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#超短編小説

僕たちの真実

僕たちの真実

君の古い記憶が、真実かどうかは、僕には分からない。

街外れにある図書館に行って、司書のねずみに訊いてみるといいかもしれない。その図書館には世界中の記憶が全部載っている古い本があるそうだから。

その本から、君の古い記憶を小さな小瓶に写し取ったら、川沿いに歩いてゆこう。そして、川が海につながるところまで来たら、小瓶を開けて流すんだよ。

君の古い記憶は、さら、さら、と静かに海に消えていく。

君の

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内省的自我についての考察

内省的自我についての考察

家に帰ったら、彼女が内省的自我になっていた。

内省的になっていたのではない。
「内省的自我」そのものになっていたのだ。

抽象概念を彼女にした経験がなかった僕は、最初は戸惑ったが、3日もしないうちに慣れてしまった。

朝起きると、内省的自我的寝ぐせを直しながら、内省的自我的にコーヒーミルでコーヒーを挽き、内省的自我的にお湯を沸かし、内省的自我的なベーコンエッグを作る。

「抽象概念なのに、おなか

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暑い夏の終わりに。

暑い夏の終わりに。

暑い日だった。
車をパーキングロットに停めて、大通りに繋がる細い路地を歩いた。

晴れた日にこの路地を上を見ながら歩くのが好きだ。
路地では両端のビルの形に合わせて細長くなっていた空が、大通りに出た瞬間に開放される。
周りの空気が薄くなったような気がするほど爽快で広い空。

「この景色を見たら、君はなんて言うだろう?」

その答えを今は聞けない。

  ・・・

街路樹の影に入って、信号が青に変わ

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晴れた休みの日と、装置としてのカメラと、君について

晴れた休みの日と、装置としてのカメラと、君について

「今日は本当に良い天気ね。」

君はそう言って、カメラという装置で僕らの上に広がる空気を透き通ったガラスの箱に、どんどん詰めていった。

カシャ

ガラスの箱に空気をひとつ詰めるたびに、君はガラスの箱を光にかざして検査し、大事そうにひとつひとつしまっていく。

こんな良く晴れた日に、その作業をする君を眺めているのが僕は大好きだ。

  ・・・

時折、君はガラスの箱をひとつ持って僕のところにやって

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