東京大学⇨日本総研退職後、シンクタンクの経験を活かし、社会をより良くしたいプロボノワーカーを非営利団体に繋ぐ/ソーシャルアクティビストの生き様ドキュメンタリー 嵯峨 生馬さん(認定NPO法人サービスグラント代表理事)

この記事は、上記インタビュー動画の書き起こし記事です。

認定NPO法人サービスグラント代表理事 嵯峨生馬 さん
聞き手・撮影  山田英治(社会の広告社)

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嵯峨さん
認定NPO法人サービスグラント代表理事の嵯峨です。「サービスグラント」という団体は「プロボノ」という、仕事の経験やスキルを活かしたボランティア活動を通じて、NPOや地域活動団体の基盤強化、課題解決を支援することに参加する人と、その支援を必要とする団体とをつなぐコーディネートをしています。

山田
はじめたきっかけはどういったことでしょうか。

嵯峨さん
もともと自分自身もNPOや地域活動ということに関心があって、2001年ぐらいからあるNPOを知人と一緒に始めて運営をしていました。NPOは立ち上げるよりも継続的に運営をしていくことがすごく大変で、いろいろ活動内容を見直していったり、仕組みを整えていったり、活動を他の人たちによく知ってもらうことが必要だったりなど、いろいろな課題がありました。NPOは運営していくのが大変だなということを身をもって感じていたのですね。

その時が2004年で、前の仕事はシンクタンクというところで研究員をやっていたのですが、日本とアメリカのNPOの活動内容を調べるという調査の仕事に取り組みました。その中でアメリカのNPOをいくつか訪問したのですけれども、その時に行った先のNPOでプロボノの人たちが活躍しているということを聞きました。

当時プロボノという言葉自体も知らなかったのですが、それを日本に帰ってきて調べてみたら、(プロボノは)ボランティアの仕組みで、新しいボランティアの取り組みとして、ビジネスパーソンとかクリエイターの人たちがスキルと経験を生かしてNPOの手伝い・ボランティアをしているということを知りました。

当時はボランティアというと、どうしてもお手伝いとか単純作業とかそういったイメージも強かったというところがありました。こんな形のボランティアがあるのだ、ということが当時は目から鱗だったというのがありますね。日本でもそんなことができないかなと思って、いろいろ試行錯誤していく中で、2005年に見よう見まねで立ち上げてみたというのが最初のきっかけだったのです。


【東大卒→日本総研退職→プロボノワーカーをNPOにつなぐNPO 設立。一時は収入がなくなったことも】


山田
サービスグラントの立ち上げ前は何をされていましたか。嵯峨さんは東京大学ご出身ですよね。何か勉強して弁護士になるとか公務員になるとか国家公務員になるとか、そういうルートはなかったのでしょうか。

嵯峨さん
まあ、そうですよね。官僚というのはもちろん選択肢にあったかなと思うのですけれど、当時思っていた限りでは、官僚組織というところに入って偉くなるまでに時間がかかるかな。と感じていました。それでそこまでの間に、いろんな意味で周りに馴染んだ頃には自分自身の活力が失われていて、偉くなった頃にはもう組織人になっているのではないか、というようなこともありました。

それはどうなのかなと思い、あまりそちらは踏ん切りがつかなかったですね。そんな中でシンクタンクというのは、行政とか官公庁と企業の間に立って新しい社会の仕組みを生み出すというプレーヤーとして(存在していて)、特に日本総研のようなところというのはそういうポジションに立っていました。

しかも様々なステークホルダーの皆さんたちに状況を分かりやすく伝えて、ある方向に向かって皆さんが足並みをそろえて前に進めていく、そういう動きというのはコンサルタントの時代に、いろいろと直接間接学んだことというのが、現在のNPO活動に活かされているのかな、というふうに思いますね。

山田
日本総研さんのお給料は知りませんけれど、いいお金をもらえて安定もされていたのではないかと思いますが、サービスグラントはNPOで非営利活動ですよね。思い切りましたね!

嵯峨さん
そうですね。自分が退職をするという話をした時には、確かに周りから心配はされましたね。実際、給料とか自分の収入という観点からいったら大きく下がりました。一時はなくなったという時もありました。

ただ、そういう新しい事業を立ち上げていくという仕事だけではなくて、仕事のベースのところを作っているのは官公庁からの受託研究みたいなものも多かったのですね。そういう官公庁の受託研究みたいなものというのは半年、1年かけて一生懸命報告書を書くのですけれど、ほとんど作られた報告書っていうのは役所の棚に置かれています。本当にこの調査の意味というのはどれくらいあるのかなと思うこともいくつかありました。

もちろんシンクタンクが持っている可能性というのは、まだまだすごく大きなものがあるかなと思いますし、何か日本には、もっとアクティブなシンクタンクというのがあってもいいのではないかというふうに思っています。シンクタンクという存在自体について私は、むしろ今あるシンクタンク以上にすごく大きな可能性があるのではないかなと思っているのですけれども、当時は受託研究がどうしてもそれなりの割合を占めるという状況でした。

そういった状況の中で、自分自身の仕事の意義というのも見出しづらいかなというところがありました。そこで立場を変えて新しいところにチャレンジしてみた方がいいのではないかというのが、自分自身が退職を決意した一つの理由ではありましたね。

いろいろ自分の動機とかにあまり正直ではない感じで仕事をしていたという時期があって、体調を崩したことがあったのですが、これを続けていると体に良くないからというのもありました。割とそういう意味では周りから心配されましたけど、むしろ続ける方が自分にとって心配だったので、それも退職の理由ではありましたね。


【アースデーマネーや渋谷のラジオに参画。互いが連携して相乗効果を生み出す仕組みづくりが得意で好き】


山田
渋谷で「アースデーマネー」という地域通貨を作られたのはいつ頃でしょうか。

嵯峨さん
地域通貨は日本総研をやめる前です。日本総研で仕事をしながら「アースデーマネー」というのを始めたのですね。

山田
それこそプロボノですよね。

嵯峨さん
結果的にはそうなのかもしれませんけど、支援するというよりは自分自身が当事者としてやっているというか、自分自身にとってみれば、それがNPOとか地域活動の原体験ではあったわけですね。原体験の一つではあったわけですね。

ですので、立ち上げて見てわかることや、ボランティアの人の皆さんとのやりとりとかそういったものも、すごく感動するときもあればすごくがっかりすることもあるし、本当にいろいろな刺激をいただいた時期だったな、というふうに思います。

山田
地域通貨は今、日本のいろいろなところで始めていますよね。

嵯峨さん
そうですね。

山田
アースデーマネーの取り組みは日本で初めてぐらいじゃないでしょうか。

嵯峨さん
1990年代後半ぐらいから一時期、地域通貨ブームというのがあったのですよ。当時は当時で。なぜかというと、経済が低迷していてお金の価値が何なのかというような話を、結構みんな問うていました。確かに、という感じで共感が広がったり、坂本龍一さんとかもそういった運動にとても関心を示してメッセージを発信されていたりもしていたので、かなりそういったことに関心を持つ人がいらっしゃったのですよね。ですので、私は2歩目か3歩目ぐらいの感じで、その活動に関心を持った人間ではありましたね。

山田
「渋谷のラジオ」の立ち上げも嵯峨さんですか。

嵯峨さん
渋谷のラジオは表で初代の理事長として立ち上がったのは箭内道彦さんなのです。しかし企画サイドと言いますか、企画書を作ることや、放送局は免許を出さなければいけないので、その免許の申請を専門家にお願いすることなど、そういった実務面全般のコーディネーションをしたりというのは、かなり私の方で運営をやってきていたというのがありますね。

山田
それは地域通貨の流れで相談が来たのでしょうか。

嵯峨さん
流れといえば流れですね。地域通貨でいろいろな人のつながりができたというのがあって、地域通貨やサービスグラントもそうですが、いろんな人たちとネットワークができていったということは大きかったなと思います。

「渋谷のラジオ」の前に渋谷FMというのがありました。それは「渋谷のラジオ」の何年か前に閉局していて、電波の周波数帯というのも返上していました。返上したからそこの周波数帯が空いているのではないか。そこのラジオの周波数帯を使って渋谷でラジオが立ち上げられないだろうかと思い始めた方がいらっしゃって、その人が渋谷地域でNPOとかをやるとしたら、私も含めて何人か声をかけたら立ち上がるのではないだろうかということでお声がけいただいたことで、本当に少人数の立ち上げ検討部隊というのができあがりました。

そこで私もメディアで発信できるというのは面白いなと感じていました。社会課題のようなものも、いろんな人たちに共有していく場としてメディアというのは可能性があるのではないかなということもあり、前向きにプランニングができないだろうかといろいろコミットさせていただきました。

山田
日本総研時代からアースデイに関わられたりして、コミュニティをつくることが面白いなと多分思われていたということですよね。

嵯峨さん
そうですよね。コミュニティや仕組みづくりなど複雑な各主体がどう関係するのかを、なるべくわかりやすくまとめるところが得意といいますか、考えるのが嫌じゃないのですね。どことどこがどういう連携をしたら、お互いが相乗効果を生み出して、なおかつ全体として効果が生み出されるのかを考えることや、そういう仕組みづくりは割と好きなのだと思います。


【会社の外で関わりを持っていきたいと思う社会人が確実に増えている。課題はつなぐ役割】


山田
プロボノワーカーもとてもたくさん手を挙げていただけているというのを聞いているのですが、何かサービスグラントの課題みたいなのもあるのでしょうか。

嵯峨さん
そうですね。日本にはNPO法人だけ見ても5万団体ありますし、一般社団法人とかあるいは法人格を持たない団体というところまで入れると何10万団体あります。そういうNPOとか地域団体というのは共通して担い手が足りないという問題があります。

それから資金的な問題。より活動を多くの人たちに知ってもらいたいという課題や、活動をいかに次の世代に広げていき企業と連携できるかなど、多くの団体さんがそういった課題を持っています。

ですからプロボノの潜在的なニーズというのはものすごく大きいです。一方でここ最近、人生100年時代という言葉なんかも出てきていますし自分が会社だけではなく会社外で活動すると、パラレルキャリアといったことも言葉として出てきています。

会社外で何か関わりを持っていきたいというふうに思う社会人の方たちというのも、確実に増えているのではないかなと思いますね。ですから団体もニーズはある、それから社会と関わってみたいと思っている社会人も増えている。問題はつなぐ役割なのですよね。そのつなぐ役割というところがよりタフになっていかないと、より多くのニーズというところをマッチングできないのではないかというふうに思っていまして、そういったつながりの部分をいかに強くできるかというのは一つ課題だと思っています。


【プロボノで自分がどう社会の役に立っているかがわかる。その接点が次のアクションにつながる】


山田
「副業」が企業でも推奨されている昨今、「プロボノ」の意義はなんでしょうか。

嵯峨さん
おっしゃる通りで今、副業に対して注目が集まっているのですけれども、プロボノに参加する方の動機というのは、副業も含めて会社というものが相対化されている時代ではあると思うのですね。

つまり会社一筋何10年みたいな仕事の仕方というのは、その人の競争力や仕事の質といった観点からいうと(もったいないと思います)、むしろ社外に目を向けて、いろいろな刺激を受けて新しい情報を摂取するということが、その人にとってもいい刺激になって仕事も生き生きとできるということがあります。

その中の一つの選択肢が副業で、お金を得ながら本業をやるというものなのですけれども、プロボノをやるのもある意味では、会社の外に目を向けて社会のいろいろな場面と接点を持ちたいというモチベーションで参加されるということがあります。

副業とか会社の外に出る目的が何かってことなのですよね。”お金を得たい”が第1の目的であれば副業というところに行かれるといいと思うのですけれども、そうじゃなくて社会的な課題に触れるとか、会社の外からの刺激を得るということを目的とすると、別に副業で必ずしもお金を得なくてもいいし、むしろお金とは違う観点で何か新しい接点を持つということの方が学びや気づきが多いというふうに思うのであれば、プロボノという選択肢も十分あるのかなと思います。

プロボノで支援をする側に回るビジネスパーソンの方たちはもちろん、ある仕事だったり、ある業務の専門家だったり、プロフェッショナルだったりするというところがあるのですね。そういった人たちが関わることでもちろん団体側も助かるのですが、団体側も実はある社会課題に関する経験をすごく長い間蓄積しているとか、ノウハウが溜まっているとかいろいろなケースがあります。

実は団体側もその社会課題における専門家でありプロなのですね。ですからプロボノというのは実は一方が支援して一方が支援されるかのように見えながらも、プロボノ支援される側の団体側も、関わる人たちにたくさんのことを教えてあげることができるというところで、実は対等な立場のパートナーシップであり協働であると思っています。

山田
私もそうでしたね。完全にプロボノでNPOのCM制作をやっていたのですけれど、そこからの学びが大きすぎて、そっちが本業(社会の広告社)になっちゃったのですよね。

嵯峨さん
独立される方まではそんなに多くないですけれど決していらっしゃらなくもなくて、いきなり飛び出して社会起業家になるなどは、それもありなのですけれども、かなりジャンプとしては大きいかなと思いますので、まずはプロボノで仕事をやりながらNPOに触れるみたいなことをやりながら、社会課題ってこんな感じとか自分はこの場面でこんなふうに役に立っているのだとか、今までやってきた仕事ってこんなふうにみんなに喜ばれるのだなっていうことを感じていくと、その社会の手触り感というのがだんだんつかめてくるわけですよね。

それも1団体だけだとちょっとわからないので、できれば複数いろいろやってみる中で、大体こんな感じっていうのがつかめてくると、その中でここだったら自分が役に立てるなというのがわかった時に、次のアクションに組み込まれてきます。それが新しい団体を立ち上げるとか起業されるということあるかもしれません。

プロボノ経験者の中には例えば本業は引き続き続けながらもNPOの理事になるとか幹事になる、そういった方法で関わっているという人もいらっしゃるのですね。プロボノというのは、ある程度期間限定のボランティアなのですけども、NPO側との間で継続的にその後も団体さんの一員として関わり続けることもあり得るのですね。いろいろ最初の接点を持つ場面として、プロボノっていうのがその人なりに次のステップを歩むということは大いにあるのではないかなと思います。

山田
「LIFE SHIFT」という本がありましたよね。100年人生を考えると言う考え方。ポートフォリオワークっていう概念があって、自分の本業とまた別の自分を生きてみるとそこからまたヒントを得られるという。まさにプロボノはそういったことができるっていう感じですよね。

嵯峨さん
おっしゃる通りですね。「LIFE SHIFT」の具体策の一つだと思います。マルチステージ型というか、一つの仕事が終わってから次へというような形ではなくて、ポートフォリオワークですね。そういう形で本当にいい意味での「ながら」ですよね。

そういうことが、今、しやすい時代環境になってきているかなというふうに思いますし、自分の引き出しというか、いろんな社会との接点を増やしておくということが長い人生を豊かにしていくという意味ではとても大事なことなんじゃないかなというふうに思いますね。


【NPO 活動にも“クリエイティブジャンプ”が必要。パワポやサイトのテキストだけでは突破できない】


山田
今後チャレンジしたいことはありますか?

嵯峨さん
自分の性格にも由来していますが、NPOの方たちに対してきちんとした成果物を届けたいという思いがあります。どちらかというと私も「アースデーマネー」を運営していた当時に、ぽっと来たボランティアさんや視察、見学に来られた一般の方とかに、もっとこうやったらいいですよねと、いろいろアイデア的なものやアドバイス的なものをパッともらったりするのですよ。

ですが、そういったアドバイスとかアイデアのうちの9割ぐらいはほとんど使えないのですね。おっしゃることはわかりますけれども、それぐらいのことはこっちもやってますみたいな感じです。そんなことが結構多くて、単なるぽっと出のアイデアっていうのをもらってもなぁみたいなところが正直ありました。

どうせ支援をするのであれば、ちゃんとその団体にとって役に立つものをつくってほしい。そういうこともあってホームページを作るとかパンフレットを作るとか事業計画を考えるとか、具体的な成果物を団体に提供するということで、これまでずっとやってきました。

それはそれで引き続きこれからも価値があるのではないかなと思うのですが、しかしプロボノも「きっちり成果を出します」みたいなことだけでやっていくと、凝り固まってくるのかなというところもあって「サービスグラント」のスタッフからも「クリエイティブジャンプ」という言葉を聞いてなるほどなと思いました。

やっぱりNPOって発信するときのツールがかなり限られているのですね。もちろん最近、動画とかを使っている団体もありますけれど、よくて動画ですね。あとはパワーポイントやテキスト、写真の資料が多いですよね。

NPO活動をやっていて思うのが、音楽やスポーツってすごいなと思っています。桁が2つか3つ上の人数を集めたり、その人たちに共感みたいなものを起こしたりとか。次の行動のようなものを呼び覚ましたりする力というのがあります。NPOがやっている活動ってとてもいい活動なのだけれども、そういう飛び方はしないなというふうに思うのですね。

ですからクリエイティブジャンプというところが、時には必要なモーメントというのがNPO側にもあるのではないかと考えています。そんな時に表現手段がパワーポイントの資料や、WEBサイトのテキストとかだとなかなか突破できない部分もあるのかなというふうに思っています。

ですからNPOの活動も、NPO法というのができて25年ちょっと経ったのですね。四半世紀が経って、だいぶNPOセクターも成熟して、いろんなものを蓄積してきています。そういう意味では本当に信頼できるセクターになりつつあると思うのですけれども、ただまだまだ世の中からNPOが本当に信頼されているのかとか、どこまで調べるのかというと力が及んでいない部分というのはたくさんあるのかなというふうに思っていました。

サービスグラントも団体のお困りごとに対してきちんとした成果物を提供することはできるようになりました。これはもっと続けていきたいと思うのですけれども、もっと見えない壁を突き破るじゃないのですけれど、今までにない広がり方やソーシャルなどに関心がさほどない人に対しても情報を届けられるとか、ある意味で自分にはできないことをもっとできるようになりたいという感じがありますね。

山田
仕組みづくりとかファンドレイジングを含めて、それがものすごく大事だと思います。しかしより多く広げていくためには、面白いとか感動するとか嬉しいとか、そういう部分にはクリエイティブが欲しいということがクリエイティブジャンプですよね。

嵯峨さん
そうですね。

山田
だからミュージシャンプロボノとか、いそうですよね。僕は周りにミュージシャンがいるのですけれど、みんなすごく手伝ってくれますね。すぐ曲も作れちゃいますし。

嵯峨さん
すぐ曲が作れる音楽ってやっぱりいいのです。音で楽しむとか、音で楽しませるということができるというのはすごいですよ。


―クリエイティブを掛け算して、
   プロボノによるNPO支援を盛り上げていきたいー
 認定NPO法人サービスグラント代表理事 嵯峨生馬


◆嵯峨さんが代表理事を務めるサービスグラント公式ページ
自分の仕事のスキルを社会問題の解決に活かしたいビジネスマンと、人的リソースに困っている非営利団体とを繋ぐ https://www.servicegrant.or.jp/

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