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【エッセイ】不器用な男の不器用なリーダーシップ

その男性は何をやっても裏目に出るリーダーだった。

私は以前、障害を持った人たちを集中的に雇用する部署の責任者をしていた。
その中に知的障害者だけで業務を行っているチームがあり、そこに一人の男性をリーダーとして採用したのだが、これがうまくいかなかった。

配置して間もなく、元からいた女性サブリーダーから私に「あの人と一緒に仕事をするのは無理です。なんとかなりませんか?」と苦情が上がってきた。聞けばその男性リーダーは着任早々いきなり「改善、改善」と言って、これまでのやり方をどんどん変えようとしているというのだ。

このチームではこれまでいたスタッフたちが一生懸命やり方を考え、知的障害があるスタッフたちにも出来るやり方を考え出し、それを実行していた。ところがそれをたいして中身を理解することもしないで「このやり方は効率が悪いから、変えましょう」と言って変え始めたというのだ。

現場のスタッフたちは混乱し戸惑った。特に知的障害者は一度決めたやり方を変えられると混乱してしまい、場合によっては体調を崩すことにも繋がりかねなかった。だからやり方を変える時には慎重に行わなければいけないのに、この男性リーダーは勝手にやり方を変えようとしていたのだ。

サブリーダーの女性は彼に対して「ここにいるスタッフたちは障害特性上、やり方を変えるときには説明を丁寧に行い、事前に練習をしてもらって、十分に慣れてからでないとダメなんです」と訴えても、彼の耳には入らなかった。
彼は前職でも知的障害者と一緒に仕事をした経験があり、その時に既存の仕事のやり方を「改善」し成果を出した経験があり、そのやり方が正しいと強く思い込んでいたのだ。

実際私も面接のときに、彼の前職での経験を聞き「これならうちの会社でも現場の仕事を改善してくれるのではないか」と考え採用を決めたので、「改善」をしてくれることは全く問題なかった。
しかし、元からいるスタッフと一緒に考えながら「改善」するなら問題ないが、彼らの意見を無視して自分の考えを押し通すのはさすがにマズい。

そこで私は彼に「このチームはこれまで何も考えていなかったわけではなく、一生懸命考えて業務のやり方を考えてきているので、これまでのやり方をいきなり否定するのではなく、話しをしっかり聞いて、双方納得できる形で進めてほしい」と伝えた。

彼も「そうですね、私もケンカしたいわけではなく、良い仕事をしたいだけなので、皆さんの話しをしっかり聞いて進めていきたいと思います」と返答があったので、私はまたしばらく見守ろうと考えた。

ところがまた数日して、サブリーダーの女性から「すみません、やはり無理です」と訴えが上がってきた。
今度はどうしたのかと聞くと、「ミーティングで私たちからの意見を求めてくれるようになったのは良いのですが、とてもしつこく聞いてくるんです」というのだ。私は「彼も現場のことを知るために一生懸命これまでのやり方を知ろうとしていると思うので、最初は大変かもしれませんが、教えてあげてくれませんか?」とお願いをした。

しかし彼女からは「それはわかるのですが、なんて言ったらいいか……、その聞き方がなんか気持ち悪いんです」という返答が返ってきた。

「気持ち悪い?」
「そこ??」

私も言葉を失ってしまった。
なんでも話しを聞いてみると、ミーティングの最中に笑顔で「なるほど、そうなんですね~。もう少し詳細に教えてもらえますか?」「なんでそのやり方をしようと思ったんですか?」と質問してくるそうなのだが、その聞き方が彼女からすると、なにか気味が悪く、生理的に無理だというのである。

「生理的に無理」

この言葉が出てしまうと正直言って男性社員はかなり厳しい。
進め方とか、話し方の問題なら直すことも可能だが、女性スタッフの言う「生理的に無理」は相性の問題なので、正直直しようがないのだ。

私も自分で採用した手前責任を感じ、何とかしなければと頭を悩ませてしまった。
しかし、私は彼にも良いところはあるので、それがちゃんと伝われば見込みはあると考えた。そして彼と真剣に向き合う覚悟を決めた。

実は私が彼を採用したときに一番良いと感じたのは、仕事に対する「情熱」のところだった。
彼は前職でも知的障害のある人たちと仕事をしていて、彼らが仕事で成果を出して喜んでいる姿を見たのが何よりうれしかったと話してくれた。だから彼は、そういった人たちが活躍できるような仕組みを考え、いずれはその方法を広く社会に伝え、知的障害のある人たちの雇用の場を改善したいのだと語っていた。

私は、この話しを聞いたときに、彼から強い「情熱」を感じ、だから彼の採用を決めたのだった。
しかし今はこの「情熱」が裏目に出ていた。この「情熱」が元からいたスタッフには伝わらず、むしろ「ウザイ」とすら思われているのだ。
でもこの「情熱」を無くしてくれと言ったでは彼もここで働く理由を失ってしまうだろう。それでは全く意味がない。そこで私は何とかして彼の「情熱」が他のスタッフにも伝わる方法がないかと考え始めた。

そんな時に私は彼が最近現場で「改善」した仕事の話しを聞いた。
このチームのメインの仕事に「印刷した複数の資料を封筒に入れて、お客様に渡すための資料を作る」という仕事があった。ところがこの仕事は複数の資料を手作業で封筒に袋詰めしなければならないため、資料を入れ間違えるというミスが多発しており、依頼元からクレームが何度も来ている仕事だった。

その中でも特に多いミスが「書類の数え間違え」だった。実は知的障害のあるスタッフの中には、数を数えることを苦手にしている人が少なくない。そのため、いくつも束を作っていると、その中にどうしても枚数が違っている束が発生してしまう。このミスを無くすために、これまで現場では試行錯誤を繰り返していたが根本的な解決策が見つからずクレームが止まらなかったのだ。

しかし彼は、この問題を画期的な方法で、ミス率をほぼゼロにする方法を考え出した。
彼は「枚数を数えるから数え間違えるのだ」と考えた。だったら数を数えずに枚数が揃っていることが分かれば少なくとも枚数が違っているということは無くなるのではないかと考えたのだ。

そして彼は紙の数を数える代わりに「重さをはかる」という方法を思いついた。

A4の紙は1枚4gある。10枚なら40gだ。
そこで彼は、封筒に入れる資料の重さ測り、スタッフにその重さを書いた紙を渡した。そしてスタッフには一人一台の「電子はかり」を渡し、自分が束にした資料を封筒に入れる前にはかりに置いて、重さが同じになっているかを確かめさせたのだ。これでもし数字が違っていれば枚数が違っていることが一目でわかるようになった。
彼はなんと「数を数える」という作業を「重さをはかる」という作業にすることによって、枚数を目で見てわかるように「改善」したのだった。

このやり方は劇的に効果があった。
ミス率はほぼゼロにまで改善し、クレームもほとんどなくなったのだ。

私はこの話しを聞いたときに、まさに「コロンブスの卵」だと感じた。
私はこの話しをぜひ他の人にも知ってもらいたいと考え、グループ全体の社員総会で行われる「この一年で最もいい仕事をした大賞」という社内表彰制度にエントリーしようと考えた。
この制度はグループ全社から集まった企画書の中から予選を行い、そして予選を勝ち抜いたファイナリストたちは全社総会でプレゼンテーションし、優秀者を決めるというものだった。そしてその時に、彼がこの仕事に対する「情熱」も一緒にプレゼンすることができれば、それがスタッフにも伝わり関係が改善するのではないかと考えたのだ。

私は彼が行った取り組みを一枚の企画書にして社内表彰制度にエントリーした。
そしてこの企画は見事予選を勝ち抜き、社員総会でプレゼンができるファイナリストに選ばれたのだった。
私は彼と社員総会でのプレゼン資料を作り始め、そのなかで最も伝えたいテーマを「なぜ彼がこれほど仕事に『情熱』をもって取り組むことができたのか?」という一点に絞った。

この「改善」自体はとても地味なものだ。金額に換算したら、おそらく数万円にしかならないだろう。他のファイナリストたちのプレゼンはおそらく数億円のお金に換算できる内容のはずだ。金額で勝負をしたら全く歯が立たない。

そうではなくて、この小さいけど、いままで誰も改善することができなかった仕事を、なぜ彼はそこまで突き詰めて考えることができたのか。この一点に絞ってプレゼンするしか勝機は無いと考えたのだ。

そこで私は、彼の中にある「情熱」の根源が何なのかを解き明かそうと、何度も彼とミーティングを行った。最初はなかなか彼も、自分がなぜそこまで「情熱」を持てているのか分からないという様子だったが、何回か話しを聞いているうちに彼の子供のころの話しを聞くことができた。

実は彼はやはりというべきか、子供のころから「不器用な男」だったのだ。
勉強にしても運動にしてもいつもクラスでは下位のほうで、一度も人前で褒められたことが無かったらしい。そして大人になり仕事につたいときにも営業成績で常に同期の中で最下位クラス。正直「自分の実力はこんなものだ」と諦めていた。
ところが、たまたまマンガ喫茶で読んだマンガが彼のやる気に火をつけた。そのマンガの主人公は何をやってもダメなところから、人生を逆転させていくというストーリーで、彼は主人公と自分を重ね合わせ大いに影響された。そして自分も人生変えてみせると決意し、自分の仕事のやり方を「改善」した結果、営業成績で単月トップに立ち、社内で表彰されたのだった。その時に彼は「人間は誰もが勝者になることができる」と感じることができたのだ。

その後配属された部署に知的障害の方たちがいて、彼らと話しているときに、実は知的障害のある人たちも子供のころからうまくいかないことが多く、ダメだという烙印を押され続け、自信を失っていることを知った。それが彼の過去とリンクし、知的障害があったとしても人生で勝つことは出来るということを味わってもらいたくて、彼は現場の仕事を「改善」し、見事に成果を出させてあげることができたのだった。その時の彼らの喜んだ顔が忘れられなかったのだ。

そして彼は転職してこの会社に入社したあとも、同様に知的障害のある人たちに「勝つ喜び」を感じてほしいと思い、彼はその方法を模索し続け、その結果全く新しいやり方がひらめいたのだった。

私はこの話しをプレゼンのストーリーをまとめていった。
そして社員総会の最終プレゼンの時、彼はこれまでの自分の悔しかった体験、そしれそこから逆転して営業成績を上げた経験、またその時に感じた勝つ喜び、そして自分と同じように自分自身に諦めていた知的障害者に勝つ喜びを感じてもらいたいということを、気持ちを込めてプレゼンを行った。

その話しは会場で聞いている多くの社員の心を動かした。
そして会場にいた社員の投票の結果、彼のプレゼンは最優秀賞を獲得した。

一人の不器用な男の、不器用な人生。
しかし、だからこそ分かる相手の痛みがあり、それを乗り越えさせてあげたいという彼の「情熱」が多くの人に届いた瞬間だった。そしてそれは、同じチームのスタッフにももちろん届いた。

それから彼はだんだんとチームに馴染み、リーダーシップを発揮できるようになり、さらに成果を出せるようになっていった。そしてチーム内で積み上げた改善は1年半で500個にも達した。
一つ一つは本当に小さな「改善」ばかりだった。しかし、それだけの数を積み上げた時に、そのチームの仕事のレベルは1年前とは比べ物にならないほどの成果を出せるようになっていたのだ。

私はこの時の経験からリーダーに最も求められる資質とは、仕事に対する「情熱」ではないかと考えるようになった。そしてその「情熱」は自分の目の前にいる人やモノに対して「強い共感」から作られるのではないだろうか。それによって自分が働く目的が明確になり、その結果大きな成果に結びつく行動が伴ってくるのではないだろうか。

皆さんも自分の仕事でリーダーとして結果を出したいのであれば自分の「情熱」の源に目を向けてほしい。
それがきっとあなたがリーダーとして成果を出す力となるはずだ。


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