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2022年、殺生石割れる!『妖狐、那須高原に死す』/「T・Pぼん」で学ぶ日本①

藤子F先生のライフワークと言われた「T・Pぼん」は全部で35作発表された。(あと2作描いて完結の予定だった)

藤子先生の歴史への興味関心は、古代ローマやピラミッドの時代に偏りが見られるものの、古今東西、すべからくに及んでいた。これは「T・Pぼん」を読み進めていけば明らかである。

また日本の歴史・伝承などにも強い関心が寄せられており、それもいくつかの作品で見て取ることができる。

そこで、「T・Pぼん」の中から、日本を舞台とした3作品を取り上げて、藤子先生が興味を持ったであろう「日本」について考えてみたい。シリーズ名は、大仰に「T・Pぼん」で学ぶ日本としたい。


『妖狐、那須高原に死す』
「少年ワールド」1979年4月号/大全集1巻

本作は「T・Pぼん」第一部第9話目。本作の直前回でも日本を舞台としており、珍しく2作連続で同じ国を描いている。ただし、前作は太平洋戦争の時代だったが、本作は平安時代末期であり、まるで違う国のような話となっている。

ちなみにその前の作品というのは、こちら。


本作のテーマは「日本の伝承、その裏側」といった感じだろうか。著名な怪異伝承を、伝説だと切り捨てず、実際の史実から生み出されたとしたら、どのような過程を辿るのか。見事に伝承を再構築する藤子流の創作テクニックを堪能いただきたい。



今年(2022年)の3月5日、栃木県那須町の国指定名勝史跡である殺生石が、突然真っ二つに割れるという出来事が起こった。以前からひび割れていたとも言われているが、SNSなどでは、九尾の狐が蘇って、悪さを働くのではないかと話題となった。

地元の方でないと、何の話か分からないかも知れないが、この殺生石こそが、本作のテーマとなった伝承を今に語り継ぐ、歴史的な名勝なのである。

これが・・
こう、パカっと


まずは殺生石の伝説について、本作での表記を尊重しつつ、内容を確認する。

時は平安時代末期、本作では1113年(伝説では1155年とも)の京都。鳥羽上皇の治世に、玉藻の前という宮廷女官がいて、器量が良く上皇の寵愛を受けていた。

ところが当代きっての陰陽師・安倍泰成の手によって、玉藻の前が妖怪・九尾の狐であることが暴かれ、玉藻の前は京から逃亡。数日後、那須野ヶ原にて三浦氏・上総氏によって射抜かれるが、狐は巨大な石へと変化する。

この石は強烈な毒気を放ち、近くを通った人間や獣を死に至らしめたという。「殺生石」という物騒な名前はこうした理由からだ。


本作では伝説を紹介をここまでに留めているが、その続きがあるので補足しておきたい。

時はくだり1385年。玄翁心昭という曹洞宗の僧侶がこの殺生石を打ち砕き、全国の「高田」という地名の場所3カ所に飛び散ったという。(場所は諸説あり)

さらに江戸時代、松尾芭蕉がこの地を訪ねて、「奥の細道」で話題にして、一句詠んでいる。以下抜粋。

「殺生石は温泉の出づる山陰にあり。石の毒気いまだ滅びず、蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほど重なり死す」
「石の香や 夏草赤く 露あつし」

「奥の細道」に取り上げられたことで殺生石は全国的に知られることになり、これが国の名勝の指定(2014年)に繋がったという。しかし、その8年後にパックリ割れることになるとは・・。


殺生石には人を殺す力が備わっているとされるが、実際には典型的な迷信だと片付けられたりする。この付近は松尾芭蕉も語っているように、温泉地であり、付近からは火山性ガスが噴出している。そのため、硫黄の匂いが立ち込めていたり、濃い有毒ガスによって、虫や鳥などが死んでいる姿が見受けられていたのだ。

また、殺生石の伝説は、能や人形浄瑠璃、歌舞伎などの演目にもなっている。藤子先生は、こうした伝統芸能を通じてこの伝承を知ったのかも知れない。



さて、殺生石と九尾の狐の伝承を確認したところで、本作の展開をざっと追っていきたい。

まず冒頭では、ぼんの父方のおばあちゃんが遊びに来て、殺生石伝説を語る。父親はそれは迷信だと一蹴するが、おばあちゃんは本当の話だと言って譲らない。

この会話の中で迷信と暗示の話題が出てくるのだが、これが後の伏線となっている。

また、迷信と言われる伝承には、実は歴史的背景が隠されている(かも)というのは、本作におけるF先生の主張になる。つまり冒頭のおばあちゃんの見解は、藤子先生のそれと捉えて問題ないだろう。


今回の任務は、たった今伝承を聞いたばかりの、玉藻を救い出すというもの。ぼんは著名人を救うと歴史が変わるのではと懸念を示すが、伝説を変えなければ、歴史上の人物ではないので、OKなのだという。

上皇が夜な夜な妖狐を見てうなされている。玉藻は幻だと言って落ち着かせようとするが、中宮の璋子が狐はいると言い出し、さらにその正体は玉藻であると暗に匂わす。

ぼんの指導役リームは、中宮は上皇の寵愛を受ける玉藻が気に食わないので、狐がいると言いふらしていると見抜く。狐騒ぎの元凶は女のヤキモチだったのだ。

リームは上皇の脳脚の疾患があり、それが幻覚の元だと診断し、それを治療してしまう。これで以降は狐の幻を見ることはないだろう。案外簡単に一件落着となったようだ・・・。


ところが、やはり話はこれで終わりではなかった。関白が陰陽師博士・安倍泰親の言を借りて、いまだ上皇に狐が憑りついていると進言する。そして、泰親が法力で妖魔を退散させるというのだ。

狐だと疑われている玉藻は、自らの潔白のためになるとして、その祈禱を受けるよう上皇に申し出る。かくして、大掛かりな妖魔退散の祈祷が行われることに。


リームとぼんは、本部の指示を受けて、再びこの時代へと戻ってくる。事件の根っこは、女同士の嫉妬ではなく、もっと政治的なものだったのだ。それが、

・中宮のバックには関白の藤原忠実が控えている
・関白には上皇が付いている
・帝と上皇は対立関係にある

というもの。【帝ー玉藻】VS【上皇ー関白ー璋子】の対立構造である。

ここで少々複雑なのは、玉藻は鳥羽上皇の寵愛を受けているので、「上皇側」かと思いきや、本作では「帝側」の人物だとしている点である。作品内では実は最初から玉藻が寵愛を受けている相手を「お上」と表記して、そのややこしさを緩和させている。


ここで史実との兼ね合いを補足しておく。

玉藻のモデルは鳥羽上皇との間に後の近衛天皇を生んだ美福門院(藤原得子)だとされ、得子が息子を帝とするために、崇徳天皇を強制的に退位させたと言われている。

したがって玉藻は天皇側(ただし近衛天皇)とも言えるので、本作のような対立構造の説明でも間違ってはいないことになる。


さて、ともかくも、狐を追い払う儀式が行われることになる。玉藻を心配するお付きの爺が、東国に下ろうと提案する。弟が住んでいるので、そこを頼ろうと言うのである。

しかし玉藻は今逃げ出すと、自分が狐であったと濡れ衣を着せられてしまうと言って拒否。お上のおそばを離れたくないと、意固地になっている。

そして夜、祈祷が行われる。宮廷の中央に仰々しい台を組み立て、炎を焚いて煙を出す。そこで意味の分からない呪詛を読み上げる安倍義親。単調な呪文の繰り返しが、やがて参加者を集団催眠の状態へと誘っていく。陰陽師・義親は催眠術師であったのだ。

催眠効果によって、玉藻の姿が妖狐のように見えてくる。恐れ戦いた近衛たちが弓を射ってくる。リームは「タイムロック」を使って時間を止め、玉藻とお付きの爺を逃がす。


後は伝説通りの展開に誘導するぼんとリーム。那須高原まで逃げのびた玉藻たちに、追手が追いつく。間一髪のところで、T・P特撮部の「超特撮全天周ホログラム」を使って稲光を轟かせ、巨大な妖狐の姿を追手たちの前に映し出す。

圧倒的な迫力で脅かした後、射抜かれた形にして妖狐を討ち取らせる。落ちていった辺りには、殺生石がある。かくして伝説が生み出される。そして、玉藻の命も救われたのだった。


「T・Pぼん」では毎度のことだが、彼らが玉藻を救おうとしなかった場合に、殺生石の伝説は生み出されたのだろうか、という疑問が浮かぶ。

ホログラムで妖狐を出して討たれるように仕向けたので、伝説が始まったように見受けられる。すなわち、ぼんたちは「伝説を守った」というよりは、「伝説を作り出した」存在であり、ある種のタイムパラドックスを引き起こしたように思わるのである。


「T・Pぼん」も全話解説に向けて執筆中。


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