【連載小説】なんの変哲もない短編小説を書いてみた1-3
前回のお話https://note.com/sev0504t/n/neca11d54ac1c
最初からhttps://note.com/sev0504t/n/n9623b38aee95?magazine_key=m3a4f64710c18
「こんにちは、河野さん。どうですか?調子は」
クリニックの坂下先生はあごひげを触りながら下から覗き込みように僕を見た。
「あ、あの、まぁ変わりはない感じですが」
「だいぶ顔色がよいですね、その他の数値も良好だ」
「それはそれは」
「浮かない感じですね」
「いや、やっぱり慣れなくて、この診療スタイル」
モニター越しに坂下先生は笑っている。
「これなら自宅でよくないですか?」
「いやいや、こうやって河野さんが自分の足でここまでこれた。それが大事なんですよ。わたしは心療内科ですから、。内科医なら分かりませんが、自宅からクリニックまで来て、診察を受け、またご自宅に戻られる。いろいろな感覚知覚の刺激を感じる。これも治療のうちなんですよ」
「ヒューミニックも心療内科にかかることはあるんですか?」
「いや、なんとも申し上げにくいが、第七世代以降のヒューミニックは感情を確かにもちます。経験したことを創造的に捉えて、あたかも人間のような心理状態を造り出す」
「感情をもつ、か」
「でも、人間とは確実に異なっているのは、私たちの感情や心情は経験ばかりでなく、理屈にならない本能的なもの。例えば、喜び、哀しみ、怒り、怯え。そんなものを、私たちは『心の手前の感情』と言っていますが、それはどんなにAIが進化的に発展しても、おそらく宿すことはないと考えられています」
「その一線を越えれば、もうヒトとヒューミニックの境はなくなりますね」
「もちろん生殖に関すること、子孫を残したりすることはできません。でも、それ以外はヒトとほぼ同じ。神の造りし人間が創造主になるのですから、ローマ教皇しかり、日本の伝統的な寺社仏閣までもが懸念を表されてきた歴史も頷けますね」
「古くて新しい問題ですね」
「お薬、続きで出しときますね。そういえば、ゆいさんでしたっけ?どうですか?」
「先生、僕はまた彼女に手をあげてしまいました」
僕はモニターの端をぼんやり眺めながら言った。
待合室のカラフルなソファーは、感覚知覚を刺激するためなのかと、半信半疑で見つめた。
頭がなぜか痛かった。
家に帰ればまた、ゆいさんがおかえりなさいと迎えてくれた。
「ちょっと疲れてしまったよ」
「また、お薬飲み忘れないようにしてくださいね。ある程度飲み続けないと効果が薄くなるみたいですよ」
「ああ、ありがとう。ゆいさん。頭が痛かったけど、またお話を考えたんだ。聞いてくれるかい?」
「もちろんですよ。大地さんのお話を聞きたいです」
「こんな話はどうかな。うつ病になった主人公が旅に出るんだ。でもすぐに疲れて、どこかで倒れ込んだり、塞ぎ込んだりしてしまう。その瞬間、時間が戻って家にいる。そして、また出掛けるが同じように身体がダメそうになったら時間が戻る。そのうち身体の疲れや辛さの法則めいたものが分かりだして、そのパラレルを脱出し、新たな生き方を歩んでいく」
「ファンタジーの要素があって面白そうですね」
「でも、やっぱり終盤に何か読者を驚かせるような展開がほしいな」
「驚かせるような?」
「夢オチや、主体と客体を入れ換えるメタいのはなんだか安っぽくなるなぁ。パラレルと思っていたのは実は現実世界だったとか、どう?」
「どれも刺激的ですね。大地さんが、元気そうで私は嬉しいですよ」
夕食を二人分盛り付けたゆいさんは、今日も変わりなく優しかった。
「いただきます」
いつもは別々に寝ているが、今日は珍しくゆいさんをベッドに誘って、抱きしめて寝た。涙が止まらなくなったので、ゆいさんに頭を撫でてくれと懇願した。ゆいさんは叱られた子供を慰めるようにずっと優しく撫でてくれた。
三ヶ月前、性交渉を試みたときに、僕はゆいさんの首を両手で絞めながら、行為に及んでいた。それ以来の二人の夜。ヒトの、ヒト同士の愛しかたを僕は知らなすぎた。
こんなに優しいゆいさんがいるのに、どうしてこんなに悲しいんだろう。仮に家庭があって、子供がいて、何も問題がないように見える生活があっても、僕は孤独だったろうと漠然と思う。孤独とは無縁そうに見える環境のなかであればあるほど余計に孤独感は際立つ。
ある人は言うだろう「温かい家庭と、温かいベッド、温かいスープに愛する人、なぜあなたは孤独を感じるの?」
孤独は孤独らしくあれ、という不可思議な前提を勝手に物語仕立てにしてきたこの世を恨めしく思う。ゆいさんの作ったスープは、温かくて美味しいよ。ゆいさんの温もりや拍動は心地よいよ。でも孤独は押し寄せた。考えてみたら物心つく頃から、ずっとそうだった気がする。
夜中に目が覚めてしまった。ゆいさんはまだ僕の頭に手をおき、優しく小さく撫でていた。
「ゆいさんありがとう。もう大丈夫だよ。いつもいっしょに居てくれてありがとう」
「どういたしま‥‥」
ゆいさんの口を塞ぐようにキスをした。秒針の音が揺れるように響いていた。
つづく
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