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西遊記が生まれた日『白竜のほえる山』/藤子Fの西遊記③

「藤子Fの西遊記」と題した藤子先生が好きだったという「西遊記」をモチーフにした作品を検証するシリーズも本稿で最終回。

1本目の記事では「ドラえもん」の西遊記エピソード3本を一挙紹介した。2本目は「パーマン」から、ブービーが悟空に憑依してしまう『パーマン西遊記』を考察した。それぞれの記事は下記です。

一本目の【ドラえもん×孫悟空】では「西遊記」の概要を説明している。この中で1970年代後半にTV放送されたドラマと人形劇によって「西遊記」が世の中のブームとなったことに触れた。

藤子先生はもともと西遊記好きで、「パーマン」などでもテーマとして使っていたが、このブームに乗って(?)書き上げた作品がある。それが「T・Pぼん」の『白竜のほえる山』である。


「T・Pぼん」はリアルな歴史の一場面にフィクションを加える構成となっている。本作は「西遊記」の原点となった唐の僧侶・玄奘が天竺へと経典を取りに出た実際の旅にフォーカスを当てたお話である。

リアルな西遊記とはどういうものだったのか。F先生が資料と想像力を組み合わせて作り上げた物語を堪能していきたい。


「T・Pぼん」『白竜のほえる山』
「少年ワールド」1979年1月号/大全集1巻

冒頭、ぼんは友人たちと新年会の出し物を決める集まりに、映画スタジオに努めるおじさんから借りたサルとブタのぬいぐるみを持ち込んで、これで「西遊記」をやろうと提案するが、皆は呆れられる。

ブタとサルの着ぐるみを登場させて後の伏線にしているオープンニングだが、個人的にここで注目しておきたいのは、借りてきた着ぐるみを使っていたSF映画は「アニマルプラネット」という作品名だった点。偶然かもしれないが、後の「のび太のアニマル惑星(プラネット)」に少しばかり影響を与えている可能性がある。

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今回の任務で向かうのは、西暦628年、今から1350年前の天山山脈。名もなき登山者を遭難から救い出すという、ぼん曰く「あまり面白くない仕事」。これを聞いてリームは気色ばむが、ぼんは「T・Pはそういう地味な仕事が本領なんだ」と言い直す。

ちなみに今回ぼんが任務でタイムトラベルをするのは5か所目。それまでは①キャサリン台風上陸②最初のピラミッド③初の太平洋横断(紀元前)④魔女狩り時代の4か所だった。①はまだ設定回だったことを考えると、②以降がF先生の描きたい時代だったと考えられる。

つまり②ピラミッド建設、③日本人のルーツ、④魔女狩りというテーマがF先生にとって重要なものなのだ。その次に⑤西遊記を選んでいることから、西遊記ブームの影響はあったとしても、F先生のもともと大事にしているモチーフだったと言えるだろう。

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まずは遭難現場となってしまう場所を視察する。天山山脈は現在の新疆ウイグル自治区とキルギス(作中ではソ連)の国境に位置する高山山脈。最高峰(ポベーダ山)は7439メートルという途方もない高さである。ぼんはここを1300年前の人間が通ったことに驚きを隠せない。

リームの説明では、中国とトルコやローマを結ぶシルクロードの途上に天山山脈があり、交易者たちの前に立ちはだかった巨大な壁のような存在であったという。

なお、天山山脈については2ヵ所の世界遺産登録もされている美しい山脈だそうです。

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さて今回救助するのは名もなき羊飼いの少年である。少年は商人だった父のように山を越えての冒険を夢見ているが、昔何度も危ない目に遭っている父親はそれを許さない。

一度は夢を閉ざした少年だったが、2カ月後に天山超えを計画している唐の高僧率いる総勢20名ほどのパーティの存在を知って、親元を飛び出す決意をする。

父親は天山には何十人もの人や馬を一飲みする「白い暴竜」がいると言って大反対するが、強情に意志を貫く姿勢を見せられて、最後は折れる。T・Pとしてはここで引き留めるのが、最も安全に少年の命を救えるタイミングなのだが、リームはこれを諦める。曰く、

「若者の冒険心を押し留めるなんてできっこないわ」

いつの時代も、若者は自分の意志で旅立っていくものなのだ。親にも、タイムパトロールにもそれは止められないのである。

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さて少年が帯同しようとしている集団は、どういった目的で山を越えようとしているのか。ぼんたちがリーダーとなる僧侶に目的を伺いにいくと、

「天竺にはまだ唐に伝わっていない経典がたくさんある。この乱世を救うには正しい仏法を広めねばならない」

と、世のため庶民のためという高貴な目的を持っていることを聞き、旅自体のキャンセルは不可能と知る。せめて少年だけは連れて行かないと約束させるが、「フォゲッター」の消し忘れによって、結局少年を連れて危険な山越えに出発してしまう。歴史を変えることは大変なのだ

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こうなると、一行の後を追いながら、危険が訪れたらその都度救助する方法を取らざるを得ない。年を取らない薬「エイシャ錠」を飲んで、長期戦の構えとなるぼんたち。

ところで、この一行は三蔵法師率いる「西遊記」の元となった冒険者たちなのだが、ぼんはようやくその事実を知る。リームはとっくに分かっていたようで、玄奘三蔵について説明する。

19年間の大旅行だったこと、110か国(百数十か国の説あり)に跨る遠路を進んだこと、常に危険に晒された旅立ったことなど。ぼんは当時放送していたドラマに引っかけて「夏目雅子に似てないね」と感想を漏らすが、リームは、

「そりゃそうよ。行動的な、逞しい男性でなきゃ、あれだけの大旅行はできないわ」

と、現実的ないかつい三蔵法師像を語る。

夏目雅子の名前をわざわざ出している点からも、リームにこのセリフを言わせることが本作の最大の目的であったように推察する。「これがリアルな西遊記だぞ」というF先生の声が僕には聞こえてくる。

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T・Pでは、その後の歴史に影響を及ぼすような人命の救助はできないことになっている。逆に言えば、未来に影響のない人間は何人でも救うことが可能だ。本作ではリームが本部に確認し、全員を救助しても大丈夫とお墨付きをもらう。

三蔵法師一行は細い山道に突入して落下などの事故が多発するが、「タイムコントローラー」などを駆使して救助していくリームたち。

ところが、数日間に渡る任務の中で、ぼんたちの制服の体温調整機能の性能が落ちて寒さに耐えられなくなる。そこで、ぼんが所有していたサルとブタの着ぐるみを着込んで暖を取ることにする。


すると、ゴゴゴゴと山鳴りがして山頂あたりから白い煙がまるで龍のように噴き出す。少年の父親が恐れていた天山の白い竜とは、春先で雪が緩んで発生する大雪崩のことだったのだ。

玄奘三蔵が旅の後に執筆した「大唐西域記」によれば、大雪崩によって一行全員は雪の下に埋もれ、三蔵法師とほんの数人しか生き残れなかったとされる。なお、現存する最も古い雪崩の記事だとする説もあるようだ。

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全員救助してもOKという珍しく大盤振る舞いな状況であったので、白い竜(大雪崩)から一人残らず一行を救っていくリームとぼん。(「大唐西域記」の歴史記事とは整合性が合わなくなるが)

二人はサルとブタの着ぐるみを着たまま雪崩を「タイムロック」したりしていたが、その様子を三蔵法師たちに目撃され、御仏の業だと拝まれる。しかも今度は「フォゲッター」をつけ忘れて、サルとブタの目撃情報はばっちりと記憶されてしまう

西遊記や孫悟空の伝説は、ぼんとリームの行動によって生み出されたのである。T・Pは歴史を変えてはいけないと言いつつ、本作のように歴史に大きな影響を及ぼすことが多々見受けられる。まあ、変えたわけではなくて、追認したということかもしれないが…。

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さて、西遊記に関するF作品を考察するシリーズはこれにて終了。F先生が好きだったとされる物語は、「ロビンソン漂流記」や「アラビアンナイト」などまだまだあるので、それらも順次関連作品の記事化を進めていく予定である。

他の考察も色々やっていますので、こちらから是非。


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