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讃岐うどん大好きっ子の哲学を読む

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哲学に関しての過去の投稿(つぶやき・記事)をまとめた物になります 読み返したい時に是非ご覧ください
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2024年6月の記事一覧

人間が様々なコミュニティーで言語ゲーム(人と人との会話)をする事で言葉に意味や長さ等の付加価値を与えて来たと言うのがウィトゲンシュタインの哲学(言語ゲーム)のザックリした内容 その言語の意味や時間や役割が創作に置ける表現に大きく影響をあたえるので自分自身これからも追求したい

若い時にエエもん食べたいとかエエ車乗りたい見たいな音楽やりながら「エエもの」に執着する精神って言うのは自分の人生における幸せの定義がそれしか無いからなんやろうな 今はそれが全てでは無いと理解出来るし音楽に対する姿勢も結果を出す事に拘らんようになった 視野が広くなった感覚があるわ

人間って2回死ぬねん

人間って2回死ぬねん

1本目の記事に自分が哲学始めた時の事を記事にして次に何書くか

悩んだんやけど哲学の王道のネタで行く事にするよ。こういう話題の

方がとっつきやすいやろうしね(笑) おっさんが好き勝手書いてる

から皆肩肘張らずに気軽に読んで行って欲しいな。

1. そもそも人間は何の為に生きるねん

いうてまずこれよね。 これに関して言えば哲学やってる人じゃ無くて

も考えた事あるんちゃうかな。 結論から言うと

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スマホが導入されてる以上インターネットに触れ始める世代の低年齢化が進んで行くと同時に判断力の無い生徒のやらかしによってこれまで可視化されんかった負の部分が世間にあふれ出して今までの比じゃ無い位炎上して行くんやろな 一時的に減る事はあっても無くなる事は無さそうね 

俺が学生の時にって言うても終盤やったかな 中学生までは個人ブログ全盛期で高校になってモ◯ゲーが流行り始めて高3の終わり位からミ◯シィとかTwitterもその後位やったんちゃうかな~… やから物の分別が付いてからSNSに始めれた感覚かな 多分インターネットが日常になる境目やと思う

インターネットが非日常なんて「そんなん当たり前やん」ってなるんやけどこうも定期的にいじめの動画なり犯罪自慢の動画が流れて来ると若い世代に取ってはインターネットがある世界こそ日常何じゃないかと思うようになった 流石に今の状況で学校が何の注意もしてませんって言うのは考え難いしね

人は自分と同じ意見の人ばかりでは無いし自分と同じ意見でもその意見に濃淡があったりするんよね やから人に好かれようと言う気持ちは大事やし凄い良い事なんやけど「ああもうええわ」って妥協する選択肢も持っときたいよね そうじゃ無いと人に好かれる事にウェイトが行き過ぎて自分を見失ってしまう