人がいるというT・Pの制約が、たびたびドラマを生み、本作でも命の選別(=トリアージ)をすることの辛さが語られている。


まず冒頭、並平凡は、忘れていた英語の宿題を提出するため、敷島明子先生の家を尋ねる。行く途中にばったり会った同級生の白木さんにも付いてきてもらう。

敷島先生は凡のノートを見ると「間違いだらけなので、ここで直していきなさい」と家の中に通される。「できるまで帰ってはダメ」と念を押されて、先生は買い物に出掛けてしまう。

帯同した白木さん曰く、「敷島先生は生涯独身を貫いていて、16歳の時、許嫁が亡くなる悲恋があった」という。

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と、そんな会話をしていると、白木さんの動きがピタリと止まる。リームのタイムロックの効果であった。凡とリームは世の中の時間から外れた状態になり、今回の任務へと向かう。

時は1945年5月25日、場所は沖縄。太平洋戦争末期の戦場が今回の任務先となる。助ける対象は、神風特別攻撃隊(特攻)に向かった桜木海軍少尉である。

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ここで、史実を少し補足しておこう。

まず沖縄戦について。
太平洋戦争は1943年のガナルカナル島の撤退あたりから日本の劣勢が明らかとなり、広げた版図のほとんどで戦線を維持できなくなった。連合軍は着々と日本本土に迫っていったが、その前にまずは沖縄本島を落とす必要があった。沖縄に補給基地を構え、ここを拠点に日本本土への侵攻する狙いである。

沖縄戦と呼ばれる戦いは、1945年の3月26日に始まった。民間人の多くが戦禍に巻き込まれ、軍人も含めて20万人以上の死者を出す凄惨な戦いであった。終結したのは6月23日とされる。

本作の舞台設定となる5月25日は、二カ月に及ぶ連合軍の攻撃で日本軍の戦力は大幅に低下し、大勢は決していた頃となる。


次に神風特別攻撃隊(特攻)について。
飛行機ごと敵軍に突っ込んでいく人間爆弾攻撃のこと。最初の特攻は1944年10月で、主に若い軍人たちが操縦かんを握った。この特攻作戦が多少の戦果を挙げたことから、戦争末期にいくにしたがって頻繁に行われるようになる。

沖縄戦でも主力の作戦となり、当然ながら大勢の若い命が失われた。

蛇足気味ながら付記しておくと、この特攻作戦は、史上最悪の軍事作戦だと考えている。貴重な人的資源・飛行機資源を無駄にしており、この作戦で勝利を収められるわけがない。まともな思考能力なら、こうした作戦は採用できないはずである。

特攻については、それを美化するような小説だったり映画もあるようだが、僕としては全面否定しておきたい。特攻に頼るような状況に陥った段階で負けなのである。負けと分かって、さらに被害を拡大させる愚策をなぜ取らなくてはならなかったのか。やはり引き際が大事なのだと、太平洋戦争のことを考える度にいつも思う。

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さて、凡たちは、いきなり特攻が始まった戦場へと赴く。特攻の戦機は次々と砲を浴びて落ちていく。この凄惨な様子を見て、凡は叫ぶ。

「片端から落とされていく!! 早く助けないと全滅しちゃうぞ!!」

「だから桜木少尉を探しているの」とリームが答えると、凡は、

「だれかれ区別することないよ。みんな助けりゃいいんだ!! 落ちていく特攻機にも、ぶつかられる軍艦にも、それぞれ人間が乗っているんだぞ!! その一人ひとりに家族があるんだぞ!!」

と絶叫する。

もちろん、リームもそんなことは百も承知であった。

「どならないでよ!!あたしが平気だとでも思っているの!?」

と号泣する。

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沖縄戦に出動した特攻機は1900機。その中からたった一機しか救うことができないのだ。凡は「こんなことならT・Pになるんじゃなかった」と強く後悔する。

次々と特攻機が墜落していく中、ついに桜木の乗った機を見つける。敵に撃たれて操縦不能となり、山へと向かっていく。このままでは激突する、というタイミングで、タイムロック掛けて桜木少尉を山のふもとに脱出させることに成功する。


目を覚ました桜木は、まだ生きていることが信じられないといった様子だったが、すぐに拳銃を調べ始めて、軍人の顔つきに戻る

たった一人となっても敵に投降することは考えられないのが、この当時の日本軍人なのだ。せっかく特攻からは命を救ったのに、まだ戦いを続けるのでは意味がない。桜木を投降させることのが次なる目的となる。


まずは、直接説得するリームと凡。桜木は子供二人が目の前に現れたので、これを現実のものとは思えない。幻覚だと言い聞かせて歩き続ける。凡たちは、説得開始。

「ゼロ戦を落とされた時、あなたの役は終わったんです。無駄死にすることはない。どっちみち沖縄は、来月米軍に完全に占領されます。戦争そのものが8月15日に終わるんですよ。日本の無条件降伏で」

いくら相手が幻覚でも、日本が負けると聞いては看過できない。桜木は、

「日本は神の国だ。断じて勝つ!!」

と怒り狂い、凡たちに対して、敵のスパイだと断じて拳銃を撃ってくる。話が通じないことがわかり、逃げ去る凡とリーム。

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桜木は敵陣を見つけ、夜寝静まってから、最期の戦いとして単身斬り込む決意を固める。夜が更けるのを待つ間、体力を温存しようと木を背に休む桜木。見上げると、満月。明子さんも眺めているかもしれないと、思い出を巡らす。

回想(もしくは夢の中)。桜木は出発の直前で女学生姿の明子と別れのひと時を過ごしている。「今度はいつ帰れるかわからない。そして、二度と帰らないかも」。そう桜木が告げると、明子は、

「あなたが死んだら私も・・・」

とすがりつく。桜木は一瞬困った様子を見せつつ「美しい山河を守るためなら喜んで死ねる」のだと、明子をなだめるのだった。

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この夢を見ていた凡は、この風景に見覚えがあるように思う。千年杉の様子から自分の近所だと気がつく。そして、明子の顔にも見覚えが。。明子、敷島明子。凡の英語の先生ではないだろうか?

現代の敷島先生の家に戻って手がかりを探すと、明子と桜木の2ショットの写真が見つかる。やはり明子は敷島先生であった

もう一度、沖縄へ。桜木が鉢巻を巻いて、米軍の陣地へと歩き出す。「天皇陛下万歳、大日本帝国万歳」と言いながら。


すると、リームたちの仕掛けによって、明子さんが姿を現す。時空を超えて、桜木と明子の脳波が重なり合う。明子は外見は女学生だが、昭和54年の世界にいる。明子は語る。

「待ってたのよ、ずうっと、34年間もの間。戦争は終わっても、日本は滅びなかったわ。それどころか、前よりもっと豊かな国に発展しているの…」

明子は、桜木に生きて帰ってくれるよう強く説得してくれたに違いない。やがて明子の幻が消えると、桜木は白いマフラーを枝に結び付けて、静かに投降していくのだった。

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どんな風に明子が言葉を尽くしたのかは描かれていないが、愛する者の未来からの話には説得力があったに違いない。戦争に負けても日本が栄えているという事実は衝撃的だ。だとすればなぜ死ななくてはならないのか。


戦後になってわかるのは、残念ながら多くの戦没者が犬死だったということだ。これは結果論とも言えるし、一定の範囲で免れなかったことかもしれない。けれど、敗色が濃くなっていく中での特攻のような戦い方に意味はあったのだろうか。

僕は本作を読んでそんな感想を持ったし、おそらくは藤子先生が意図したことも同じではなかろうか。『ぞうとおじさん』では一匹のゾウ。本作ではたった一人の若者。そんな一つ一つの命を大事にすることが、人間に課せられた義務でないかと思わずにはいられない。


帰り道、凡はリームに言う。

「たった一人しか救えなくても…、でも、やっぱり素晴らしい事なんだね。T・Pになって良かったよ」

成長なのか、達観なのかわからないが、凡はこの件を通じて、何か心の変化が起きたのに違いない。

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現代の敷島家に戻って、タイムロックを解除する凡。動き出す白木さん。そこへ、買い物に出ていた先生が帰ってくる。

「ただいま、もういいわ。主人や子供たちが帰ってくるころだから」

生涯独身だった敷島先生に変化が現れている。白木の言うには、敷島先生の夫は特攻に出撃して奇跡的に生還したのだという。不思議な夢を見て斬り込むのを思い留まったのだと。

少しだけ、未来が好転していたようである。


さて、戦争特集は次稿で最終回。またまた「ドラえもん」に戻ります。

他の考察なども、どうぞよろしくお願いします。


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