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ソーシャルアクティビストの生き様ドキュメンタリー「認定NPO法人 育て上げネット理事長 工藤啓さん」書き起こし Part②

【資本主義やグローバリゼーションは、非営利団体NPOとは対立するものではないのですか?どう付き合えば良いですか?】 認定特定非営利活動法人 育て上げネット理事長 工藤啓さん 聞き手:山田英治 (社会の広告社) 山田)工藤さんは(国の)審議会に呼ばれたり、様々な活動をされたりしていらっしゃいますが、民間企業ともそういった関係を築いていらっしゃるのでしょうか? 工藤さん)これもやはり運が良くて、2005年ぐらいから海外を中心に社会貢献やCSR(企業の社会的責任)という言葉が聞かれるようになりました。日本と少し違い、若者中心にやろうとする企業が今もたくさんあります。 各国の担当者の方が何かしらのテーマと若者達を見つけてNPO(非営利組織)を探すことが多いのですが、若者支援をやっているNPO自体が限られているもので、そこで我々に声を掛けていただくことが多いです。担当の方が他の企業に紹介してくださるとか、今までそういったご縁がありました。 山田)(育て上げネットさんは組む企業に)グローバル企業が多い印象があります。 工藤さん)そうですね。社会貢献やNPOと協働という話はグローバル企業が多いです。逆に若者への機会提供や採用という面では中小企業が多いです。 山田)若者が社会参加する出口として、国や自治体を含めた公的なところから、中小や大手までお付き合いがあるということですね。NPOと資本主義における超グローバリゼーションみたいなものは、対立する、といいますか、激烈な競争社会の原理が生き辛さを生むのではないかと思います。そのあたりは工藤さんの中でどういった折り合いをつけているのでしょうか? 工藤さん)実際に一緒に事業を組んだり対話をしたりすれば、同じ方向を目指せるとは思うのですが、やはり難しい時も当然ありますね。(若者支援のNPOを経営していた)両親は、それは良くないという信条を持っていて『もったいない』とか『どこそこの企業からこんな話があったけれど、やはりそれは受けない』というような話をしていました。 私は『何でだろう?』と思いました。皆さん良いパートナーですし、NPOが持っていない、お金だけではないものをたくさん持っていますから。 時代は変わりましたが、NPOは法人格としては信頼されていません。一方で皆さんが知っている企業と一緒にやることは、このNPOは大丈夫そうかな、という印象を持ってもらうこともできますし、たくさんの優秀なビジネスパーソンの人達がボランティアとかプロボノ(専門的なスキルの無償提供ボランティア)という形で助けてくださいますから。これらもお金では買えないものです。 NPOというものは市民力を高めていくことも大事で、例えば多くの人々に若者の置かれている状況を知ってもらいたいと思ったとします。SNSも使いますが、何万人といる企業の内部ネットでは『若者支援のNPOと一緒にこんな事業をやりました』ということを回すだけで、社員の方たちの中で若者の問題を社会問題として意識を持たれる方がたくさん増えます。そんなパワーはなかなかNPO単独では出せないので、(大企業さんとのコラボは)助かっていると思います。 【気軽に居場所などの支援につながれる若者が増えた一方で、格差社会が進展し、経済的余裕がなく、かつ虐待を受けているような家族関係に困難のある若者たちが増えてきた】 山田)いま工藤さんは設立して何年ですか? 工藤さん)ちょうど20年です。 山田)20年間、若者をサポートされて、新たな若者も増えていると思いますが、今の(若者たちの)状況はいかがですか?工藤さんが支援されている若者の特徴、変化や、普遍的な部分など。 工藤さん)いくつかあげるとすれば、NPOとか支援団体ということに対して心理的な抵抗感がものすごく低くなっているということですね。 今の若者は自分で調べてアクセスして来られるので、ご両親を経由してから本人と会うということもなくはないのですが、ネットでパッと調べて軽やかに来られて支援を受けられる方が多い印象です。 当初は『支援を受けるということは若者にとって重たいことだろうな』と思っていたのですが、あまりそのような感じはなく、自分の居場所に遊びに来られるようになっているのが、一つの変化かなと思います。 始めた当時は9対1か8対2で男性が多かったのですが、今は女性の方が多くなってきています。これが大きな変化の2つ目です。 3つ目はその子達を支える家族基盤です。経済的な余裕がない、お金がないというご家庭の若者。心身の虐待を受けていたり、ご両親が家族として機能できないような家庭にいたりする若者が増えたと思います。 山田)若者自身、自らSOSを発することも増えましたが、それを支えるご家族自体が大変な状況で、日本の貧困化も拍車をかけているのでしょうか? 工藤さん)事業としてプログラムに価格はつけていますが、本人はもとより、それを支払うことのできるご家族が少なくなってきています。そうなると誰かにお金を払って支援を受けるという費用負担型では成立しないというのは以前よりもずっと深刻化しているような気がします。 山田)行政や企業からの援助でその家族を支えていくようなものは可能ですか? 工藤さん)行政の場合は委託事業なので採択されても、若者一人を団体が受け入れたらいくら、という形で支援することはほぼできないんです。 【個人からの寄付や企業による問題解決が若者支援を支える形になってきた】 工藤さん)他の大きな変化でいうと、個々人が若者支援に寄付をするようになってきているという点です。20年前と比べてすごく変わりました。 山田)それはどうしてなのですか? 工藤さん)以前は自己責任論と家族責任論が主体でした。誰かが支えるのでなく、自分で何とかする。その先を公共がやるという風潮がありました。 公共もご家族もご本人も難しい状況になる中で、若者達が置かれた状況は決して自己責任でなく、社会の構造的な問題が生み出した部分であるということ。公共は万能でなく、すぐに動けないこと。その隙間を埋めるためNPO活動に寄付をしよう、という個人の方や企業の方が増えたのだと思います。 山田)認識が広がったということですね。ひきこもりもそうですが、本人がさぼったり甘えたりしているだけではない、周りがそのつらさの原因である、ということを企業側も少し分かってきたのですかね。 工藤さん)2003年の創業期に、問題についてご本人やご家族が小さな世界の中で語っていたものが、みんなが知る社会問題となった、というのは第一歩です。 その次に解決方法があるのですが、『必ずしも公共や企業だけができることではないので、みんなでやっていこう』とか、寄付もそうですが、世代が代わって寄付を出すということが特別高尚なものではなく『お互い様』になって来ていると思います。インターネットの存在もすごく大きいです。 山田)今、非営利活動法人(NPO)は世の中にたくさんある一方で、株式会社として起業される方も増えています。そういった傾向はどのように思われていますか? 工藤さん)すごく良いと思います。NPOであるがゆえにできないこともたくさんあります。資金調達もそうです。 一般的に、社会の信頼は株式会社の方がNPOよりあります。正直、法人格はどちらでも良いと思っているのですが、それぞれの法人格に、できることとできないこと、得意なことと得意でないことがあるので、社会問題の領域に株式会社という法人格で問題解決したり、価値を創造したりするステークホルダーが増えたのは、ものすごいことだと思います。 一方で『NPOは今後どうしていくの?』という点は、今後考えなければいけないことです。 【生きづらさを抱えた若者たちに対して「みんなで作ったお金を君のために使うよ」と言える仕組みづくりをしたい】 山田)NPOとしてどんな支援がまだ足りていないのか、それとも足りているのか、それを含めてどんなことをやりたいと思っていますか? 工藤さん)20年経って私がだいぶいい年齢になってきたというのもありますが、コロナ以降、比較的特定のNPOが大きくなって資金調達をした後にやれることを増やしていくということが、良くも悪くもできています。 逆に、従来どおり必要な人に色々とお願いしているけれど、なかなかうまくいかない。規模を大きくしたいけれど、しづらいところが出てきています。 ひとつのNPOで頑張るのではなく、全国にも仲間がいますので、資金調達だけではなく、協力してくださる企業、新しくチャレンジして良かったことを業界で分かち合うことに、残りの人生の一部を充てたいと考えています。 それぞれのNPO一人一人がやると非効率で、みんなでやった方が良いものは結構あると思います。それはインターネットが変えてきたものです。自分より年下の世代もいっぱい出てきているので、僕が父親の世代から受け取ったいろいろな恩や繋がりを彼らに還元したいです。 還元のあり方も、特定団体の経営基盤の向上であるとか、影響力の拡大といったものではなく、みんなでインパクト自体を大きくしていき、リソースをみんなで共有し合えるような還元でありたいと思っています。 山田)我々のサイト、メガホンの話ですが、まさに個々の団体の広告サポートというよりも、業界全体でソーシャルインパクトを出したいと思っていて、若者支援のプラットフォームとしてどんなものがキャンペーンできますか? 工藤さん)2つ以上の団体で自団体ではなく、その問題、もしくは当事者の方が前に出るような形で、問題を改めて社会化していくところに、応援という意味での資金を募ることができたら良いと思います。 その子を支えていくためのお金、例えば交通費であるとか、どこかへ行く時の旅費というのは、自己負担の原則みたいなのがあったと思います。ただ、それも負担できなくなってしまっている以上、やはり行政も出し得ない個人に対する資金のサポートを、複数の団体で寄付をいただいて、複数の団体にいるその個人に対して支援をしたいと思います。 そのためにはみんなでやらなければいけません。あの団体がお金をくれるとかではなく、『みんなで作ったお金を君のために使うよ』と言ってあげたいなと。言わなければならないなと思っています。 山田)YouTubeで見られる『令和の虎』というコンテンツ、つまり、その人の夢サポートスキームのような、何か『こういうことをやりたいからこのぐらい必要だよ』と可視化し、それに対して寄付する仕組みや基盤ということですかね。 工藤さん)最近ですと、フリマアプリで、社会参画が難しくても、自分で洋服を作ったり絵を描いたりしている若い子達を応援しています。 寄付自体をいただくこともそうですが、その子達の作品を買うということは、その子達にとって現金が入る、もしくは応援、自分の作品を認めてくれる人が増えるということです。この繋ぎが本当にやらなければいけないことなのです。団体の経営を団体が頑張らなければいけない面はあります。 個々人の若者の頑張りを多くの人が応援できるようなものを繋げるような事業をやってみたいです。各団体に、作品がきれいに撮れるようなカメラとかライトなどの設備があると、作ったものがすごく良く見えると思います。 その設備も各団体が頑張るのか、 みんなで頑張ってひとつひとつの施設にちゃんと設備がある状態にするのかだと、僕は後者に挑戦したいです。 山田)ライブコマースですよね。 工藤さん)映像制作の場合も、その団体にたまたま映像編集のできる職員さんがいて、そこでたまたま支援者として若い子に教えていた、という構造から、みんなでネットを繋いでやる、という構造にしたいです。 みんなでやるからこそ本当のプロの人を呼んで、オンライン上できちんと学んで、それをみんなで作った作品としてみんなで世に出す。それが理想的です。みんなでやるということはプロの力をより借りやすくなるわけです。 むしろ積極的にプロの力を借りに行って、ある施設にたまたまいる職員のスキルに左右されないような環境を整備したいですね。 山田)良いですね。 ***** 工藤啓さんパート1の記事はこちら→https://note.com/shakainoad/n/n8409c3c5b60c メガホンchでは、様々な社会問題に向き合うソーシャルアクティビストの生き様にフォーカスしたドキュメンタリーをアップしています。もしご興味ありましたらチャンネル登録よろしくお願いいたします。 ★クリエイティブサポート付きクラウドファンディングサービスMegaphone(メガホン) HP https://megaphone.co.jp/ 私たちは社会テーマ専門の広告会社です。 株式会社 社会の広告社 https://shakainoad.com/

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      社会の広告屋のメガホンch〜ソーシャルアクティビストの生き様ドキュメンタリー「認定NPO法人 育て上げネット理事長 工藤啓さん」 書き起こし Part①

      【認定特定非営利活動法人 育て上げネット 理事長 工藤啓さん 書き起こし パート1】  聞き手:山田英治(社会の広告社) 工藤さん)認定特定非営利活動法人、育て上げネット理事長の工藤です。私達は若い人達の就労支援や子供たちの学習支援、生活全般の支援を主に活動しています。 山田)育て上げネットを作ったきっかけを教えてください。 工藤さん)元々、両親が民間版の児童養護施設を運営しており、物心ついた時から不登校や非行、障害で悩む人々と共に生活していました。朝ごはんは30名ぐらいで食べ、夏休みのキャンプは100名ほどで行くような生活です。自立して生活できるようになると出て行ってしまうので、入れ替わりのある血の繋がらない家族のようでした。 地元の学校に行けなくなったり、家から出られなくなったりする若者達は、地元にいると苦しくなるため、東京など地元ではない場所に出ることが多いです。そういうことに理解のある家庭の若者であるほど恰好が付くため、特に東京に出やすいようです。 北海道から沖縄まで全国の5歳から10歳も上の人達と男女関係なく暮らしていました。彼らも不登校や障害を理由に、ひどい目に遭う地域に住まれていたのだと思います。 私は産まれた時からその環境だったので、小学生になるまでは他の子と違うことに気が付きませんでした。友達の家に行った時に、家族しかいないことに違和感を覚え、そのとき初めて自分の家が特別な家族形態だったのだと感じました。 山田)そういった状況に気がついた時に、何も疑問も起きず、反抗期というか、お父さんやお母さんに自分のことも見て欲しい、というような苛立ちはなかったですか? 工藤さん)私の両親は、自分の子どももそうですが、一緒にいる人達はある種のお客さんでもありましたので、両方ともかなり気を遣って見ていました。小学校3年生か4年生の時に、「お父さんお母さんのお仕事」という宿題が出されたのですが、自分の家の職業が分からず、先生に何と答えていいか分からないと助けを求めましたが、先生はそれを助けられず、結果としてその先生は飛ばされました。 山田)(笑) 工藤さん)これは何の仕事をしているかが分からない、名前がない、自分の家はそういうことなんだなと思った時、最初はややショックだった記憶があります。 初めて家業に自分が組み込まれたと思ったのは中学校2年生の時です。共同生活は早ければ中学校から始まるのですが、初めて自分の同級生が来たとき、学校の先生や部活の先生、両親から「こいつよろしくね」と言われたので意識しました。 一緒に暮らしている人間を支える側として周囲の期待があったので、初めて嫌な感情を持ちました。部活など、自分のコミュニティーで『どうして彼は一緒に住んでいるの?』といった話に何度も答えないといけないので、すごくストレスでした。 40年以上昔の話ですが、障害を持っている人も多くいたので、現在のように福祉の環境も無かったためか、家に投石されたり、『お化け屋敷』や『変な集団』などの心無い言葉を言われたりしました。それらが耳に入ると、両親の家、自分が住んでいる環境は一体何なのだろうと、言語化できないモヤモヤ感がありました。 山田)そのように工藤さんが成長された中、すんなりとNPOをお父さんと同じようにやろうと思われたのですか? 工藤さん)小学校6年生の時の文集ではプロサッカー選手になりたい、中学校の時は総理大臣になりたい、高校卒業時はジャーナリスト、新聞記者になりたいと書いていて、若者支援やNPOという選択肢は全くなく、具体的な筋道があったわけではありません。 山田)ちなみに、どうして総理大臣になりたかったのですか? 工藤さん)当時「SimCity」という街づくりのゲームに熱中していて、道路を線路にしたり、建物を建てたり壊したりを、自分の意志でできて面白かったのが1つの理由です。 もう1つの理由は、両親の「自分の税金がどれくらいかを知るために、日本は全員確定申告した方が良い」という話にすごく共感して、総理大臣になればそのようなルールが作れるのではないかと、本当にただそのように考えたからです。 今思うと、中学生ぐらいのとき、何かルールを変えるとか、ルールを作るっていうことが何となく好きになっていたのではないかなと思います。 30人でいろんな人と暮らすとなると、それなりに暮らすためには常にルールを変えていく必要があります。たとえば母親の場合は、「下に落ちているものは捨てる」というルールを作って、本当に落ちているものは捨てていました。 でも誰の落とし物か分からなくなったり、踏みつぶしたり、盗った盗らないというような小さな問題がいっぱい起きてしまうので、広めのルールは結構ありました。 障害を持っている人や何かが苦手な人とキャンプに行く時も、相応のルールが必要で、たとえば遊びで高いところに登ったら鬼からタッチされないようにするとか、このようなルールを変えたりすることが自然と身についていたのだと思います。 山田)でもその先はジャーナリスト志望になったのですよね。社会問題に向き合いたい、社会問題の啓発をして、世の中をより良くしたいといった意識があって、それで『ジャーナリストになりたい』ということになったのですか? 工藤さん)そこまで深く考えていないと思いますが、インターネットの無い時代でしたので、新聞とテレビが家に取材に来ると、翌日の黒電話の鳴り方がすごかったのですよ。 全国からの『うちの子供が』とか、『うちにいる娘が』というような電話ですね。皆さんどこに相談して良いか分からないし、調べようもない中、〇〇新聞に出たとなれば、次の日のあり方がまったく異常に感じました。特に子供にとって。 メディアって凄いなという話でもありますし、テレビや新聞の影響力が時代的に強かったのを自宅で体感していたので、記事を書くとか放送を流すって本当にすごいと思いました。それで高校の時には新聞記者とか面白いかもしれないと思いました。 山田)なるほど。ではその流れで、大学もメディア系に行かれたのですか? 工藤さん)成城大学のマスコミュニケーション学科に合格し、そこで2年間専攻していました。 【海外でソーシャルインベストメント(社会的投資)の考えにふれ、日本でも実践したいと思った】 山田)そこにはまだ若者という文字、若者支援という文字はないわけですよね?いつどのタイミングでやっぱり若者支援を、となったのでしょうか? 工藤さん)高校から大学に行く時に、サッカーを続けるかどうかをまず迷ったんです。高校もそれなりにサッカーを頑張ったつもりだったのですが、大学に入って部活をやろうかなと思った時に、そこでプロにはなれないともう分かるわけですね。 365日部活みたいな生活でしたので、プロサッカー選手になれないとなったら違うところを見ようということで、まずアルバイトをすごくたくさん楽しくしていました。そうするとお金が入ってくるので、海外に行ったことがなかったので、ふらっと1か月くらい海外に行って、その国の現地の人と一緒にサッカーをしていました。 何カ国かでそれをやっていたら、たまたまアメリカのシアトルで、台湾人と仲良くなって泊めてもらいました。英語はできなかったので漢字で色んなことを喋りました。当時流行っていたモーニング娘とか。その時に「どうして台湾ではなくアメリカで勉強しているの?」と尋ねたら、予想と違う回答で衝撃を受けました。 お金持ちになりたいとか、英語を喋れるようになりたいとか言うと思ったのですが、彼らは「いつ中国を含めた台湾という小さな国が有事になるか分からないから、アメリカに来て勉強や仕事をして市民権を得て、有事の際は家族を逃がす」と真面目に話していて、そんなことを同世代が考えているのかと驚きました。 そんな彼らと一緒にいたいと思ったので、翌日彼らの学校に連れて行ってもらい、入学の仕方を教わって、日本に帰国したあと両親に『日本の大学を辞めてアメリカへ行きたい』と言いました。両親に『なんでだ?』と聞かれたので、その台湾人と一緒にいたいということを伝えたら承諾してくれました。 当時、TOEFLで500点を超えたら語学学校を飛ばして入学できると言われていたので、試しに1回目を受けたら503点でした。その後は1年間ずっと500点を超えなかったのですが、許しをもらえて、アメリカに行って良いと言われました。 台湾人の彼らがビジネス学部だったという理由で、同じくビジネス学科の経営学科を選んだのですが、そこから周りにいる人達がメディアの話をする人からビジネスの話をする仲間に変わりました。これはかなり大きな影響があったと思います。 山田)そうすると通常ベンチャー企業ですね。ビジネスを立ち上げたいと思いますよね。 工藤さん)1年生や2年生だと就職活動の話をほとんどの人がしませんでした。夢物語でまず、こういうのを作る。それをお前は日本で売って、お前はお前の国で売って、という話をお酒を飲みながら盛り上がったくらいです。それでも業を起こすという話からしかスタートしない世界でしたし、そういう友人達でした。 日本の友人は就職活動で『やっぱり就職っていつかするのかな』とか『就活苦しい』と言っている時代に、アメリカの友人達はみんな起業と言っていました。 そのうちに若者支援という文脈がふと出てきました。日本はこれから若者支援だという話に偶然なり、ヨーロッパに行ったら自分の家業と似た世界があったのです。それで、帰りの飛行機で『起業しよう。だめだったら勉強すれば良い。』と思い、アメリカの大学生活が続く予定でしたが、帰国後に起業し、20数年経ちました。 留学当時、色々な起業の話をする時に『ある国では今これが流行っているけど自分の国ではどうか』という考えもあったのですが、ヨーロッパの友人から『日本も中高年のリストラ問題があるらしいじゃないか。ということは若者達が就職しづらい環境で就職しづらい若者が社会に出ればマーケットができる。今じゃないか?』と言われてヨーロッパに行ったのですが、それがなければここにいないと思います。 『日本でも若者支援のマーケットはできる。お前は日本人で、そんな世界の実家で生きてきたのだから、やる以外の選択肢はない。』という助言は自分では考えつかなかったです。いつもの飲み会の話で適当に投げた助言だとは思いますが。 山田)就職氷河期世代がもう世の中にいて、日本ではそういうことが社会問題になっているというのをヨーロッパの彼が知っていて、それがソーシャルビジネスの良いマーケットだと指摘したのですね。 工藤さん)でもその時はソーシャルとは言っていなかったんですよね、ビジネス学部だったので。ヨーロッパに行った時にその社会的投資という言葉に出会ったのを覚えています。investment(インベストメント)、投資は勉強したんですよ。ソーシャルの意味が分からず、それで『ソーシャルはどういう意味なんですか』と聞いたら、『社会が良くなったり問題を解決したりすることがリターンだよ』と言われました。 帰国後にしばらくして「ソーシャル」という言葉がすごく当たり前に使われるようになったので、あの時にソーシャルという言葉に出会ったのはラッキーでした。 山田)ソーシャルインベストメント(Social Investment)、日本語にすると社会的投資ですね。今でいうとSDGsを含め、インパクト投資とかですね。そういう意味では一般化してきていますけど、当時はそういう発想は『社会に投資するの?』という感じに捉えられましたよね。その他にも『リターンが何なの?』という具合で。 (工藤さん)その時はやはり分からなかったのですが、両親に『どうしてこういう仕事しているの?』と尋ねたら、『やはり本来一人一人の人生を豊かにできる存在が家に一緒に暮らしていれば、実際に働いたり生活者になったりしていく中で納税者にもなるし、その本来の力を社会に出すことを手助けしたいんだ』ということを言われました。 もしお金に直せば計算できるようなインパクトにはなるでしょうし、お金に直さなくても、そのように両親が言っていたことは、「ソーシャルインベストメント」という言葉をヨーロッパで聞いた時と近い感じで頭の中で結びついたと思います。 山田)家業でされていた若者支援とはまた違う若者支援だと思うのですが、工藤さんは当時どのように両親がやってきた支援と違うことができると思ったのですか? 工藤さん)一つは実家で暮らしている時、すごくたくさんの人たちが集まったりしてはいたのですが、ビジネスパーソンの人、例えば企業の社長さん、大企業とかの行政の方とかが恐らくほとんど来ていませんでした。そこで、いろんな人達が若者を応援しようという時にも行政や企業と繋がりのある「業界若者支援」を作ろうと思いました。 お金というものから逃げずに、もらうべき時はちゃんと『ください』と言わなければいけないですが、『払えない』という人に『じゃあ無理ですね』とも言いたくないので、その点、業界の中では他とは違うポジションをやれると思いました。 【社会的な事業で、「お金から逃げない」とはどういうことか考えた】 山田)そこで勝負しようということだったのですね。育て上げネットが2004年ですかね? 工藤さん)運が良くて、2004年の5月ぐらいに「ニート(若年無業者)」という言葉ができたんですね。それをすごくメディアも取り上げて、取材先探しが始まりました。 元々不登校とひきこもりという言葉の世界に支えられた若者支援だったので、目新しさの欲しいメディアの方々からすれば、立ち上げ間もない私たちの姿はまさに、学生ではないが自宅から通っているし「ニート」に映ったのだと思います。 それで、ものすごい取材があったのと、政府もそういう若い人達を支援していこうという動きを2003年頃からしていたこと、NPO(非営利活動法人)が活躍すべきであるという時代の流れ、若く起業した「若者」が互いに掛け合って、本来ありえない早さで政府の審議会や委員会が進みました。委員会にも呼んで頂きました。 いろいろな委員会の座長の先生からも可愛がって頂いて、自分たちの世界をそこで話しただけで、国の政策にその一文が入ったりしていました。 今は当たり前ですが、困っている若者本人が支援の場に来られない時は家族がアクセスするので、その家族を支援するというのも若者支援では当然なのですが、国の政策ではそうはなっていませんでした。 その話を国の委員会でしたところ、家族への支援が若者支援政策の中でできるようになったりしました。経済と向き合っていくぞと思っていたのですが、公共機関、行政、自治体ともきちんと話をしていけば、もっと広い世界、社会にも関わりや貢献ができそうだなと、26歳ぐらいの時に見えてきました。 官僚、霞が関という言葉で表現される人達と話に行って、本当にいろいろなことを考えられていると思った一方、行政の中だけではできないこともあって、民間NPOとして貢献できるところはあるな、というのは強く感じました。 2006年、2007年ぐらいにぶわっと生まれた、僕ら世代より少し下の「社会起業家」の人達が、社会をどうしていくかということと経済面を組み合わせた事業のあり方というのを注目していく中で、いろいろな情報が海外からも入ってきていたので、社会的な事業とお金から逃げないとはどういうものか、こうやってやるのか、こういう考えがあるのか、と当事者として考えられたことは非常にラッキーでした。 「社会起業家」というラベルが貼られただけで、誰も「社会起業家」になろうとは思っていなかったはずです。そんな言葉もなかったですし。良くも悪くも、ラベルが貼られたことで社会と事業の両方を組み合わせないと、という話ができました。 事業はどのように組めば良いのだろう、行政とはどう付き合って、企業とはどう付き合って、地域の人達とはどう付き合って、一緒にやっていくのが良いのかなという時に、いろんなセクターの人達と比較的仲良く話せたのは、家業が若者支援のNPOで、いろんな人達と一緒に生きてきたからだろうなと思いました。 両親から『この仕事をするうえで、お前の不得意と得意がある。まずお前はリーダーシップを持っているタイプではない。小学校も中学校も高校もサッカー部が副キャプテンで、力強く引っ張っていくタイプではない代わりに、いろんな人とコミュニケーションをとる能力がある』とよく言われていました。 『若者支援の業界で足りないもののうち一つが、行政ときちんと話をできること。一般的な企業とタイアップして仕事を作ることは多分お前に向いていると思う。逆に地域に入り込んで地道にやるとか、目の前のことを何時間もかけて話し合うのは支援のプロに任せた方が良い。お前は経営に向いているが支援には向いていないので、経営であれば若者支援を起業する芽があるかもしれない』とも言われました。 それには何となく自覚もあって、亡くなってはいますが、父親の「(向いているのは)支援者でない」という言葉は大きかったです。自分には支援できないかもと不安でしたので。 ―工藤啓さん パート2に続きます。―  メガホンchでは、様々な社会問題に向き合うソーシャルアクティビストの生き様にフォーカスしたドキュメンタリーをアップしています。もしご興味ありましたらチャンネル登録よろしくお願いいたします。 ★クリエイティブサポート付きクラウドファンディングサービスMegaphone(メガホン) HP https://megaphone.co.jp/ 私たちは社会テーマ専門の広告会社です。 株式会社 社会の広告社 https://shakainoad.com/

      • 社会の広告屋のメガホンch〜ソーシャルアクティビストの生き様ドキュメンタリー「ひきこもりUX会議林恭子さん」書き起こし

        誰もが生きやすい社会のために いろんな生きづらさがつながれる場をつくりたいひきこもりUX会議 代表理事  林恭子さん 聞き手:山田英治(社会の広告社) 林さん) 林恭子と申します。不登校やひきこもりについて当事者たちの声を多くの方に届けることや、支援のあり方をもう少し当事者のニーズに合ったものにしてほしいなと思って今の活動をしていて私は今幾つかの団体に所属して活動はしているのですけれども一番大きくやっているのがひきこもりUX会議という団体です。 山田) 林さん自身が今ひき

        • ひきこもり当事者の親たちの思いは?家族会に参加してみた。

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯11、ラジオ音声を全文書き起こしました。 構成担当山田英治(社会の広告社)が、ひきこもり当事者の家族会に参加しているご家族や家族会代表の方にインタビューしました。 ※代表の市川さんへの取材は家族会後に改めてZOOMで取材させていただきました。※音声で聴きたい方は、コチラから! パーソナリティ:高橋みなみ                      ゲスト:NPO法人 楽の会

        ソーシャルアクティビストの生き様ドキュメンタリー「認定NPO法人 育て上げネット理事長 工藤啓さん」書き起こし Part②

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          ひきこもり当事者が自分の経験を活かし、「支援の側」に入ることで「支援のカタチ」はどう変わるのか?

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯10、ラジオ音声を全文書き起こしました。 ピアサポーターって何?当事者が支援に入ることの意味は?構成担当山田英治(社会の広告社)がひきこもり当事者でもあり、ピアサポーターでもある下田つきゆびさんにインタビューしました。 ※音声で聴きたい方は、コチラから! パーソナリティ:高橋みなみ                      ゲスト:高知ひきこもりピアサポートセンター ピアサ

          ひきこもり当事者が自分の経験を活かし、「支援の側」に入ることで「支援のカタチ」はどう変わるのか?

          生きづらさを抱えて孤立している、ひきこもり当事者への伝え方を、ひきこもり当事者のみなさんに聞いてみた!

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯9、ラジオ音声を全文書き起こしました。 ひきこもり当事者の方がインターネットで交流するオンライン当事者会に、構成担当山田英治(社会の広告社)が参加しました。その模様をお伝えします。このオンライン当事者会は、#7で紹介した株式会社『ウチらめっちゃ細かいんで』のメンバーが中心となって定期的に開催している当事者会です。 テーマは『居場所や支援にたどりつけない当事者に、どう伝えるか?

          生きづらさを抱えて孤立している、ひきこもり当事者への伝え方を、ひきこもり当事者のみなさんに聞いてみた!

          ひきこもり経験者の方を含む働き手みんなが経営にも参加する!ワーカーズコープ(協同労働)とは?

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯8、ラジオ音声を全文書き起こしました。 ワーカーズコープ(協同労働)って何?ひきこもり経験者や生きづらさを抱えた人たちが、安定した仕事につけるその組織とは?構成担当山田英治(社会の広告社)が、ひきこもり経験者であり、現在はマネージングの立場で仕事に関わる岩佐哲也さんと、ひきこもり経験があり、身体に障がいをお持ちの斉藤千恵さんにお話を伺いました。 ※音声で聴きたい方は、コチラ

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          日本初ひきこもり当事者・経験者が集まって作られた株式会社とは?

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯7、ラジオ音声を全文書き起こしました。 起業のきっかけは?ひきこもり当事者の社会参加の可能性は?構成担当山田英治(社会の広告社)が、日本で初めてのひきこもり経験者による株式会社「ウチらめっちゃ細かいんで」代表取締役の佐藤啓さんにインタビューしました。 ※音声で聴きたい方は、コチラから! パーソナリティ:高橋みなみ                      ゲスト:株式会社ウ

          日本初ひきこもり当事者・経験者が集まって作られた株式会社とは?

          今まで女性のひきこもり当事者が集まれる場所がなかった?

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯6、ラジオ音声を全文書き起こしました。 女性限定の当事者会を開くことの意味は?女性の当事者たちの状況は?構成担当山田英治(社会の広告社)が、ひきこもりUX会議代表林恭子さんとひきこもりUX女子会に参加されていた当事者、経験者にお話を伺いました。 ※音声で聴きたい方は、コチラから! パーソナリティ:高橋みなみ                      ゲスト: ひきこもりUX

          今まで女性のひきこもり当事者が集まれる場所がなかった?

          ひきこもり当事者の回復のために家族ができることは?周囲や社会にできることは? 臨床心理の専門家に聞きました!

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯5、ラジオ音声を全文書き起こしました。 臨床心理の研究をしながら、ひきこもり当事者の家族支援もされている、東京学芸大学准教授福井里江さんに、構成担当の社会の広告社山田英治が聞きました。 ※音声で聴きたい方は、コチラから! パーソナリティ:高橋みなみ                      ゲスト: 東京学芸大学准教授 福井里江さん  (PART2)          取材

          ひきこもり当事者の回復のために家族ができることは?周囲や社会にできることは? 臨床心理の専門家に聞きました!

          ひきこもりの原因は?長期化してしまう理由は?臨床心理の専門家に聞きました!

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯4、ラジオ音声を全文書き起こしました。(PART1) 臨床心理の研究をしながら、ひきこもり当事者の家族支援もされている、東京学芸大学准教授福井里江さんに、構成担当の社会の広告社山田英治が聞きました。 ※音声で聴きたい方は、コチラから! パーソナリティ:高橋みなみ                      ゲスト: 東京学芸大学准教授 福井里江さん             

          ひきこもりの原因は?長期化してしまう理由は?臨床心理の専門家に聞きました!

          ひきこもり✖️音楽で、当事者の思いをみんなに伝えたい!

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯3、ラジオ音声を全文書き起こしました。 生きづらさ系・表現イベント『布団の中のアーティストプロジェクト』を 主催している元ひきこもりの自称「惨敗王」の シンガーソングライター  哲生さんにお話を伺いました。 ※音声で聴きたい方は、コチラから! パーソナリティ:高橋みなみ                      ゲスト:元ひきこもりの自称『惨敗王』シンガーソングライター哲生

          ひきこもり✖️音楽で、当事者の思いをみんなに伝えたい!

          ひきこもり✖️農業で地域が元気に!その仕掛け人に話を聞きました!

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯2、ラジオ音声を全文書き起こしました。 高知県安芸市で農業を通じてひきこもり当事者の社会参加をすすめる 安芸保健所健康障害課の公文一也さんにお話を伺いました。 ※音声で聴きたい方は、コチラから! パーソナリティ:高橋みなみ                      ゲスト:高知県安芸福祉保健所健康障害課 公文一也さん             取材構成:山田英治(社会の広告社

          ひきこもり✖️農業で地域が元気に!その仕掛け人に話を聞きました!

          「地域に居場所をつくる!」息子のひきこもり経験をもとに実践してきた母の挑戦!

          ひきこもり当事者、家族、支援者の思いをみんなに伝えるラジオ【ひきこもりVOICE STATION】♯1、ラジオ音声を全文書き起こしました。 岩手県北上市でひきこもり当事者や不登校当事者への居場所支援をしている、笑いのたねプロジェクトの代表 後藤誠子さんに話を聞きました! ※音声で聴きたい方は、コチラからどうぞ。 パーソナリティ:高橋みなみ ゲスト:笑いのたねプロジェクト代表 後藤誠子 構成:山田英治(社会の広告社) 高橋みなみさん「ひきこもりVOICE STATIO

          「地域に居場所をつくる!」息子のひきこもり経験をもとに実践してきた母の挑戦!

          踏み出してよかった!サポステオンライン座談会(書き起こし)2021.12.3開催

          山田「はい、みなさん、こんばんは。踏み出してよかった!サポステオンライン座談会はじまりました。進行は私、社会の広告社の山田英治と申します。よろしくお願いします。そしてゲストには、今回、サポステのPR動画にご出演していただいた生駒里奈さんに来ていただきました。生駒さん本日はよろしくお願いします」 生駒さん「みなさん、こんばんは、生駒里奈です、よろしくお願いします!」 山田「よろしくお願いします」 生駒さん「山田さん、トーンが暗いですね^^ さっきまでめちゃくちゃぐんぐん気

          踏み出してよかった!サポステオンライン座談会(書き起こし)2021.12.3開催

          経理の妻が聞く! ちゃんと知らなかった『社会の広告社』の仕事の話①高齢者施設が学校ってどういうことですか? 「ライフの学校」のブランドデザインについて教えてください。

          妻)去年から頻繁に仙台市を訪れていた案件「ライフの学校」が無事にオープンとなりました。今回、その「ライフの学校」の仕事について教えてもらいたいと思います。よろしくお願いします! 夫)よろしくお願いします! 妻)まず、どのようなきっかけで担当させていただくことになったのですか。 夫)2018年からプロデューサー、クリエイティブディレクターとして担当させてもらっている社会福祉HERO’S TOKYOという社会福祉業界のスピーチコンテストが縁で、現在、ライフの学校の代表理

          経理の妻が聞く! ちゃんと知らなかった『社会の広告社』の仕事の話①高齢者施設が学校ってどういうことですか? 「ライフの学校」のブランドデザインについて教えてください。