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罰を受けた誕生日(フランス恋物語⑭)

誕生日の朝

3月2日月曜日、私は30歳になった。

朝、なんともいえない倦怠感で目が覚める。

昨夜あまり眠れなかったから?

それとも・・・。

ブールジュに行ったおとといの夜、一晩中ジュンイチくんと愛し合ったからだろうか?

あの旅行を終え二人は友達に戻ったはずなのに、未だ淫らな記憶を思い出させる自分の体を恨めしく思った。

こんな体で今日私は学校に行き、夜、ラファエルに会うのか・・・。

偶然とはいえ、一日違いで違う男と会う自分への罪悪感は消えない。

とにかく、学校に行かないと。

私は出かける準備を始めた。

新しい同胞

始業前の教室に入ると、ジュンイチくんと目が合った。

「Bonjour.」

挨拶だけでは、彼の気持ちの変化は測れない。


着席した直後、先生が教室に入ってきた。

「みなさんに、新しい仲間が加わったので紹介します。」

教室内を見渡すと、新しいクラスメイトが2人増えていることに気づく。

男女一人づつで、見た感じは日本人の大学生っぽかった。

先生に促されて、彼らは不慣れなフランス語で一人づつ自己紹介をする。

二人は3週間だけ留学する日本の大学生で、男の子はタクミ、女の子はユイと名乗った。

「新しい同胞よ、ようこそ!!」

私は久しぶりに心の中で叫んだ。

これでやっと、「ジュンイチくんとの共依存関係が終わらせられる」と、心の底からホッとした。

ジュンイチくん以外に日本語で話せる仲間ができて嬉しい。

彼らを誘えば、ジュンイチくんとランチや放課後で二人きりになることも、もうないだろう。

でも・・・どうせなら1月から来てほしかったな。

そしたら、ジュンイチくんと男女の仲にならずに済んだのに。

可愛い後輩たち

ランチの時間になると、彼らの方から「一緒にランチ行きませんか?」と誘われた。

私とジュンイチくんは快諾して、行きつけのオムレットの美味しいビストロに連れて行ってあげた。

まだ二十歳前後の彼らにしたら、27歳のジュンイチくんと30歳の私は、いいお兄さんとお姉さんだろう。

新生活に期待と不安いっぱいの二人の初々しさを、とても微笑ましく思った。


食事をしながら、私とジュンイチくんは、日本とフランスの生活のギャップ、トゥール近郊の行ってみて良かったお城の話などをした。

可愛い後輩たちは興味深そうに、私たちの話に耳を傾けている。

デザートを食べていると、何も知らないユイちゃんがあどけない瞳を輝かせて聞いてきた。

「ところで、ジュンイチさんとレイコさんって、恋人いるんですか?」

「・・・・・・。」

唐突な質問にジュンイチくんが絶句していると、私はすかさずこう答えた。

「私はね、今いい感じのフランス人がいるんだ。実は今日私の誕生日なんだけど、今夜その人とお祝いのディナーに行くの。」

「そうなんですね~。お誕生日おめでとうございます。それにしてもいいな~。誕生日にディナーなんて絶対脈アリですよ!!」

「フランス人の彼氏なんて、すごいですね~。」

タクミくんも一緒になって、はやし立てる。

ジュンイチくんの方を見ると、苦笑いを浮かべていた。

昨日まで一緒にいたジュンイチくんに、余計な情報は一切伝えていない。

みんなの手前笑顔を取り繕っているけど、きっと私の変わり身の早さを嘆いているだろう。

でも、もうどう思われてもいい。終わったことだ。

新しく加わった同胞たちのおかげで、私たちは二度と怪しい関係に戻ることはなさそうだ。

いいタイミングで現れた後輩たちに、心から感謝した。

葛藤

放課後、「お薦めのカフェにに連れてってくださいよ。」と言うユイちゃんをやんわり断り、まっすぐホームスティの自宅に帰った。

朝からの倦怠感はじわじわと悪化し、この頃には頭痛や悪寒まで加わっていた。

「今夜のディナーどうしよう。」

ホームスティ先のマダムには、「今夜は友達とディナーに行くからご飯はいらない。」と、前から伝えてあった。

とりあえずラファエルが迎えに来る時間まで寝て、体調回復に努めよう。


18:45のアラームで起きたが、私の体は良くなるどころか、さらにひどくなっていた。

日本から体温計を持ってくるのを忘れたので、今自分に何℃の熱があるのかもわからない。

でも・・・今日は何としてもラファエルに会いたい。

彼に誕生日を祝ってもらいたい。

土曜日の誘いも断ったし、今日もドタキャンなんてしたらもう会ってくれないかもしれない。

それだけはイヤだ。

私は気力だけで、ラファエルとのバースディディナーに行くことに決めた。

天国と地獄

19時ピッタリに家を出ると、玄関の前にバラの花束を抱えたラファエルが待っていた。

「Bon anniversaire!!」

天使の笑顔で、祝福のキスと花束を私にくれる。

こんな美しい男の子が、花束を持って私の誕生日を祝おうとしてしてくれるなんて・・・。

今までの誕生日の中でも一番のシチュエーションに、私の気持ちは高揚した

やはり私は、風邪なんかに負けている場合ではない。

ここはなんとしても、気合でバースディディナーを敢行する!!

こうして、今夜の私は、「気持ちは絶頂・体調はどん底」という両極端を同時に味わうことになるのである。

PEUGEOT207

ラファエルの運転する車で、私たちはレストランに向かった。

ラファエルの車に乗るのは初めてで、いかにも彼らしい真面目で丁寧な運転ぶりにも好印象を持った。

アルノーの時もそうだったけど、夜のドライブで好きな人と車で二人きりという空間がたまらない。

運転するラファエルの横顔に惚れ惚れして、「今夜この人が自分の誕生日を祝ってくれるんだ」という幸運に酔いしれた。

しかし、高揚し続ける気持ちとは裏腹に、私の体はなんとかギリギリ平静を保っている状態。

果たして今夜のディナー、最後まで大丈夫なのだろうか・・・。

Cuisine Chinoise

私が日本人だから「そろそろアジアの味が恋しくなっただろう」と思ってくれたのだろうか、ラファエルが予約してくれたレストランは、トゥール郊外のシックな中華料理店だった。

ホームスティ先のこってりとしたフランス料理に飽きていた私は、その選択をとてもありがたく思った。

駐車が終わり、車から降りたラファエルはすばやく助手席側に回り、ドアを開けて私に手を差し伸べてくれた。

その完璧なレディファーストぶりは、さらに私を感動させた。

私はしなだれるようにラファエルの腕に摑まり、レストランに向かって歩き出した。

前に会った時は別れ際の軽いキスしかしていなかった私たちだが、ラファエルはきっと、私が甘えてくっついているものだと思っているだろう。

その時の私は・・・高熱で倒れるのが怖いだけだった。


テーブルに着席後、豪華なコース料理が運ばれてきたのだが、正直何を食べたのか覚えていない。

この日のラファエルは日本語学習モードで、日本語でたくさん話してくれたのは非常に助かった。

私は迫りくる悪寒と頭痛に耐えながら、笑顔でラファエルとの食事を楽しんでいる・・・フリをした。

やばい。無理矢理食べたから、このままだと吐きそうだ。

こらえきれず、私は中座してトイレに向かった。

幸いトイレから近い席だったので、なんとか一人で歩いて行くことができた。

罪と罰

トイレにうずくまって吐いた後、しばらくそのままの状態で嵐が過ぎ去るのを待つ。

「そろそろ戻ろうか」と思って立ち上がると、ひどい頭痛と眩暈でそのまま床にへたり込んでしまった。

どうしよう・・・私、どうなっちゃうんだろう。

この時、「きっと、おとといの夜、ジュンイチくんとブールジュで泊まった時に裸でいたのが原因だ」という言葉が、頭でこだました。

部屋に入ってからチェックアウト直前まで、ジュンイチくんの求めに応じ、あの時の私は裸のままずっと彼の腕の中にいた。

それなのに、翌日には何もないような顔をして違う男と新しい恋を始めようとしている。

きっと罰が当たったんだ。

・・・そんなことを考えているうちに、私は気を失っていた。


「Ça va?」

気がつくと、レストランの女性スタッフが私の顔を心配そうに覗き込んでいる。

私がなかなかトイレから出てこないのでラファエルが相談し、スタッフが鍵を開けて助けてくれたみたいだ。

スタッフに抱えられなんとかトイレを出た私は、心配そうに待つラファエルに謝り、実は今風邪を引いていることを告白した

ラファエルは怒りもせず、ただ私の体を心配して、「すぐに帰ろう。」と言ってくれた。

ラファエルが会計を済ますと、一人で歩けなくなった私はラファエルとスタッフに抱えられ、なんとか彼の車に乗った。


車の中で、私たちはほとんど話さなかった。

気持ちが悪すぎて、もう何も考えられない。

ラファエルとの今後も心配だけど、とにかく今は早く家に帰って眠りたい・・・。


うちに着くとラファエルはインターホンを鳴らして、出てきたマダムに今夜の事情を話した。

騒ぎを聞きつけたムッシュウもやってきて、私は二人に抱きかかえられ、なんとか自室のベッドに辿り着くことができた。

ベッドに横たわって少し落ち着くと、ラファエルがくれた花束を車に置いてきたことを思い出した。

「もう、終わりだ。」

絶望と共に、そのまま深い眠りに落ちていった・・・。


翌朝、激しい咳で目が覚めた。

私は昨夜の最悪なディナーを思い出して、この恋はもう終わったと悟った。

「一体どれくらい寝たのだろう?」と、枕元に放置していたプリペイド携帯を見る。

そこには、ラファエルからの意外なメッセージが入っていた・・・・。


ーフランス恋物語⑮に続くー

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