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古代エジプトへ「T・Pぼん」『ピラミッドの秘密』/「大長編ドラえもん」になりそうな話③

「T・Pぼん」『ピラミッドの秘密』
「少年ワールド」1978年10月号/大全集1巻

毎年毎年「ドラえもん」の映画の原作を考えるのは大変。(絶対)

ということで、「大長編ドラえもん」になりそうなネタを、独自に藤子F先生の著作の中からピックアップしてみるという企画の三本目。これまでの記事にはこちらです。

前回までの二回は「ドラえもん」の中編からスケール感のあるものを選択したが、今回は「ドラえもん」以外のエピソードから大長編になりそうなネタを取り上げる。

かつて「のび太の宇宙開拓史」では、「ベソとこたつと宇宙船」という短編のアイディアをそのまま横滑り登板させていた。藤子F先生もドラえもん以外の作品のアイディアを大長編ドラえもんの題材にしていたのである。

ということで今回は、藤子F先生が後年ライフワークだと語られていた「T・Pぼん」から選ぶことにしたい。「T・Pぼん」は歴史好きだった藤子F先生の好きな時代を深く掘り下げているお話ばかりで、一本一本が、それなりのページ数で描かれており、情報量がとにかく多い。F先生の歴史うんちくがたっぷりと詰め込まれた作品群である。大長編に相応しいテーマが数多くあると思われる。


「T・Pぼん」の第一話目・第二話目は設定回となっていて、まだまだ序の口といった感じなのだが、連載三話目となる『ピラミッドの秘密』では、いよいよ本格的なタイムパトロールが行われる。つまり、F先生が最初に「T・Pぼん」で取り組んだ題材は、ピラミッドであったのだ。

藤子F先生はエジプトのピラミッドなどの遺跡が大のお好きで、実際に現地を訪問されている。本作の舞台となるサッカラの階段ピラミッドなどの遺跡を回ったり、ラクダに乗ったりとハードスケジュールだったという。

藤子F先生の愛したピラミッドの時代ということで、本作は有力な大長編候補となるだろう。そこで本稿では、『ピラミッドの秘密』のストーリーを追いつつ、実際の史実を当てはめて検証していきたいと思う。

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まずは舞台設定を確認する。
時は紀元前2625年、古王国時代・第三王朝・ジョセル王の統治下。この頃のエジプトは既に青銅器時代に入り、強力な統一国家として黄金時代を築こうとしていた。まだエジプトの名は無く、ケムト(黒い土地)と呼ばれていた。

今回の任務で救いの手を差し伸べる相手は、トトという男で、ピラミッドの秘密を知って、ピラミッドに生き埋めにされて死んだという。

このトトという名前は、エジプト神話における知恵の神トート(トト)から取られている。神話では、トート神がピラミッドの建造方法を伝えたとされている。

トトの父親の名はセトフルで、お話では最初のピラミッド建築の推進役となっている。この名前はおそらく、セトという名の神から取られたのではないかと推察される。神話では戦争の神、荒ぶる砂漠の神として知られている。

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リームと凡は、トトとセトフルをエジプトに入らせないよう、ホログラムでハトホルを浮かび上がらせて元来た道を戻るよう説得する。ハトホルとは、エジプト神話で語られる女神のこと。

ところがセトフルは、新しい建築物を作れるという野心が勝り、説得を無視してエジプトへと入っていく。凡たちは、足止め作戦に失敗し、第二プランもないため、その後のセトフルたちの様子を「ビジプレート」(ドラえもんのタイムテレビのようなもの)で観察し、トトを救うチャンスを見つけ出そうとする。

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ピラミッド建造を計画・実行しているのは、インホテプという男。彼がセトフルを招聘していたのだった。

インホテプは実在した人物で、イムホテプという表記の方が良く見かける。学者にして建築家で内科医でもある才人で、ジョゼルの信頼が厚かった人物だ。イムホテプは、最初のピラミッドとなるジョゼル王のピラミッド(サッカラの階段ピラミッド)を建築した男として知られている。

ちなみにイムホテブは死後、立派な墓が作られたのだが、墳墓内に知恵の神トートの象を収めたという。イムホテブは知恵の神トートに自分を重ね合わせていたのかも知れない。

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インホテブは、諸国で王宮や神殿を作った実績を持つセトフルを招聘した理由を語る。既に王の墓作りは着工していて、大きなマスタバが完成している。しかし、歴代の王の墓は盗賊によって暴かれてしまっている。ジョゼル王の墓は盗掘されないような工夫をしたい、と。

ここでのポイントは、二つ。まず、階段ピラミッドを作る目的は、盗賊たちから眠るファラオを守りたい、という発想から始まったとしている点。それと、マスタバという言葉がさらりと登場している点だ。

まずマスタバの言葉の説明だが、これはウィキって貰えれば一発だが、長方形の巨大な墳墓のことで、ピラミッドが建てられる前の歴代のファラオたちが収められてきた。サッカラの階段ピラミッドは、マスタバをベースに、上から重ね合わせるように建立されている。高く上に伸びていくピラミッドを気に入ったジョゼル王の指示に従い、幾重にも拡張されていったとされる。

なぜピラミッドが作られたのかという点には諸説あるが、F先生はピミミッドはファラオの墓で、盗掘対策のために内部構造を複雑化している、という説を採用していることがわかる。

つまり本作では、なぜマスタバをベースにピミラッドが建てられたのか、という謎に対して、マスタバを建立する途中で盗掘対策を施す必要が出てきたので、階段ピラミッドがその上に作られたのだと、と解説しているのである。

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盗掘対策でピラミッドが建てられた、ということなので、内部の秘密を知る建築家の口も封じなければならない。セトフルは完成の暁には設計図も捨てて、ピラミッドの秘密は守ると提案し、インホテプに受け入れられる。

ピラミッドは途中から計画が大きくなり、何度も設計が変更されていく。時間が経ち、セトフルは病床に伏せる。トトは父の仕事を継ぎたいと申し出るが、セトフルは墓の秘密に関わると命がないと警告する。結局、インホテプに身の安全を保障されて、トトがピラミッド事業に携わることになる。

やがてピラミッドが完成し、王が死に、埋葬される。内部はトトしか知りえない構造で、玄室(棺の部屋)の場所は秘密。しかし、案の定トトはインホテプに騙されて、王と一緒にピラミッド内に閉じ込められてしまう

本作ではインホテプは、王のためなら人の命を奪うことも辞さない冷酷な男として描かれている。風貌も、いかにも悪党な雰囲気をだしている。

史実でのイムホテプは、ピラミッド建築において、最初の計画からどんどん規模が膨らみ、五次(六次?)に渡る設計変更の末、見事に事業をやり遂げた。実績からいって、素晴らしく優秀な人物であったと思うが、やり手で剛腕のイメージも強く、あまりいいイメージを持たれていないケースもある。映画「ハムナプトラ」シリーズでは、イムホテブ(インホテップ)はファラオの座を狙うようなヴィランの役柄だった。大長編化の暁には、敵の一人として登場させることができるだろう。

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リームとぼんは、トトが閉じ込められるまで何も手出しができず、しかも自分たちも人身売買の輩に捕まってしまうなど、その後紆余曲折を経て何とかトトの救出に成功する。最後の方で、ピラミッドの完成した姿も描かれているが、これがさりげなく、F先生の研究が行き届いた造形となっていて感心してしまう。

ピラミッドは、それ自体以外にも、その周辺に複数の施設を作るようになっていて、これをピミラッド・コンプレックスという。本作では見事にこの複合施設を描いている。ピラミッド単体を砂漠の真ん中にポツンと安易に描くようなF先生ではないのだ。

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さて、ピラミッド時代ではないが、「T・Pぼん」ではもう一本エジプトを舞台とした作品を描いている。やはりエジプト時代は、超有力な「大長編ドラえもん」の候補となりうる。

これは良いアイディアだ、などと悦に入っていたのだが、念のため調べてみたところ・・・実は実は、ピラミッドネタは、既にTVアニメのドラえもんで、しっかりとオリジナルで描かれているのである。それが、2017年9月のドラえもん誕生日スペシャルで放送された『謎のピラミッド!?エジプト大冒険』である。どうやら、その筋の人たちの考えることは同じのようである。

とは言え、まだ劇場版ではピラミッドは登場していない。やはり、きちんと取り組んだ方が良さそうだ。と、今回も勝手に藤子プロに推薦しておきたい。

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