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残酷な対面(フランス恋物語⑱)

女子会トーク

3月中旬のある日。

今日もユイちゃんと2人でランチに来ていた。

選んだのは、学校の近くにある「リゾットが美味しい」とジュンイチくんに教えてもらったイタリアンだ。

最近は、日本人4人組でランチに行くのと、今日のように男女別れて二人ずつ行くのと半々ぐらいの割合になっていた。


女子二人になると、やはり会話の中心は恋愛トークになる。

前に「ジュンイチさんが気になる」と言ってたユイちゃんだが、私が「もうすぐ帰国するんだからやめておいた方がいい」とアドバイスして以来、その話題は出なくなった。

ユイちゃんは今時の女子大生という感じのファッションとメイクで身を包み、男の子なら誰でも好きになりそうな可愛らしい女の子だ。

もし彼女がジュンイチくんに好意を示したら、あんなに私のことを好きだと言っていたジュンイチくんも、ユイちゃんと付き合ったりするんだろうか・・・。

今はラファエルと付き合って上手くいっているのに、未だに「ジュンイチくんに想われ続けたい」と思っている自分に気付きイヤになった。


そんな私の思いとはよそに、ユイちゃんは、私の初めてできたフランス人彼氏・ラファエルとの恋バナに興味津々だ。

「天使のようなフランス人とラブラブでいいな~。ところで、そんな人とどうやって出会ったんですか?」

私は二人の馴れ初めを話した。

「ファハッドに誘われて言ったÉchange(エシャンジュ)の会だよ。エシャンジュっていうのは、色んな国の人々が集まって、お互いの言語を教え合うっていう会のこと。ラファエルが日本語希望だったので私が呼ばれて、2回目に会った時にお互いの連絡先を交換したの。」

「そんな会があるんですか? 私も行ってみたいです!!フランス人とフランス語で話してみたい。」

ユイちゃんの大きな瞳がキラキラと輝く。

「じゃ、毎週月曜の夜にやってるみたいだから一緒に行ってみる?ユイちゃんが空いてるなら、私は来週月曜行けるよ。」

「是非是非連れて行ってください。楽しみにしてますね。」

こうして私たち二人は、エシャンジュの会に行くことになったのである。

予想外の参加者

その夜、私はラファエルのアパルトマンに来ていた。

食事を終えソファに並んで喋っていた時、私はユイちゃんとの約束を思い出し、こう言った。

「来週の月曜夜、クラスメイトの日本人の女の子とエシャンジュの会に行くから、この日は会えないよ。」

すると、ラファエルはこんな提案をしてきた。

「エシャンジュの会、いいね。じゃ、僕も行こうかな。僕がその日本人の女の子にフランス語を教えてあげるよ。レイコは別のフランス人に教わればいい。」

「そんな、相手を指名することができるの?」

「大丈夫だよ。僕がスタッフに頼んでみる。フランス人参加者はいっぱいいるから、レイコにフランス語教えてくれる人はいっぱいいるよ。」

特に断る理由もないので、その提案を受けることにした。

4回目のエシャンジュの会

月曜の夜、私はユイちゃんと一緒にエシャンジュの会の開催されるカフェに来ていた。

私は4回目になるが、3月にトゥールに来たばかりのユイちゃんは初参加だ。

今までと違うのは、ここにファハッドとジュンイチくんがいないことだろうか。

「ここで、私はラファエルと出会ったのか・・・。」

そのラファエルは先にここに来ていて、エシャンジュの会が終わったら一緒に帰ろうと約束していた。

ユイちゃんには、「今日はラファエルも来ていて、ユイちゃんにフランス語を教えるらしいよ」と話しておいた。

「あの天使にフランス語教わるんですか!?楽しみだな~。」

ユイちゃんは、私の彼氏がどんな人か見てみたいらしい。


事前にラファエルがスタッフに話していたおかげで、私たちの受付はスムーズだった。

先にユイちゃんがラファエルのテーブルに呼ばれた。

私はユイちゃんと一緒に彼のいるテーブルに行き、お互いを紹介させようとすると・・・

ラファエルは私が近くに来た瞬間、いつものように私の唇にキスをした。

フランス人にとって当たり前の挨拶でも、その現場を目の当たりにしたユイちゃんはとても驚いていた。

「やっぱり、フランス人は情熱的ですね・・・。」

「そ、そうね・・・。ラファエルはフランス語教えるの上手いから、わからないこと何でも聞いてね。」

私は恥ずかしい思いを抑えて、受付近くのテーブルに戻って行った。


間もなくスタッフに「レイコ、今日の相手はソフィアよ。」と言われ、フランス人女性のテーブルに行くよう案内された。

フランス人女性にフランス語を教わるのは、これが始めてだ。

ソフィアは気さくな女性で、明るい調子でフランス語を教えてくれた。

私はラファエルと付き合ってから、前ほどフランス人との会話が苦痛じゃないことに気付いた。

「フランス語が上達したければ、フランス人の彼氏を作ることよ。」

ホストファミリーのマダムの声が頭に響いた。


会終了のスタッフのコールが響き、私はソフィアにお礼の挨拶をして、ラファエルとユイちゃんのテーブルに向かった。

「ユイちゃん、お疲れ様。ラファエルのフランス語レッスンどうだった?」

「すごくわかりやすくて良かったです。いつもラファエルにフランス語教わっているレイコさんが羨ましいです。」

ユイちゃんから良い感想が聞けて安心した。

帰ろうとすると、ラファエルが言った。

「すぐに帰らなくても、会が終わってもここのカフェは自由に使えるんだよ。ここでもう少し3人で話そうよ。」

「そうだね。」

そう言われてラファエルの隣の椅子に座ろうとしたら、ある人物がこちらに歩いてくるのが見えた。

ちょっとした修羅場

・・・それは、ジュンイチくんとタクミくんだった。

「あ、ジュンイチさん、タクミくん!!」

ユイちゃんが歓声を上げる。

「せっかくだから、ここでみんなで話しましょうよ。この人がレイコさんの彼氏のラファエルですって。さっきまで私もフランス語を教わっていたの。」

ユイちゃんはわざわざ紹介までしてくれる。

「ユイちゃんたちも来てたんだね。俺、エシャンジュの会に行ってみたくてジュンイチさんに連れてきてもらったんだ。でもまさかここで、レイコさんの彼氏にも会えるなんて思わなかったよ。」

タクミくんは明るく答える。

呼ばれた男子二人は言われるまま席に座ろうとした・・・が、椅子が一つ足りない。

すると、ラファエルは驚愕のセリフを口にした。

「レイコが僕の上に座ればいいんだよ。」

そう言って、自分の膝を軽く叩き私を招こうとした。

私は驚いて固まってしまった。

・・・そういえば、前にも椅子が足りない時、ラファエルは友達の前で「僕の上に座ればいい」と言っていたっけ。

「そんなことはできない」と私は断ったけど。


思わず、目の前にいるジュンイチくんの顔を見た。

彼は、何とも言えない苦い顔をしている。

一瞬のうちに、過去の出来事が頭をよぎった。

ジュンイチくんは、前のエシャンジュの会で私とラファエルが親しそうに帰るのを目撃した後、嫉妬に駆られ、犯すように私を抱いた。

ジュンイチくんが私たちの姿を見るのは、その時以来だ。

彼が今どんな気持ちでいるか・・・私にはまったく想像が付かなかった。


とにかく、この状況ですべてを知っているのは、私とジュンイチくんだけである。

いつまでも固まってもいられないので、近くの席から一つテーブルを拝借しラファエルの横に座ることで、とりあえずその場を収めた。

こうして、1つのテーブルに、ラファエル、ユイちゃん、ジュンイチくん、タクミくん、私、という5人のメンツが揃ったのである。

ラファエルがいることで、私たちの会話はたどたどしいフランス語がメインとなり、たまにに日本語で会話して私がラファエルに通訳する、という形で進んだ。

ラファエルは、周りに人がいることもお構いなく、隣に座る私にフランスの流儀でベタベタしてきた。

私もラファエルの友人の前ではそうされることに慣れてきていたが、さすがに日本人の友人の前でやられるのは恥ずかしかった。

私はそっとジュンイチくんの方を見た。

3週間ぐらい前までは激しく愛し合っていた女が、今、目の前で他の男とイチャイチャしている。

こんな姿を見せつけられて、彼の気持ちは一体どんなものだろう!?


いたたまれなくなった私は、適当に切り上げてその場を去ることにした。

「そろそろ帰るね。また明日、学校で。」

不思議そうな顔をしたラファエルを引っ張って、出口に向かう。

「レイコさん、もっとみんなでお話ししたかったのに・・・。」

「そうだよ。僕ももっとフランス人と話してみたかったよ。」

何も知らないユイちゃんとタクミくんの声が、空しく響いた。


そのまま私たちは、ラファエルのアパルトマンに戻った。

彼がシャワーを浴びている間、ジュンイチくんから久しぶりに携帯メールが届いていることに気付く。

「あれ何なの?俺に見せつけようとしてるの?」

短いメッセージだったが、ジュンイチくんの怒りがストレートに伝わってきた。

「ごめんなさい。」

他に思い浮かぶ言葉がなくて、ただ一言、謝罪の言葉を返信した。

二人の男

ラファエルと付き合ってから幸せすぎて、私はすっかりジュンイチくんのことを忘れていた。

学校で会っても、ユイちゃんとタクミくんがいるので、もう前のように二人きりで話すこともない。

今日の一件で、私とジュンイチくんとの間に起きた色々な場面がまざまざと脳裏に蘇ってきた。

今夜はラファエルに抱かれている時も、ジュンイチくんにそうされていた時のことを思い出してしまい、私は罪悪感を感じた。

こんなことは初めてだ。

私は今とても幸せだし、ジュンイチくんに戻ることは絶対ない。

でも・・・彼と過ごした2ケ月半は濃密すぎた。

「Qu'est-ce qui se passe ?」(どうしたの?)

ぼうっとしている私にラファエルが尋ねた。

「Rien....」(何も・・・)

不思議そうに見つめるラファエルにキスをして、私はごまかした。


気が付けば、私がトゥールを去る日まで2週間を切っている・・・。


ーフランス恋物語⑲に続くー

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