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act:6-オレのなつやすみ オオスズメバチを征伐せよ【強行偵察編】

 夏休みも8月を越えて6日の平和記念日あたりになると、流石にやることがなくなってくる。7月下旬からさすがに2週間もフリーダムな日々が続いているのだ、休み前にやりたかった遊びは、既に一通りやりつくしてしまった。そんな日々でも、父さんの仕事の手伝いで塩田写真館に白黒フィルムを出しに行ったり、大多喜駅に取材の原稿を届けに行ったりはするけど(※1)、どっちも近所なんでそんなに時間もかからない(しかしお駄賃で10円もらえる)。

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そうして僅かな用事を午前中に済ませると本当に残りの一日がやることがなくなり、昼ご飯を食べた後は無駄に町をウロウロするしかなくなる。『暇なら夏休みの宿題をすればいいじゃないか』良識ある大人ならきっとそう言うだろうが、夏休みの宿題とはオレの中では8月の最後にまとめて行うものであり、現段階では記憶の彼方に仕舞い込んで存在さえ忘れているのである!
‥とはいえこの時期は暑い盛りでウロウロするにも場所が限られてくる。結局は町内でも珍しくクーラーが効いてる『スーパーデンベー』、ディスカウントストアーの『ポピンズ』、安いジュースやアイスを目当てに立ち寄る駄菓子屋の『バクダン屋』『加賀屋』などを順繰りに周るコースで結局はパターン化され、さすがに日が経つうちに飽きてくる。
そうして誰が誘うともなく、オレたちはいつもの溜まり場『青龍神社』に集まり、昨日観たTVの話などをしては時間を潰すことが多くなってきた。なによりここは午後になると日影が出来て、風もそれなりに抜けるのでわりと居心地がいいのだ。

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 この日は朝から続く町ナカの物凄い渋滞について話が盛り上がった。そば新や尾高屋が並ぶいつもは呑気で静かな大多喜の商店街が、この季節になると車で溢れ返るのだ。実はお盆前までのこの時期、町を貫く国道297号線は、都会からの海水浴客の車で毎年激しく渋滞する(※2)、特に都会に帰る車が集中する午後の渋滞が酷かった。様々な車がこの真夏の炎天下で、それこそジーサンバーサンの歩みより更にゆっくりと走るという異様な光景が町の風物詩になっていたほどだ。まだまだクーラー付きの車が少ない中、窓全開で渋滞にはまる海水浴客たちの、その並々ならぬ我慢強さには毎度感服する反面、元来オレは自動車が好きなこともあり、彼らには悪いけどこの渋滞が毎年ちょっと楽しみだったりしたのだ。みんなも何だかんだ自動車が好きなので話は弾む『今日はセリカのリフトバックが走ってたカッチョイー!』『フェアレディZもいた、あのZは2by2ではなく2シーターだ窓の形が違った、きっと野球選手が乗ってるんじゃないか?スゲェ!』など話題に事欠くことがない、たまに外車のロータス・ヨーロッパ(※3)などを誰かが見つけようものなら速攻報告がきて、そして皆で揃って現場に急行!渋滞につかまり身動きが取れない珍しい外車を、それはそれは皆で舐めまわすようにジロジロと眺めまくった。今思うとその時のオレたちは恐ろしく田舎モン丸出しで酷いものだったろうが、それでもドライバーのほうも見られてまんざらでもない感じだったなぁ、人と違ういい車に乗ってると、誰でも自慢したくなるもんだもんね。

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少し余談になるが、こうして渋滞に呑まれた途方もない数の車を眺めに行くと、早々車から降りれないドライバーや同乗者たちから『地元の子?』と聞かれた後、度々お使いやお願いを頼まれることがあった。例えばお店でジュースやパンを買ってきてくれ、抜け道を教えてくれ、トイレの場所を教えてくれ、‥などである(※4)。この中でも抜け道は喜ばれた、地元民がよく使う道をオレのデコチャリで先導してあげるのだ、もちろんみんなお駄賃をくれる、とくに東京ナンバーの都会人は気前がよくって、お駄賃も10円玉じゃなく50円玉、なかには100円玉をくれる人もいた、特にアベックのお兄さんは本当に気前がいい!だからモテるんだろうなイヨ!色男!‥実はこのお駄賃が小学生の我々には中々よい副収入になったのだ(ウシャシャシャシャ‥)

 そんな大渋滞の話で盛り上がる中、我々『大多喜無敵探検隊』メンバー内の一番の知恵者、ワカナのヤッチャンがある話を始めた、渋滞激しい商店街の通りから酒造通りに歩いて抜けようとしたところ、その小道の出口に大きなスズメバチの巣が出来ててビックリして引き返したと・・
スズメバチはこの町ナカでもたまに見かけるが、そういや最近やたらこの辺りをオオスズメバチが飛んでいるな、、そうか!もしかしたらその巣なのかもしれない!
スズメバチは毒が強くしかも攻撃性が高い、その中でも最も大きいオオスズメバチ(※5)は、アメリカのキラービーさえ殲滅させるほどのオーバースペックな猛毒と異様な攻撃力を持った世界最強最悪の大型の蜂で、毎年この季節になるとオオスズメバチに刺されて人が亡くなるというニュースをよく聞く。
・・・これは、この町の平和を守るためにも我々大多喜無敵探検隊が率先して征伐に行くべきではないのか?しかし相手は凶悪で残忍なオオスズメバチのようだ、まずは事実確認が先決だということで皆の意見がまとまった。
場所は我等の安全地帯である青龍神社から歩いて精々300m、こんな近くにまさか凶悪な敵が潜んでいようとは、、この町を陰で人知れず守っている我々なのに、全くオレたちの目は節穴だったのだろうか?それともこの暑さと夏休みムードですっかり気が抜けてしまったのか、しばし自責の念に駆られるオレであったが、そこはすぐ気を取り直し、まずはオレと特攻野郎のユーイチ、そして現場を知るワカナのヤッチャン、計3人で強行偵察に向うことになった。

 酒造通りの一本杉を越えた辺りから確かにスズメバチが目につくようになる、それもあの巨大なオオスズメバチだ間違いない!独特の鈍く重々しい羽音を響かせて常に5~6匹は我々の上空を旋回しているのだ!
さらにその先の緩い上り坂カーブに入ると、商店街に抜ける坂上の小道手前の低木に、大きな土色の巣らしきものが見えてきた!ヤッチャンの言ってた通りだ!

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しかしここで我々は、予期せぬ事態が起きつつあることに気付いてハッ!となった。一歩、また一歩と我々が巣に向かって前進するたびに、上空を旋回するオオスズメバチの数が明らかに増えるのだ!間違いなく我々はオオスズメバチに警戒、そして監視されているようで、ここでヘタに刺激をしたら集中攻撃を受けるかもしれない、相手は殺人バチとも云われるオオスズメバチ、メンバーの身の安全のためにも迂闊なことはできない、しかしこのままではまともな偵察活動が出来ない、色々思案した結果、我々は地べたにうつぶせになり、匍匐前進(ほふくぜんしん※6)でジワジワと巣に近づくことにしたのだ。なんでも蜂はこうして体を低くして近づくと相手がよく見えないと何かの本で読んだことがある。そうして3人揃って道に這いつくばり、まずは凡そ5mの距離までジワジワと近づく。

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そこで我々はあらためて驚いた、思っていたより巣がデカいのだ!それは優に上下1m以上、左右も1m近くはあろうかというフットボール型、土色のマーブル模様が印象的な実に巨大なものだった。この時点で上空を旋回するオオスズメバチの数は更に増え、実に何十匹といった蜂が我々の頭上でブンブン、ブンブンと旋回するようになっていた、しかしそれでも我々を刺してこないところをみると、どうやら匍匐前進で伏せているせいで我々との間合い、つまり正確な位置が把握できないのであろうか、ヨッシャー!これぞ人間の知恵の勝利である!しかしそれでも何か脅威たるものが巣に接近していること自体はどうやら把握できているようで、故にオオスズメバチたちはこのように最大級の警戒態勢をとっているんだろうな『フフフッ、中々やるじゃないか虫けらどもめ(内心は冷や汗だらだら)』
その後も巣に近づくたびに上空を旋回する蜂の数がブワッと増え、あと2mというところまで接近したがそれ以上の前進は危険と判断、一旦退却することにした。来た道を今度は匍匐後進(?)で退却、面白いもので我々が引くと、上空を旋回する蜂の数も目にみえて減っていった。

 我等の安全地帯である青龍神社に戻ると、早速待っていたメンバーに情報を共有、その対策について議論を始めた。
血気盛んなユーイチは『隊長の持ってる爆竹を突っ込んで一気に爆発しちまおう!こりゃ楽しいぞぉーウハハハハハ!』
おぉっ!大好きな爆竹!思わずオレの血が騒ぐ!今でも売るほどポケットに入ってるぞ!
‥でもユーイチ、これをお前が仕掛けに行ってくれるのか?
ヒロツンは『虫だって命だよ、命は大切にしなくちゃ』
うむ確かに一理ある!流石立派な家の子供だな言うことが違う!しかしヒロツン、今こうしている間にも大多喜町民が刺されて死ぬかもしれないのだ!そんな悠長なことでいいのか?我々は大多喜町を陰ながら守る大多喜無敵探検隊じゃなかったのか!?
ワカナのヤッチャンは『あのー、役場に相談したほうがいいと思うんですよー、子供だけだと危ないですし』
小学2年生なのに何と良識人なんだ惚れ惚れする!・・だが我々がやらずにどうするのだ、第一それでは面白くない却下!
弟のクニオ『・・オオスズメバチでしょ、刺されたらアニキ死ぬよ?』
ビクッ!相変わらず蜂のようにチクリというヤツだ、実の弟に『シヌかも』と言われ非常に不安になりオレが黙りこくってると、いきなりユーイチが雄叫びをあげる『クニオォー!だからお前はダメなんだぁぁぁーー!!』
普段は寡黙なクニオが、このユーイチの毎度頭ごなしのひと言でブチキレる『なんだと何がダメなんだ言ってみろコノヤロぉぉ!!』
そんなクニオの怒りの声を聴いた瞬間、ユーイチがサッと無言で金属バットを構えた、ほほぉ上段の構えだ、それを受けるクニオも木刀をゆっくり振りあげ、そこから八相の構えにもっていった。クニオめ、ユーイチを一撃で倒すつもりか?我が弟ながら空恐ろしい・・
一瞬、青龍神社に緊迫した空気が張り詰める。

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どうでもいいがこの二人はなんでいつも金属バットや木刀を持ち歩くのだろう、年長さんのオレでも今もってよく分からないが、ユーイチは野球は下手くそだがそれ以外のバットさばきは、それはそれは素晴らしく、過去に何度もそのミズノの金属バットで窮地を救ってもらったことがある、かたやオレの弟のクニオは近所の剣道クラブで稽古をしており、更にルパン三世の登場人物『石川五ェ門』に憧れるという偏った武士道精神を持つ、しかも一度思い込んだらそれが仮に間違っててもポリシーを簡単には曲げないという非常にメンドクサイ男なのだ、しかし剣道に使う竹刀を持ち歩くならまだ分かるが、なんで重い木刀なんだろう。そういや少し前、家の脇に立つ電柱を唐突に木刀で叩きはじめ、終いには木刀を割ってしまっていたなぁ。よっぽど電柱が憎らしかったのだろうか?それともヤツは斬鉄剣(※7)でコンクリートの電柱を真っ二つに斬ることでも夢想していたんだろうか、そんなわけで今持つクニオの木刀は実は2本目なのである。
ユーイチとクニオ、この二人はある意味では似たもの同士だがその性分は火と水、いやいや火と油だな、大爆発しそうで物騒だ、ヘタをすると巻き添えを喰らいかねない、なにより自爆誘爆ご用心な二人なのだ。
オレとヒロツン、そしてヤッチャンは互いに(この二人を止めて)と目くばせしあった、…もう日が落ちるよ帰ろうよ。

・・act:7 【真夏の死闘編】に続く

【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。

【解説】
(※1)私の父は、生前は地方紙の新聞記者をしていた。この時代はFAXもインターネットもなく、取材で撮影したフィルムを写真館で現像してもらい、原稿と一緒に国鉄の木原線で千葉市の本社まで送っていた。
(※2)昭和後期の頃までは、千葉県の外房での海水浴は夏のレジャーとして人気が高く、毎年夏になると本文の通りに町の中心を抜ける(旧)国道297号線で物凄い渋滞が巻き起こっていた。この毎年恒例の渋滞は、昭和56年(1981年)、町の中心から離れた船子原古戦場址にバイパスが開通したことで解消される。しかしその後、町の中心地は徐々に衰退していくことになった。
(※3)この時代は漫画の『サーキットの狼』の影響もあり、世はまさにスーパーカーブーム、文中のロータス・ヨーロッパをはじめ、ランボルギーニ・カウンタック、フェラーリ512BBなど、チビッ子たちは皆スーパーカーに憧れた。余談ではあるが、当時私が在籍していた会社で、私の部下だった元タイヤメーカー社員に聞いた話では『スポーツカーは存在しない、何故なら車がスポーツするわけないから』『スーパーカーという呼び名は存在しない、あれはバカ車だ』と‥、中々名言だったので今の今まで覚えている。
(※4)その当時はコンビニもなかったので、渋滞に嵌るとドライバーさんたちは色々と大変だったのだろう、でもお陰で随分お駄賃を貰えた。もちろん親には内緒である。
(※5)キラービー対策にならないかということで、日本のオオスズメバチを導入したアメリカ合衆国の研究が過去に行われているが、結果はどうやらキラービーを想定以上に殲滅してしまったようで、これでは元々のアメリカ本土の生態系を破壊しかねないと導入は中止になったようだ。その後どうやって持ち込まれたのかは不明ながら、近年のアメリカ本土で日本のオオスズメバチが繁殖しつつあるようで色々と問題になっているという。しかし一見無双のオオスズメバチだが、実はオニヤンマという上位捕食者がいるので、これを大量に放つなどが良いのかもしれない。とはいえオニヤンマの飼育はかなり大変だと思われるが・・。
(※6)匍匐前進(ほふくぜんしん)とは、兵隊が敵に見つかりにくく、弾も当たりにくくするため地面にうつぶせになり、主に肘や膝を使って、じわじわと前進することである。コンバットというアメリカのドラマが大好きだった私らしい戦術である。
(※7)漫画ルパン三世の登場人物のひとりで、古の大泥棒石川五右衛門を先祖に持つ剣士、石川五ェ門が持つ、鋼鉄をも斬りさく仕込み刀の名称である。

大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)

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