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【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた

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どこか近未来。 テーマは「孤独」です。
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【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた3-2

【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた3-2

前回のお話はhttps://note.com/sev0504t/n/n601a36b3f86d

 真理の家は住宅街の中にあって路地から奥まった旗竿地に建っていた。暗闇の中で外灯の小さな薄紫色が親和的な光にぼくは見えた。

「お母さんいつも遅いの?」
 自転車の鍵をかける真理の背中に語りかけた。

「うん、最近はね、ずっと。新しい彼氏でもできたのかな」
 力弱く真理は笑った。冗談を言ったつもりなの

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【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた 3-1

【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた 3-1

前回のお話はhttps://note.com/sev0504t/n/nbc6af8f3ae11

「おーい。大地クーン?」
 学校のチャイムの音と高い声とがかぶさるように、木元真理がぼくのタブレットPC越しに顔を覗き込んだ。

「なんだ、木元か」

「何だじゃないでしょ。進路予定表、先週までだよ。だしたの?」
「ん、ああ」

 そう答えながら机の中のしわくちゃになったプリント類を特に探すでもなくま

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【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた2-2

【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた2-2

前回のお話はhttps://note.com/sev0504t/n/nc6c45f59ca13

「お久しぶりです。マスター」

「大地くん久しぶりだ。元気にやってたかい?」

「まあ、ぼちぼちです、かね」

「身体の調子はどうだい?」

 モニターに鮮明に映るマスターは、出会った頃と同じ黒淵メガネに短髪で、今日もにこやかに笑っている。背後にヨーロッパの古城のような絵画と、白衣のようなものが見えた

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【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた2-1

【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた2-1

前回のお話https://note.com/sev0504t/n/nfdbd7fe00dd4

 地下鉄のなかで、僕とゆいさんは並んで座る。ロングスカートが地下鉄の振動でわずかに揺れた。
 車両に備え付けられたモニターから天気予報やニュースが聞こえた。

 いつの時代も河津桜のニュースで春を知る。テクノロジーの飛躍的な進化のなかで、逆に自然や季節感、リアリティーが大切にされる風潮に、なんて人間は傲

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【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた1-4

【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた1-4

前回のお話https://note.com/sev0504t/n/n498c72ad0ebc

 新聞の折り込みチラシには「新生活」の文字。朝の日差しは眩しすぎて、サングラスをしようかと本気で思った。

「春はもうすぐだね」

「大地さん、春は好きですか?」
 珈琲をいれながらゆいさんは視線を僕に向けた。

「春は変化の季節だからね。僕は正直悲しい思い出も多いよ」

「嫌いですか?」

「好きでも

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【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた1-3

【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた1-3

前回のお話https://note.com/sev0504t/n/neca11d54ac1c

最初からhttps://note.com/sev0504t/n/n9623b38aee95?magazine_key=m3a4f64710c18

「こんにちは、河野さん。どうですか?調子は」

 クリニックの坂下先生はあごひげを触りながら下から覗き込みように僕を見た。

「あ、あの、まぁ変わりはない感

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【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた1-2

【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた1-2

前回のお話https://note.com/sev0504t/n/n9623b38aee95
 
 ひどい胸焼けで僕は目が覚めてしまった。
 まだ時計の針は5時近くを指し、秒針が動く音がはっきりと聞こえる。偶奇のわずかな音の差を感じるほど、何か僕の感覚は鋭敏になった。
 
 ゆいさんはとなりで眠っていた。寝息もたてず、こんな形容の仕方はよくないが、死んだように佇んでいる。

 普段は後ろで結んでい

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【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた 1-1

【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた 1-1

 春一番の風を本当に一番に感じたくて、僕は家のウッドデッキで両手を広げた。雲ひとつない抜けるような青色。遠く微かに鉄道の重たいリズムが身体に響く。

 ゆいさんが、最新式の掃除機をかけている。腕には包帯が巻かれている。

 できるだけ、いつもの日常に似せたかったのかもしれない。だって僕は昨日、仕事を辞めたから。

「うつ病だそうです」

 昨日、ゆいさんにそう伝えると、「ホント、そんな気がしてまし

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