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天使との夜(フランス恋物語⑯)

Déjà-vu

すっかり体が回復したので、1週間ぶりに学校へと向かった。

「Ça va,Reiko?」

クラスメイトたちが心配してくれたので、「大丈夫、ありがとう。」と笑顔で返した。


今日はジュンイチくんとタクミくんが学校を休んでいたので、私とユイちゃんの女子会ランチとなった。

私が休んでいた1週間の間に、ユイちゃんは日本人男子二人と親交を深めたようだ。

食後のcafé au laitを飲んでいると、ユイちゃんが私に顔を近づけてこう言った。

「あの・・・レイコさん。ジュンイチさんに彼女がいるかどうかって知ってます?」

私は噴きそうになった。

「さぁ・・・多分いないと思うよ。」

「私、トゥールに来て1週間なんですけど、ジュンイチさんのこと『ちょっといいな』と思うようになってて・・・

わからないこと何でも教えてくれるし、優しいし、色々お世話になったから。レイコさん、どう思います?」

私は絶句した。

まるで、2ケ月前の自分を見ているようだ。

「やめておいた方がいいんじゃない?

ユイちゃんあと2週間で帰国しちゃうんだし。」

そう言うのがやっとだった。


他の女の子がジュンイチくんに好意があるという話を聞いて、私は彼の魅力を思い出していた。

すごいイケメンというわけではないけれど、星野源を幼くした顔はなんともいえない安心感がある。

困った時はいつでも受け入れてくれる包容力があり、なんといっても優しい。

それに普段の姿からは想像できないあの時のジュンイチくん・・・そこまで想像して、私は自分を戒めた。

いかんいかん、今日はラファエルと会うのに、なんで前の男のことを思い出してるんだ。

「もしうまくいったとしても、遠距離恋愛は辛いから・・・。ユイちゃん、やめといた方がいいと思うよ。」

「やっぱり、そうですよね・・・。」

そう結論を出すと、私たちはカフェを出た。

Mon ange

放課後、あのバースディディナーから1週間ぶりに、私はラファエルと再会した。

場所は、私たちが初めて2人で会って個人レッスンしたカフェだ。

会った瞬間ラファエルは強く私を抱きしめ、今までにない長いキスをして、私を驚かせた。

会えない1週間が、彼の情熱を盛り立てたのだろうか。

ラファエルから、なんとも言えない、いい香水の香りがする・・・。

そのキスは濃厚ながらいやらしさはまったくなく、不思議な心地がした。

やっぱり天使のキスは何か違うのかしら!?


カフェで私たちは、前回の日本語レッスンの続きをした。

ラファエルは言語を覚えるセンスがあって、飲み込みが早い。

自分の恋人となるフランス人が、日本語をどんどん覚えてくれるのは心強く感じた。

ある程度教えると、今度はラファエルが私にフランス語を教える番になった。

私は10歳上という年の差をすっかり忘れ、子どものように熱心に彼の教えに耳を傾けた。

美しい顔の彼の唇から紡ぎ出されるフランス語は、特別な響きを持って私の脳に刻まれてゆく。

「ずっと間近で彼を見つめていたい。」

それぐらい好きな人が、私のことも好きでいてくれる、こんな幸せなことがあるのだろうか・・・。


レッスンが終わると、私たちは日本語混じりのフランス語で色んなことを話した。

ラファエルはトゥール大学で法律を学んでいて、ピアノが一番の趣味だと言っていた。

その経歴だけで知的な雰囲気を感じてしまい、単純な私は感激してしまった。

この1週間南仏に滞在してたのも、ピアノの特訓のためって言ってたもんな・・・。

私は、天使が奏でるピアノを聴いてみたいと思った。


私が「どうして日本に興味を持ったか?」と聞くと、「日本の漫画やアニメ、ゲームが好きだから。」という返事が返ってきた。

やはり、フランス人の日本文化への興味の入口はサブカルというパターンが多い。

私は、ル・マンで一緒に寝た、初対面の女の子のことを思い出した。

「一番好きなアニメは?」と聞いたら、彼は目を輝かせて「聖闘士星矢!!」と答えた。

そのギャップに、私は笑いそうになった。


ひとしきり話し終わったら、「そろそろ出ようか。」と彼は言った。

窓の外を見ると、もう辺りは暗くなっていた。

「うちに来る? 良かったら君のためにご飯を作るよ。」

その言葉に、私は迷うことなく「Bien sûr.」(もちろん)と答えた。


私たちは手を繋いで、彼の家の方向に向かって歩いた。

前回のバースディディナーは車だったし、私たちが手を繋いで歩くのはこれが初めてだ。

フランス人男性20歳と日本人女性30歳という、10歳差の日仏カップル。

私たちは周りから、ちゃんと恋人に見えているだろうか・・・。


しばらく歩いていると、ラファエルが友達の男の子とバッタリ会い、親し気に何か話し始めた。

彼らの会話の内容はわからなかったが、その態度からは、私をちゃんと彼女扱いしてくれているのを感じることができた。

ラファエルは、私を彼に紹介し、彼は「ユーゴ」と名乗った。

別れ際、ユーゴは紳士的に私の頬にビズをした。

これから私は、ラファエルの彼女として、ユーゴとも交流することがあるのかな?なんて考えた。

天使の部屋

遂に、ラファエルの住むアパルトマンに着いた。

私は期待と緊張の入り混じった気持ちで、ゆっくりその聖域に足を踏み入れる。

ラファエルの部屋は、インテリア雑誌から抜け出たようなオシャレなものだった。

広めの1Kの部屋は、男の子の一人暮らしとは思われないくらい綺麗に整頓されていて、彼の几帳面さを表している。

部屋中を眺めていると、壁に聖闘士星矢の城戸沙織の絵が貼られていることに気が付く。

ラファエルは沙織さんが好きなのか・・・。

私は沙織とは似ても似つかないけれど、彼が私を好きになったのも、こういう日本人女性へのオリエンタリズムがあるんだろうなと納得した。


ラファエルの部屋が快適だったので、次第に緊張が解けていくのを感じた。

彼の部屋で過ごす二人の時間はとても楽しかった。

ラファエルが作ってくれたスパゲティ・ミートソースはとても美味しい。

皿洗いをしようとする私を「いいよ。」と言って、自分で洗ってくれたことにも感激した。

部屋に電子ピアノがあるのを見つけて、私はラファエルにピアノを弾いてほしいとせがんだ。

フランス語の曲のタイトルはわからないけど、リスト、ショパン、ドビュッシーなどと言ったら通じて、私がメロディを口ずさむと彼はどの曲か理解して弾いてくれた。

私はドビュッシーの「月の光」が大好きだ。

ピアノを習っていた私が途中で挫折した曲で、その憧れの曲を繊細に美しく弾くラファエルの姿に、私は感銘を受けた。

こんなに素敵な人に愛されてる私は、なんて幸せ者なんだろう。


リクエストのピアノ曲をひと通り弾き終えたラファエルは、クラシックのCDをかけた。

「誰の何ていう曲?」と聞くと、「ベートーヴェンのエロイカだよ。」と教えてくれた。

「英雄(エロイカ)」・・・ベートーヴェンがナポレオンを讃えて作ったという知識はあったが、それがこんなに優雅な曲だということは知らなかった。

私はクラシックを聴く男性と付き合ったことがなかったので、ラファエルの高尚な趣味に「どこまでも天使な人だなぁ。」と感心してしまった。

私が「英雄」に聴き惚れていると、先にベッドに入ったラファエルが「おいで。」と手招きする。

私は吸い寄せられるように、ベッドに上がった。

ラファエルは私の顔を引き寄せると、情熱的なキスをした。

Faire l’amour

「あぁ、ついに私はフランス人の彼氏に抱かれるんだな。」

今まで日本人の男の子との経験はそれなりにあったけれど、相手の人種が変わっただけで、私はまるで処女のような気持ちに戻っていた。

初々しい気持ちで彼の導きに従い、天使がどのように女性を愛するのか、その手順をじっくりと観察してみる。

ラファエルは愛の行為を行っている時でも、どこまでも美しく気高くて、そこにいやらしさというものは全くなかった。

今夜の私は、快楽が押し寄せた時も「決してはしたない声を出してはいけない」と厳しく自分に言い聞かせる。

天使に愛される権利を持つ者として、それにふさわしい女になりたかったのだ。

それにしても、ラファエルの”faire l’amour”は驚きの連続だった。

果てる瞬間の声でさえ、とても品格のあるもので、どこまでも天使のイメージを裏切らないラファエルの愛の交歓は、私に新たな感動を与えた。

初めてのフランス人の彼氏との夜は、ベートーヴェンの「英雄」をBGMに一生の忘れられない思い出となった。

この天使との出会いにより、私のトゥール生活は充実してゆくのである・・・。


ーフランス恋物語⑰に続くー

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