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act:10-オレのなつやすみ 夷隅川の川下り【冒険編】

前回までのお話 ↓

 ゴムボートはゆっくりと岸を離れる、いよいよこの夏休みをかけた冒険の火ぶたが切って落とされた!どこに危険が潜んでいるかもわからない、予想外のアクシデントがあるやもしれぬ、オレは御禁止川おとめがわの流れに沿い慎重に川を下りることにした、見上げるとそこは、川を挟みこむように左右とも30mほどの崖になっている、その崖の表面には草木が生い茂っており、さながらアマゾン川のジャングルクルーズな様相なのである。
不意に鯉だろうか?川面を大きな魚が飛び跳ねる!すかさずオレの脳内では自動変換で電気ナマズに!そしてボートの下を覗くと川底にはいくつもの魚影、こちらも自動変換で人食いピラニアに見えていた、気分は水曜スペシャル探検隊!(※1)ひとりでノリノリだ!
そんな電気ナマズと人食いピラニアの群れに細心の注意を払いながらアマゾン川(注:御禁止川おとめがわ)を下るオレの前方に、国鉄木原線の鉄橋が見えてきた、これはアマゾン奥地で金の採掘のために作られた鉄道に自動変換『やれやれこの禁断の地にも文明人は土足で踏み入るのか、何と愚かなことだろう(フッ)』
そんな脳内自動変換及び物語再生をしながら鉄橋の下に差し掛かった時、偶然にも列車が大音響をあげて橋げたを振動させながら通り過ぎた、しかしその時、視界に何かが落ちてきたのだ!
(ジャジャジャーーン!:お好きな効果音で脳内再生希望)

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…そう、この時代の列車のトイレは基本的に垂れ流し式なのであった、駅まで我慢できなかった乗客が列車のトイレの中で踏ん張ったのであろう、どうやらその落とし物だったようだ、いやはやもう少しで被弾するところだった『まったくおいねぇぜ、もうちっとでオッちぬとこだった(※2)』、お陰で嫌な汗をかいたオレであった。
恐怖の鉄橋を越えると、右手に水遊びが出来る浅瀬が作られている、そこに同級生のホッタユミコ、マサキフジコ、ホソヤクニヨがいた!
オレを見つけたホッタユミコがこっちを指さし『サナダくーん!何やってんのー?』と聞いてくるが、このとき既にオレの脳内ではアマゾン川の川岸の女アマゾネス軍団の村、そのご一同様に彼女たちは自動変換されており、オレはついうっかり『うお!原住民のアマゾネス軍団ハッケン!!』(※3)と声に出してしまった。
『なんだとーー!サナダーー!!』怒ったホッタユミコが物凄い勢いで大小さまざまな石をバンバン投げてくる、ホッタに吊られ他の女子たちも笑いながら石やごみをバンバンと・・これはヤバい!マジに石がここまで飛んでくる痛タタタッ!ゴムボートにも石つぶてがガンガン当たる、このままでは沈む!?正にこれはアマゾネス軍団の弓攻撃そのものじゃないか!!なによりホッタユミコは怒ると物凄く怖い女なのである。

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オレは必死になってオールを漕ぎ、アマゾネス軍団の村から緊急離脱!そして三口橋さんくちばしをくぐる。‥ふぅ、ここまでくれば安全だ、左手には旅館 寿恵比楼すえひろ(※4)が見える。流石にアマゾネス軍団も橋を越えてまでは追っては来まい…、ボートは既に地元で御禁止川おとめがわと呼ばれるエリアを越え、夷隅川いすみがわに入った。

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 ふと旅館の裏庭に目をやると、その下の川岸で煙草をくゆらす白ヒゲのお爺さん(?)と、上半身ハダカで妙にゆがんだ顔をし常に左手を抑える人物がこっちを見ていた。

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『いやぁーツゲさん見てごらんよ、子供がゴムボートで川下ってるよぉ~、大多喜の子供は野生的だねぇ、東京じゃ見られないよねぇイイよねぇ・・』
白土先生しらとせんせい、ボカァ~すぐ先の大原で育ちましたが、今の子はボクら戦中派せんちゅうはと違って肉喰ってるから馬力があるんじゃないでしょうかねぇ~、これには太海ふとみのメメクラゲもビックリなんですよ、おやあのボートの漕ぎ方はいわゆる〇×方式ではないか!』

・・うむ、大人の会話はよくわからないオレであった。ボーっと川面を眺める二人の難しい会話を背に受けつつ、一層力強くオールを漕ぎオレはその場を後にした。

 旅館を越えたあたりから川はいきなり表情を変える、ところどころ川底が妙に浅くなり、そして大きな岩がゴロゴロと川面に顔を覗かせ、それらの谷間の間の急な流れにボートが吸い込まれるように流されるのだ『こ、これは転覆の危機!?』
(ジャジャジャーーン!:お好きな効果音で脳内再生希望)

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そう、またしてもオレの行く手に危機が迫りつつあったのだ!
だがこんなところでオレは死ぬわけにはいかない、必死になってオールで川面から突き出た岩をあっちこっちと突きまくり、さらに死ぬ思いでオールをぶんぶんと漕ぎまくりボートの姿勢を整え急流の流れにうまいこと乗り、どうにかこうにかこの大自然の猛攻を切り抜けた。
しかし次から次に迫りくる脅威の連続、きっと著名な探検家や冒険家たちもさぞや手こずったことであろう…さすが世界に名だたるアマゾン川はひと味違うな(注:夷隅川いすみがわ)。
急流を越えたその先にあるのは、水かさが増すと完全に水没する木の沈下橋ちんかばしであった、橋の高さ自体が低いが、このゴムボートでは問題なく抜けられそうだ。ふん!このステージは既に数多くの困難を突破してきたオレにとっては単なる池みたいなもんだ。…とその時である!
(ジャジャジャーーン!:お好きな効果音で脳内再生希望)
沈下橋ちんかばしに近づくと、その橋の左手側、老人ホーム近くの土手の上にメンドクサイヤツらがいた、またもや同級生、ヤリタにトキ、そして番長格のナガサだ、今日は珍しく同級生によく会う日だ。
ヤリタ、トキ、ナガサ、この三人とは学校のクラスも一緒だしそれなりによく遊ぶんだけど、どうもいつもどこかで折が合わず年中ケンカになった。一対一なら大抵オレは負けないが、ヤツらは最後に集団戦法で来るから負ける、だから苦手だ、オレが心を許せる味方は近所の大多喜無敵探検隊おおたきむてきたんけんたいメンバーと幼馴染おさななじみのフジシロヤスユキしかいないのかもしれない。
歴史の書にあるように、いにしえよりヒーローとは孤独なものなのだ。
『おーいサナダー!なにやってんだー』チッ!よりによってヤリタに見つかってしまった。実はついこの前もヤリタと殴り合いのケンカをしたばかりで、ヤリタに声をかけられただけで何だか非常に腹が立つ、途端に脳内自動変換が始まりオレは大声で叫ぶ『お!謎の伝説のオオダコ猿を発見!!(どんな猿だ)』‥まぁこんなことを言うからいつもケンカになるのだ、我ながら頭おかしいがコレが言わずにはいられない。
『なんだとーー!!』怒り狂ったヤリタが土手から橋に向って駆け下りてくる!ヤバいこのままではあの低い橋の上からモロに攻撃される!!急いでオールを漕ぎ橋をくぐりぬけた!
オレが橋を越えた時点でヤリタがようやく橋の真ん中にやってきて『おい待てよこのヤロウ!!』とまるで茹ダコのように顔を真っ赤にして、橋の上にあった砂やらゴミやらをバンバン投げてきた!そんな怒りおさまらないヤリタを、意外とクールなトキとナガサが止めに入ってた。
‥どうでもいいが自然を大事にしよう、川へのポイ捨てはダメだぞ。

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オレはヤリタの射程距離圏から離れたことを確認したのち振り返り『うっせーバァーカ、シネ!!』と舌を出してその場を後にした。
こんなオレも大概だ、これだから学校でケンカばかりになって学校がますます嫌いになるんだな。仲良くすればいいのに何でなんだろう、冷静に考えたらケンカの原因の凡そ8割は、このオレの他人を思いやらないフリーダムで勝手気まま君な態度にありそうなんだけど、これが性分なんだ仕方がない。
‥とはいえ今は冒険の途中、感傷に浸るのはあとにしよう。
さぁいよいよ最終ステージである。

 ゴムボートは、ウチの菩提寺ぼだいじを崖の上に見上げる位置に来ていた。そういやそろそろお盆だなぁ(※5)、お盆になると都会の千葉市から従兄弟のコージや、鴨川や和田町わだちょう、大原の親戚たちもやってくる、準備も忙しいしこうして冒険やってられるのも今のうちだな~などと考えつつ、ボートはゆったりした流れに任せ、さらに川を流れていく。正直ここまで必死にオールを漕ぐことが多くかなり疲れたので、流れの穏やかなこの辺りでは休憩を兼ねて、しばらくの間はこの川の流れに任せて下ることにしたのだ。しかしさっきからこの大多喜の真夏の西日が海パン一丁のオレをジリジリと炙るのだ、ゴムボートの上では日を遮るものがなく、休憩とはいえど心身ともに中々ハードな状況が続いた。『陸に上がったら海パンの内ポケットに入れた100円玉で、帰りにバクダン屋(※6)でミリンダを飲んでから帰ろうか』そんな他愛もないことをボォーっと考えてる最中もゴムボートはゆっくりとゆっくりと川を下っていく。
そうしてようやく見えてくるゴール、赤くて大きな外廻橋とめぐりばしがオレの視界いっぱいに広がった。安心したせいなのか、さっきまでの疲れにここまでの心労(?)が更にのっかったようで、ドッと体が重く感じられる。この辺りは川底が少し深くなり川幅も多少広がるお陰で流れが緩やかになるのだ、オレのゴムボートは拍子抜けなほどに穏やかに橋を越え、そして穏やかにゴールイン!
電気ナマズに人食いピラニア、列車からの恐怖の落とし物や迫りくるアマゾネス軍団、そして激流に謎のオオダコ猿と遭遇の記憶も、既にオレの中では過ぎ去った夏の日の遠い思い出となってしまったような気分だ、そんな今日を振り返りつつ、オレは疲弊した体を奮い立たせて最後の力でボートを岸に寄せ、そして大地に立った。
冒険の終わりとはお祭りの終わりとよく似ている、終わってみるとなんだか非常にあっけないのだ。
しかしこの冒険で、自分がまたひと回り大きくなったような気がした。

1977年(昭和52年)、小学5年生の頃の想い出である。

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【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。

【解説】
(※1)前回 act:9-オレのなつやすみ 夷隅川の川下り【出航編】の文中などでも軽く触れたが『水曜スペシャル探検隊』とは、あの有名な『川口浩の探検隊』の元祖となる番組で、司会は川口浩氏であった。
(※2)『まったくおいねぇぜ、もうちっとでオッちぬとこだった』→千葉県南部の方言『房州弁』でのセリフ。上記の太字部分を翻訳すると大体次のようなニュアンスになる。→『全くとんでもないぜ、もうちょっとで死ぬとこだった』。房州弁は安房地域(房州)を中心に、安房と隣接する上総南部(勝浦市・大多喜町・御宿町・いすみ市・富津市・君津市 など)で日常的に話される、袖ケ浦市・市原市などの一部でも似た方言が使用されている。語尾に「~べ」や「~ぺ」と付くのが特徴。
(※3)アマゾネスの名の由来はギリシア神話の女人族アマゾネスにちなんでいるようで、故にアマゾネス/アマゾーンは、強い女性を意味する言葉として広く使われるものである。また、南アメリカのアマゾン川流域に女性のみの部族がいたという伝説があることから、前出のギリシャ神話の女人族アマゾネスに基づき、川の名がアマゾン川になったとする説がある。
(※4)漫画家の白土三平しらとさんぺい氏、つげ義春つげよしはる氏たちがよく利用した宿としてファンの間では有名である。現在は廃業し、建物は2019年に取り壊された。
(※5)この時代の日本の田舎の法事ごとはどこも盛大、お盆などはその典型で夏の一大イベントの様相であり、夏休み中の子供はその準備に駆り出されるのは当然だった、昭和の房総南部のお盆ももちろん他所の田舎と同様、それはそれは煌びやかきらびやかで、今あらためて思い返すとまるでトラック野郎みたいにギラギラしていたように記憶している。
(※6)バクダン屋は、昭和の大多喜町のチビッ子が大好きな駄菓子屋の一軒、別名『かんむき屋』とも呼ばれるお店。当時の大多喜には、他に人気を二分する駄菓子屋『加賀屋かがや』があった。現在は2軒とも既に店を閉めて大分経つ。

大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)

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