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天使との再会、そしてある決意(フランス恋物語㉕)

パリには海がない

私はジャンヌ・ダルクが大好きなので、フランスに住んだらジャンヌ・ダルクゆかりの地巡りをするのが夢だった。

でも、今のところ行ったことがあるのは、2月にジュンイチくんと行ったシノンだけ。

パリを拠点にした今、これからもっと本格的にこの活動を始めようと思っていて、まずは5月上旬にオルレアンで行われるジャンヌダルク祭りに絶対行こうと決めていた。


4月中頃のある夜。

遠距離恋愛中のトゥール在住・ラファエルとの電話で、私はこの計画を話してみた。

「5月7日と8日、オルレアンのジャンヌダルク祭りに行こうと思ってて、そのついでにトゥールにも寄るつもりなんだけど会えるかな?」

「その時期はバカンスで友達の別荘に行くから、僕はトゥールにいないよ。もっと早くおいでよ。」

「バカンスなら、あなたがパリに来たらいいじゃない? なんでパリに来ないの?」

「友達のところはタダだし、毎年恒例だから。そこには海があるけど、パリには海がない。」

「・・・・・・・・・・。」

・・・”パリには海がない”って、なんだそれ!?

私はフランス内陸部に住む人々の、海に対する異常な憧れが全く理解できなかった。

事実、夏のパリにはセーヌ川沿いに人口の砂やビーチパラソル、デッキチェアをセットした”Paris-Plages"(私は”皮肉を込めてなんちゃって簡易ビーチ”と命名した)が設けられ、バカンスに海に行けない可哀想なパリジジャンに盛況だと聞いた。

海の近くで生まれ育ち、海のありがたみをそこまで感じない”島国・JAPON”出身の私にとって、彼らの海への強烈なこだわりには到底共感できるはずもなかった

ストレス

そんな議論をラファエルに吹っ掛けても仕方がないし、そもそも語れるだけのフランス語力もないので、私はイラッする気持ちを抑えて口をつぐんだ。

いずれにせよ、まだパリの仕事は決まりそうにないし暇なので、「じゃあトゥールに行ってもいいかな」という気持ちになり、その電話で週末のトゥール行きを決めてしまった。

きっとラファエルはこちらの不満に1mmも気付くことなく、私を「大変理解のある大和撫子なお姉さん」と思い込んでいるのだろう。

私は元々気が強く弁の立つ方なので、相手が先生だろうと上司だろうと彼氏だろうと、日本では自分の意見をはっきり主張してきた。

議論の相手が日本語を解する人間なら、きっと自分の不満や相手にしてほしいことを率直に話し、なるべくこちら側の意向に添わせるよう駆け引きをしただろう。

でも、今の私は著しいフランス語力不足と面倒臭さに負けて、それを放棄してしまっている。

いつの間にか、ラファエルとの遠距離恋愛にストレスを溜め込んでいる自分に気付いた。

この時、私は悟った。

「国際恋愛カップルの場合、外国語を話す側が圧倒的に不利な立場に置かれる」ということを・・・。

次、付き合うなら日本語ペラペラのフランス人がいいな。

まだラファエルと別れてもいないのに、次のことを考えている自分がいて、「もう私たちの関係はそんなに長くなさそうだ」とその時感じた。

予想外の帰省

そんな訳で、ドラマチックな駅での見送りから1ケ月も経たないうちに、私とラファエルはあっけなく再会したのである。

私に微笑みかける天使の笑顔は、相変わらず眩しい・・・。

駅前でラファエルの車に乗りこむと、彼は運転しながら言った。

「ロンドン留学している姉が今帰省してて、今夜実家でパーティーを開くんだ。君も来てくれるよね?」

ラファエルの両親に会ったことは何度もあるが、お姉さんに会うのはこれが初めてだ。

私がトゥールに住んでいる間、彼のご両親には実の娘同様に可愛がられ良好な関係を築いていたが、そのお姉さん(とは言っても私より年下だが)は、どんな人なんだろう。

あの穏やかな家庭で育った人だから、きっと素敵な女性に違いない。

私は、「Oui. Bien sûr !」(えぇ、もちろん!)と快諾した。

理想の家族

久しぶりのラファエルの実家は、相変わらず私を歓待してくれた。

初めて会うお姉さんは明るく気さくな感じで、すぐに打ち解けることができた。

ラファエルの家族は、「信じられないくらい人柄が良いだけでなく、語学や音楽の才能にも長けたすごすぎるメンバーの集まり」であるということを、この日の私は実感した。

お父さんがスペイン語、お母さんが英語とイタリア語、お姉さんが英語、ラファエルは英語とイタリア語が堪能だと言う。

みんな日本語にも興味を示し、私が話しやすいように日本語のことを色々聞いてくれて、その心遣いには毎度のことながら感激した。

ディナーが終わると、一家による即興演奏会が始まった。

ラファエルとお母さんがピアノの連弾、お父さんがヴァイオリン、お姉さんが歌という構成で、その演奏はとても素晴らしった。

果たして、こんな絵に描いたような理想の家族があるだろうか!?

「あぁ、もし将来ラファエルと結婚したら、彼の家族とも仲良くお付き合いができて、穏やかな家庭が築けそうだな」と思った反面、「それは私の望む未来ではないな」と思う自分がいた。


トゥールには3泊4日滞在し、「僕のアパルトマンには食糧がない」というラファエルの口実により、結果的に彼の実家に半分以上滞在させてもらうことになった。

私が「ヴァランドリー城に行きたい」と言うと、ラファエルと彼のお母さんと友人のユーゴと4人で行き、美しい庭園の風景をみんなで楽しんだ。

トゥールで彼らと過ごした時間は牧歌的で癒されるものだったが、パリで暮らし始めた私にとって「ずっとここにいてはいけない」と思わせるものでもあった。

決意

実はこの滞在期間中に、履歴書を送った日本語語学学校から面接を打診された日があった。

でも、先に帰省が決まっていたので、「面接日を変更してもらえないか」と私は返事をしてしまった。

数日間先方から返事が来なかった時は気が気ではなく、面接よりトゥールの帰省を優先した自分の選択を深く後悔した。

その時に思った。

「完全にパリに軸足を移さないと。やっぱりラファエルとは別れよう。」


トゥール滞在の最終日、私は楽しんでいるふりをしながら、心の中ではラファエルへの別れを決めていた。

でも、今ここでうまく自分の気持ちを伝えられないだろうし、本人を目の前にしたらその決心も揺らいでしまう。

彼と一緒の時は楽しい思い出のまま、笑顔で終わりたかった。

「パリに帰ったら、ラファエルに別れの手紙を書こう。」

そんな私の決意など全く知らないラファエルは、トゥール駅を発とうとする私に未練たっぷりのキスをし、手を振って天使の笑顔で見送ってくれた。

電車の中の私は、やっと決意を固められた安堵感と、「今度こそ、もうあの笑顔を見ることはないんだな」という寂しさが共存して、何ともいえない気持ちになった。


・・・この天使との別れが新たな出会いを招くことになるのだが、その時の私はもちろん知る由もなかったのである。


ーフランス恋物語㉖に続く-

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