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天使との幸福な日々(フランス恋物語⑰)

至上の幸せ

3月10日。

トゥールの寒さもだいぶ緩み始めた頃。

ついに私はラファエルと結ばれた。

それは、天使のイメージそのものの気高く美しいもので、新しい感動を私に与えた。

その日以降、私たちは最高のカップルとなった・・・。


ラファエルと知り合って「もしかしたら付き合えるかも?」と思った時、一番心配したことは「体を許した後に捨てられるのではないか?」ということだった。

私はそれまで外国人と付き合ったことがなかったので、国際恋愛にあまり自信がなかったから。

でもその心配は杞憂で、ラファエルは私のことを恋人として大事に扱ってくれた

フランス人の初めての恋人は、美しいだけでなく心も清らかな、まさに天使のような人だった。

この奇跡的な巡り合わせに、感謝せずにはいられなかった。

ホームパーティー

私たちが付き合って数日後、ラファエルは私にこんな提案をしてきた。

「明日、友達のホームパーティーに行くんだけど、レイコも一緒に行かない?」

私を彼女として紹介してくれるんだ!!

嬉しくて、「Bien sûr」(もちろん)と返事した。

その友人宅に行ってみると、驚きの光景が広がっていた。

なんと、そこには懐かしいプレステがあり、ラファエルの友人数人がドラゴンゴールの天下一武闘会のゲームで遊んでいたのだ。

「何これ・・・。子どもの頃の友達の家みたい。」

その懐かしさと言ったら半端ない。

本当にここはフランスなのだろうか!?

どうやらその友人グループも日本のサブカルが好きなようで、日本人の私は熱烈に歓迎された。

別にラファエルは私のことを”Petite-amie”(恋人)とは言わなかったが、私たちの様子を見て、みんなすぐにその関係を理解したようだった。(もしかしたら事前に言っていたかもしれないが)

それぞれ自分の名前を名乗った後、「レイコも一緒にゲームやろうよ。」と昔からの友人のように誘ってくれた。

私はストリートファイター2で、ラファエルの友人たちと対戦してみた。

元々ゲームは上手い方ではなかったので、惨敗してしまったが・・・。


そして、ラファエルの友人が親切な人ばかりで感動した。

私はデジカメを持ってきてホームパーティーの様子を撮っていたのだが、女性の友人が、「あなたたちも撮ってあげるわね。」と私のラファエルの2ショットを撮ってくれた。

しかも、気が付けば私たちがゲームで対戦しているところや、仲良く談笑している写真まで撮っていてくれていた。

彼女のおかげで思い出となる写真がたくさんできた。


ホームパーティーもそろそろお開きの雰囲気となり、最後に彼らは嬉しそうに、「聖闘士星矢」の主題歌を大合唱していた。

その光景を見て、「私はそんなにサブカルに詳しくないけど、それでフランス人が日本に興味を持ってくれるなら、こんなにありがたいことはない」と思った。

天使の家族

フランス人の生活について書かれた本で、こんな記述を見たことがある。

両親がパリ市内や通学可能な郊外に住んでいたとしても、大学生のほとんどが自宅を出て一人暮らしをしている。成人に達したら家を出る。これが今でもフランスの常識だ。

ラファエルも同様で、両親の家から車で10分ぐらいしか離れていない所で、一人暮らしをしていた。

彼は両親ととても仲が良いらしく、毎週週末は実家に帰っていた。

そして、お付き合いを始めてすぐの週末、「レイコも一緒に実家に泊まりに来ないか?」と誘ってきた。

フランス人が結婚前提でなくても、恋人を家族に紹介するという話は知っていたが、まさか付き合って数日後に呼ばれるとは思ってなかったので、さすがに驚いた。

「実家に泊まるのは気を遣うから、泊まるのはあなたのアパルトマンがいい。でも、あなたの家族には会ってみたい。」

と言って、週末連れて行ってもらうことになった。


約束の日、ラファエルの実家に行ってみると、彼の両親は私を温かく歓迎してくれた。

初めての挨拶をする時、私は少し緊張していた。

すると、ラファエルのお母さんはテーブルの上の調味料を指して

「これは日本語で何て言うの?」

と、日本人の私が話しやすいように話題を振ってくれて、それはもう涙が出るくらい嬉しかった。


自分の息子より10歳も年上の外国人の彼女を、何の偏見もなく受け入れてくれたのである。

天使のお母様は、聖母マリア様みたいだ。

こんな素敵な愛のあるご両親の元で育ったから、ラファエルも天使のような清らかな青年に成長したのだろう。

ラファエルの家族は、まさに絵に描いたような理想の家族だった。

日本人女性の受難

ラファエルやその家族が私を大事にしてくれたのは、とても嬉しかったが・・・。

彼やその家族と付き合っていくうちに、「男性中心の日本人社会で、今まで女の自分がいかに引け目を感じながら生きてきたのか」ということについて、だんだん気付くようになってきた。

「女は若い方がいい」という価値観。

男性より女性の方がはるかに年上のカップルだと、奇異な目で見られること。

離婚歴はみっともないと見られること。

たとえば、日本にいた時の大学生の元カレは、あんなに仲が良かったのに私がバツイチという理由だけで、「レイコのことは好きだけど、将来結婚はできない。いつかは別れるつもり。」と言ってきた。(渡仏時に別れてくれたのは、私にとっても好都合ではあったけど)

ジュンイチくんは、「レイコさんは俺より年上でもうすぐ30歳だけど、そんな年に見えないからいいね。」と言っていた。(本人は褒めているつもりかもしれないが、よく考えればすごく失礼な言葉だと思う)

彼らに愛されるということで気にしないようにしていたが、日本人女性は無意識のうちに色んな偏見でがんじがらめにされている。

20代の男の子でも知らず知らずのうちにそんな価値観に染まっていることに気付いて、私は恐ろしささえ感じた。

「言語や習慣の壁があったとしても、自分はフランス人男性の方が、根っこの部分では合うのではないか?」

次第にそう考えるようになっていた。

順調な交際

私たちは、初めての外国人カップルにしては、うまくいっていた方だと思う

私のフランス語は覚束なかったけど、ラファエルは日本語も勉強しているので、その知識は会話をだいぶ楽にしてくれた。

また、彼は英語が堪能だったから、「フランス語で何て言うのかわからないけど、英語で言うとこの単語」と言うと、すぐに理解して通じることも多かった。

二人の意志疎通についてたとえて言うならば、「言語を話せない赤ちゃんと、わずかな情報からその感情を汲み取ってくれるお母さん」みたいな関係だったように思う。

だから、思ったほどストレスなく付き合えたし、いい理解者であるラファエルはとても相性がいいと思えた。


私たちの関係は、お世話になっているホストファミリーにも歓迎された。

私はラファエルと付き合いだすと、1日おきに彼のアパルトマンに泊まりに行くようになった。

マダムに怪しまれる前に先に言っておこうと、思い切って打ち明けた。

「ラファエルと付き合うことになったから外泊が増えます。明日は彼のうちに泊まりに行きます。」

「あら、良かったじゃない。好きな人と一緒にいたいと思うのは自然なことよ。彼と仲良くね。」

・・・状況はまったく違うけれど、自分が実家にいた独身時代、親に嘘をついて彼氏の家に泊まりに行っていたことを思い出して、「愛の国・フランスはいいなぁ」とその違いを実感した。

バースデーディナーの一件でラファエルと話したことがあったマダムは、彼がお気に入りだったので、私たちの関係をことのほか喜んでくれた。

「そういえばレイコ、最近フランス語上手くなったんじゃない?彼のおかげね。だから『フランス人の彼氏を作りなさい』って言ったでしょ?」

マダムは得意そうに言った。

カウントダウン

トゥールに来て3ケ月あまり・・・。

つい最近まで、私はクラスメイトのジュンイチくんとの腐れ縁に悩んでいたが、天使との出会いで断ち切ることができた。

そして、自分にはもったいないくらいの素敵な恋人ができ、周りにも温かく祝福され、私はまさに幸福の絶頂にいた。

しかし、そんな幸せな時間は長くは続かない。

なぜなら、別れのカウントダウンはすでに始まっていたからである・・・。


ーフランス恋物語⑱に続くー

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