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禊期間は病床にて(フランス恋物語⑮)

サプライズ

あの、”最悪なバースディディナー”の翌朝。

激しい咳で目覚めた私は、昨夜の出来事を思い出した。

きっとラファエルは、レストランのトイレでぶっ倒れて迷惑かけまくった私に幻滅したに違いない。

激しい後悔の念に苛まれる。

どう考えても、前日までジュンイチくんと旅行に行っていた私が悪い、自業自得だと責めた。


それにしてもどれくらい寝たのだろう。

時間を確認しようと携帯を見ると、

・・・そのラファエルからメールが届いているではないか!!

「嘘でしょ!?もう二度と連絡なんてくれないと思っていたのに・・・。」

急いで新着メールのボタンを押す。

そこには、「私の体をすごく心配していること、今日から1週間ピアノの特別レッスンで南仏に行くので会えない。」ということがシンプルに書かれてあった。


そして、最後のセンテンスに私は目をみはった・・・。

”Tu me manques”

「君がいなくて寂しい」

一瞬誤訳かと思ったけど、この言葉は何度も聞いたことがあるから間違いない。

本当・・・!?

あんな醜態を晒したのに、ラファエルは私のことを好きでいてくれた。

高熱でぼぉっとしている体が、そのまま昇天してしまいそうだ。

・・・いや、ここで死ねない。

「ラファエルが南仏に行っている間に風邪を治して、完全復活してやる!!」

とりあえず、気持ちだけは元気になったようだ。

何度もラファエルのメールを見返した後、現実に戻って今何時かを確認した。

11時を過ぎていて、もう学校はとっくに始まっている。

それにしても、体が辛い。

昨夜の立ちくらみを思い出して、ベッドから起き上がるのが怖かった。

熱のために全身が筋肉痛で、咳をするとあばらが痛む。

体は熱いはずなのに寒気で震えて、どうにかなってしまいそうだ。

5年ぶりのひどい風邪に、普段健康体の私はとても弱っていた。

こんな時、日本なら近所の内科に行くけど、フランスの場合どうするんだっけ・・・?


そんなことを考えていたら、ノックの音がしてマダムが入ってきた。

「Reiko,ça va mieux ?」

体調は良くなった?と心配そうに私の顔を覗き込んだ。

私はまだ良くなっていないことと、昨夜マダムとムッシュウが玄関からベッドまで私を運んでくれたことについてお礼を言った。

そして、「病院に行きたい。」と訴えた。

すると、マダムから拷問のような言葉を聞いた。

「我が家のかかりつけ医は今バカンスだから1週間帰ってこないわ。それまでなんとか我慢して。」

かかりつけ医・・・。

バカンス・・・。

さすが、ラテンの国フランス。

これはもう日本から持って来た市販薬を飲んで、寝まくって自力で治すしかない。


マダムは、昨夜初めて会ったラファエルについても話し始めた。

「昨日のボーイフレンド、まだ若いのにしっかりしてるし、とても礼儀正しくていいわね。私気に入ったわ。レイコ、仲良くするのよ。」

私が「Bien sûr.」(もちろん)と答えると、「じゃ、昼ご飯作ってくるから。」と言ってマダムは部屋から出て行った。


一人になって、これからのことを考えた。

どうせラファエルとは1週間会えない。

その間に療養に専念して風邪を治そう。

1週間もあれば、ジュンイチくんの痕跡も私の体から消えてなくなるだろう。

今は禊期間だと思って、苦しめばいい。

私は、風邪さえも前向きに捉えることにした。


マダムは、私のために野菜のコンソメスープを作って、ベッドまで運んできてくれた。

初めはマダムのことを気難しい人だと思っていたが、私のフランス語が上達して会話できるようになると、普通に優しいお母さんだということに気付いた。

そういえば、マダムも言ってたっけ・・・。

フランス語が上手くなりたいなら、日本人じゃなくてフランス人の彼氏を作りなさい」って。


食後しばらく眠っていたが、メールの受信音で起こされた。

それは、ジュンイチくんからだった。

「なんで学校休んでるの?俺のこと避けてるの?」

私はそんなことで学校を休む人間ではない。

ジュンイチくんはあんなに好きだと言っておきながら、私のことを全然わかっていないと思った。

「風邪で休む。明日も休みそう。先生に伝えといて。」

素っ気なく返信して、再び布団にもぐった。

Lettre d'amour

結果的に、この1週間の禊期間はとても有意義なものになった。

4日間は寝たきりだったが、5日目にはだいぶ良くなり、6日目にはすっかりいつも通りの体に戻っていた。

食欲はなく少し痩せたが、熱と共にいらない物も一緒にデトックスした気分だ。

学校に行かないことで、ジュンイチくんと顔を合わせなかったのも精神衛生上良かった。

私が素っ気ないメールを送ったら、そこから彼の返信は来なくなった。

それでいい。


ラファエルは南仏にいる間、一日に何度も私にメールをくれた。

その中には愛の言葉がふんだんに織り込まれ、私はラファエルの文章から、フランス人がどんな風に愛を囁くのかを知った。

生まれて初めて、フランス人の男性に”Ma chérie”(マ・シェリ)と呼ばれ、その響きにくすぐったくなった。

”Mon ange”(僕の天使)とまで言われた時には、本当に驚いた。

私はラファエルのことを天使だと思っていたけど、彼も私のことをそう言ってくれるなんて・・・。

そして毎回、”Tu me manques”(君がいなくて寂しい)と書かれてあった。

ラファエルが送るメッセージは私でも理解できる簡単なものだったが、念の為仏検一級の咲紀ちゃんにメールを送って、自分の翻訳が合っているかを確認してもらっていた。

全部のメールを見た咲紀ちゃんはこう言った。

「会えない間の1週間のメールの内容では、友達以上の感情を感じたよ。」

やった!!!!!

咲紀ちゃんのお墨付きももらったし、マダムもその人柄を評価してたし、私はラファエルを信じることにした。


初めてのフランス人の恋人(と呼べるのかどうかまだわからないが)は、絶対失敗したくなかった。

体を許した後すぐに捨てられるとか、そんなヘマは絶対したくない。

相手が日本人の男性なら、体目当てなのか本当に私のことを好きなのか何となくわかったが、外国人は言葉や習慣の壁があるから自信はなかった。

・・・大丈夫、ラファエルは第一印象通り、天使そのものの清らかな人だ。

彼を信じよう。

今度ラファエルに会って、もし彼の部屋に呼ばれたらら、私は素直に付いていこうと決めた。


気付けば、ラファエルとのデートの日は明日になっていた・・・。


ーフランス恋物語⑯に続くー

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