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カフェ・ソスペーゾ【後編】

ソフィアはアンドレアの話を静かに聞いていた。どこまで続くとも分からぬ戦争に心を痛めていた。辛く悲しい体験をしてきた人が目の前にいる…ソフィアは神妙な面持ちで聞き入った。

終戦後、アンドレアは無事に帰還した。心待ちにしていたマーラを強く抱きしめ、子供達と一緒に再会の喜びを分かち合った。戦場では味わえない人の温もりがそこにはあった。
長く苦しい時代が終わったのだ。
これからは希望を持って生活ができるとアンドレアは心中穏やかだった。
しかし、働き口に困った。ぶどう農園は荒らされ、また一からやり直さなければならなかった。収穫までに何年かかるのだろう…

『俺にできる事は何だ?家族を守るために何ができるのか?』
その言葉が頭から離れない。戦争で何もかも荒らされ、焼き尽くされ、食べ物もない日が何日も続いた。
アンドレアは、ぶどう農園に一本だけ奇跡的に残った大樹の下で悩んでいた。考えたあげく、土地を半分手放し何か商売をしようと決断した。希望を胸にこれからの事を考えた。
「そうだ! カフェを始めよう。渇いた喉を潤し、みんなが集える場所を作ろう」

そんな矢先、夜から集中豪雨が町を襲った。嫌な雨だった。夜明けと共に雨は上がったが、近くを流れる川は増水していた。

翌朝、マーラと子供達が川岸を散歩していた。前日の雨で道はぬかるんでいる。すると突然、マーラが足を滑らせた。
栄養失調、3人の子育て、戦争への消えることのない恐怖、精神は極限状態でフラフラだったのだ。
抱きかかえていたマティをとっさに離して、川の流れの速さに引きずり込まれるように流された。7歳の双子の兄弟はなすすべもなく、叫ぶことしかできなかった。
あっという間の出来事だった。

数時間後、下流でマーラの遺体が発見された……
 
アンドレアは天を仰ぎ、3人の子供達をぎゅっと抱きしめた。
マーラの亡骸は、ぶどう農園の小高い丘にある大樹の下に葬った。そこはアンドレアがマーラにプロポーズをした場所だった。
言い知れぬ怒りをどこにもぶつけられず、それを心の奥底に閉まった…

「今の世の中は、人々の辛く悲しい体験の上に成り立っているんだ。それを忘れてはいけないよ。今ある生活を大事にし、我が子を慈しみながら生きるんだ。だから今生きている私達は、もう二度と戦争を起こしてはいけないのだよ」

そう言うとアンドレアはソフィアに 
” 後ろを見てごらん ” というジェスチャーを人差し指でした。
その窓辺から見える景色は、小高い丘に一本の大樹があるのが見えた。

来週につづく・・・

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