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リアル・ミノタウロスの恐怖『暗黒の大迷宮』/考察T・Pぼん

藤子作品の中でも傑作中の傑作とされる『ミノタウロスの皿』というSF短編作品がある。少し前に5000字を超える熱いレビューを書いているので、もしご興味あればこちらをどうぞ。

ミノタウロスは古代ギリシャ神話に登場する半人半牛の怪物である。伝説によれば、ギリシャのクレタ島の地下迷宮に幽閉され、生贄として送り込まれたアテナイの若者たちを食べていたとされる。

藤子先生の『ミノタウロスの皿』は、「半身半牛の怪物が人肉を食う」というモチーフと、「食物連鎖の価値観が異なる世界」というアイディアが重なって生み出されている。神話や歴史に精通していた藤子先生ならではの作品であった。


歴史愛好家だった藤子先生は、ずばり歴史をテーマに「T・Pぼん」という作品を作り上げている。古今東西の歴史の一幕を舞台にして、死ななくても良かったのに命を落とした人間を救うというタイムパトロール隊のドラマを描く。

ファンタジーの要素を含むお話ではあるが、背景となっている歴史の一場面は、膨大な資料を下敷きにしたリアルな描写が心掛けられている。

例えば連載第六回目の作品『白竜のほえる山』では、「西遊記」のモデルとなった玄奘和尚のリアルなインドへの旅をテーマにした作品だった。

藤子先生は幼少期から「西遊記」の物語が好きだったようだが、実際に唐から天竺へと旅することがどういうことなのかを、歴史上の事実として捉え直しているのだ。

既に記事化しているので、こちらもご興味あれば・・。


本稿で取り上げる連載7回目の作品『暗黒の大迷宮』は、伝説として語り継がれているミノタウロスについて、「こういうことだったのではないか」という藤子流の視点で、あくまでリアルに物語に落とし込んでいる。

『ミノタウロスの皿』をもっと楽しく読めるように、という意図も込めつつ、本作について見ていこう。


『暗黒の大迷宮』「少年ワールド」1979年2月号

タイムパトロール隊にとって、タイムボートの整備は最も重要なことの一つ。ところが点検整備を怠っているぼんがボートを起動させると、逆流時間が漏れて、ぼんの周囲の時間が巻き戻ってしまう。母親は洗濯、父親は書斎の掃除が、無かったことになってしまうのであった。

仕事の迎えに来たリームに、「T・P隊の恥だ」と説教されるが、リームの相棒ブヨヨンは、「リームも人のことは言えない」と笑い出す。何とか応急処置はしたものの、不安定な状況でのタイムトラベルとなる。

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今回向かうのは、紀元前1341年のエーゲ海のクレタ島。ミノタウロスに生贄に捧げられたアテナイ人の男女を救うのが任務である。

リアルな歴史考証を目指す「T・Pぼん」としては、ミノタウロスを伝説のように半人半牛の怪物として描くわけにはいかない。歴史上の事実と整合性の合うような説明がなされる。

・アテナイ(アテナ)はギリシャの都市国家の一つだが、まだ発展途上国だった
・対するクレタはミノス王の元、強大な海軍国家として勢力を誇っていた
・クレタ人は牛を聖なるものとして信仰していた
・ミノス王は聖牛に捧げる生贄として、毎年アテナイから若者を送らせていた

向かった先はクノッソス宮殿。迷宮と言われるほどに広大で複雑な構造だったとされる。

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作戦としてはホログラムを使ってミノス王に生贄の慣習を止めさせようというもの。ただしリームはホログラムは滅多に効果はないと言う。なぜなら、ご神託だと言っても自分の信じたいものだけを信じるからだ。

これは、第3話『ピラミッドの秘密』、第6話『白竜のほえる山』でホログラム作戦が実行されており、全く効果を得ることができなかったことを踏まえている。


本作では女神アテナのホログラムを使い、ミュケナイ人によって間もなく滅ぼされるクレタの歴史的運命をチラつかせて、生贄を止めさせるよう働きかけるが、逆に邪神扱いされてしまう。

そこで次なる作戦は、生贄を捧げる大祭に潜入して、二人を脱出させて自分たちが代わりに地下迷宮へと入って後から脱出するというもの。リームによると、この迷宮の中心部である大広間にミノタウロスがいると言う。それはどんな怪物なのだろうか?

と、ここでリームのボートに異変が起こる。リームの整備不良のせいでマシンが故障したようなのだ。この暴走の余波で、ぼんがボートから振り落とされ、リームに助けられるが、ぼんのボートはどこかの時空へと流れて行ってしまう。

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キリキリ舞いの先に二人が辿りついたのは、クノッソス宮殿が遺跡と化した世界だった。ここはいつの時代なのだろうか? リームのボートは見つかるが、バッテリーが上がって動かない。小さな電池さえあれば復旧できるのだが・・。

と、そこへ意外なゲストキャラが登場して、ぼんたちを助けることになる。果たしてその人物とは・・、藤子F先生御大自らの登場である。

藤子先生はクレタ島の旅行中で、カメラを置き忘れたので戻ってきたのだという。「あんたたちもジャルパック?」などと陽気なF先生。ここは現代のクレタ島だったのである。

ぼんは、カメラの中には水銀電池があるはずだとして、藤子先生からカメラを取り上げようとする。まだまだ写真を撮るのだから冗談じゃないと怒り出す先生。ところが、「人助けのためです、許して」とぼんとリームに首を絞められて、カメラを強奪されてしまうのであった。

ちなみに藤子先生の「T・Pぼん」へのゲスト出演は、もう一回あるので、また別の記事でいずれ紹介予定である。

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再び紀元前のクレタ島へ。アテナイ人の二人が宮殿へと連れていかれる。そこをすかさず「タイムロック」で二人以外の時間を止めて、ぼんとリームが二人の身代わりになるべく、二人と服を交換する。ここでタイムロックの限界時間は10分だという事実が判明する。

ぼんたちを神の使いだと信じて、逃げていく二人。身代わりのぼんとリームは地下迷宮へと送り込まれる。二人は、別の出口があるはずだとして、迷宮の奥深くへと進んでいくことにする。

歩きながら、本当にミノタウロスはいるのかという話をする。肉食のウシが実在するのか、それとも雑種の新種を作り出したのだろうか。進むとこれまでの犠牲者たちの骨が落っこちている。そして、開けた場所、迷宮の大広間へとたどり着く。

ボヨヨンが奥の暗闇に何かがいると察知する。そしてフーッフーッと不気味な音が聞こえてくる。松明の火を使って岩にこびり付いているコケを燃やして明かりを作ると、岩だなの上に巨大な牛が姿を現わす!

ミノタウロスの正体は巨大で狂暴な牛なのであった。

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ミノタウロスはもの凄いスピードでぼんたちに突撃してくる。「コントローラー」を使って時間を止めようとするぼん。ところが足元のコケに火がついていて、注意が逸れた瞬間に牛のツノに体を突き刺されてしまう

血しぶきを上げて飛ばされたぼんは、ギャーッと叫び声をあげてそのまま死んでしまう。こうした残酷描写から逃げないのが「T・Pぼん」の特徴の一つである。

ミノタウロスはリームを次の目標に据えて、ドドドと向かってくる。逃げるリームは行き止まりに追い込まれ、ミノタウロスはツノをリームの体に押し付けてくる。絶体絶命のピンチである。

すると、ガクガクガクと異変が起こる。気がつくと、ぼんが殺される前の時間まで、時が逆戻りしている。ぼんの断末魔を聞いたぼんのタイムボートが時空を超えて飛んできて、逆流時間を振りまいたのだ。

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間一髪、ボートを使って迷宮から脱出に成功する二人。

ぼんは帰り道、手入れを怠けたことで逆流時間が漏れて助かった、と嬉しそうだったが、現代に戻り、再びボートが操縦不能となって部屋に落ちてしまう。

すると再び逆流時間が漏れて、またまた母親の洗濯と父親の掃除が始める前に逆戻り。元の木阿弥となってしまうのであった。


本作はタイムボートの手入れ不足による「逆流時間」の漏れというアイディアと、ミノタウロス伝説をあくまでリアルに捉えるという方針を組み合わせた物語構成となっている。

妙に軽いタッチの部分(時間逆流の犠牲となる両親・藤子先生のゲスト出演)と、残酷な描写(血しぶきを上げて死ぬぼん)が入り混じる、極めて「T・Pぼん」らしい作品ではないだろうか。


「T・Pぼん」の考察多数しております。


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