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[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 四章 2話 愛おしい足手まとい
2話 愛おしい足手まとい
すんでのところでたすけられ、安堵の表情をみせていたミオだが、心の内はまったく反対だった。
争っているときの苦悶の唸り声や苦しげな息遣い。
スチール製の白杖が特殊警棒をはじいたときの空気を裂く金属音。
それらが公園を出てからも、ずっと耳の奥で再生され続けていた。
アイスに押さえつけられたスーツの男がなお抵抗していたら、アイスはあのまま……
グウィンやアイスが護
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 四章 1話 代償には足りない
1話 代償には足りない
津坂彩乃が高須賀彩乃になったのは、夫となる男に押し切られた弱さからからでもある。
姓は変えたくなかった。独立を視野に入れ、インテリアデザイナーとして経験を積んでいた。名前が変わることは、これまでの実績や、やっとつかんだ顧客にも影響し、最悪失うことになりかねなかった。
「男のほうが変わると婿養子の偏見でみられて大変なんだ。それに生まれた子どもだって、お母さんの名前じゃ混
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 三章 4話 追いかける背中
4話 追いかける背中
アイスとの対決を避けた十二村は、<ABP倉庫>に戻るなり浅野の出迎えをうけた。
顔を見れば何を言いたいのかわかる。それでも皮肉と嫌味をたっぷりまぶした苦言を黙って浴び続けた。
言いたいことは全部言わせてやったほうが、あとあとマシだ。最後まで付き合うつもりでいたが、暖簾に腕押しな反応に飽きたか。舌打ちを残して、浅野のほうから離れていった。
十二村に近づいてくる者はいな
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 三章 3話 本は表紙で判断できない
3話 本は表紙で判断できない
ミオはグウィンをベンチに誘導した。
「気休め程度だけど、杖の汚れ拭いとくね」
雨上がりの公園に転がった白杖に土汚れがついていた。
「いいよ。どうせ、あたしの手も汚れてる。帰ってからきれいにするよ」
「ううん、わたしがしたい……ごめん。ポケットティッシュ落としたみたい」
こういうときのために<ゲストハウス・ファースト>の広告が大きく入ったティッシュでもとってお
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 三章 2話 ルビコン川を渡れ
2話 ルビコン川を渡れ
白杖持ちのくせに大口を叩くだけはある。
浅野は、自分が手を出すまでもなく終わると思っていた。が、白杖がふたつに分かれたところで厭な予感に襲われた。こういった場面への用意があるということは、ケンカ慣れしているか、暴力で稼いでいたことがあるか。
予測は正解だというように、素人でも新人でもない部下が一〇秒もたずに倒された。人質に使える高須賀未央までもが、俊敏にこちらとの距
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 三章 1話 白のエスクリマ《武術》
1話 白のエスクリマ
ビジネス街にある夜の公園は、バラ園も見頃をすぎて訪れる人はいない。
ミオの周囲に人影はなかった。
夜になって気温は落ち着いてきたが、湿度が高いままだ。ベンチに座っていても肌が汗でじっとりしている。それでもミオは動こうとせず、目の前にあるビルを眺めていた。
アイスの部屋を出たあと、ミオは<ゲストハウス・ファースト>のラウンジスペースに入った。ひとりで過ごすには、ここ
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 二章 5話 子どもでいさせないくせに
5話 子どもでいさせないくせに
シャワーとトイレが一緒というより、トイレのおまけにシャワーがついているといった方がしっくりくる。
ミオはゆっくりする気になれず、最短の時間でシャワーをすませた。
ドア前の、これまた狭いスペースで急いで服を着る。同性とはいえ、会って間もない人たちのそばで裸でいるのは落ち着かなかった。
汚れた服を簡単にたたんでまとめておく。フロントにもらったポケットティッシュ
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 二章 4話 ホントとウソと本心と
4話 ホントとウソと本心と
マンションというより複合ビルになっている<美園マンション>には、多くのゲストハウスが入っていた。
低価格が基本で、部屋の広さに応じて一般ホテルのバジェットクラスから、その半額以下の部屋まで幅がある。上層階ほど宿泊料金は高く、下の階にいくほど料金控えめ、黒いGの出現率も比例して増えた。
いちばん安い部屋なら、夕食を外食した程度の価格で宿泊できる。トイレやシャワーが
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 二章 3話 グウィンに憑いた幽霊
3話 グウィンに憑いた幽霊
「あとで手持ちの紙幣を折ってくれない? 札の額ごとに折り方を変えて区別してるんだ。手触りでも判別できるんだけど、支払いに時間が掛かっちゃうから」
「そんなことでいいの? いつだって手伝うよ」
グウィンに返す借りは、ミオにとっては簡単なことだった。というか、手触りで札が判別できるグウィンがすごい……。
こうして話している間もずっと、ジェラートパンをはさんだ店員と客の
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 二章 2話 「大変」の基準
2話 「大変」の基準
稀有の出来事だ。
上りのエレベータに乗っていたグウィン・サントス・バウティスタは、胸中で驚いていた。
六階にとまると、ぎゅう詰めだった箱から人がどっと降りていった。残っているのはグウィンのほかに一人だけ。<美園マンション>にはよく来ているが、エレベーターを二人で使うなど初めてだった。
美園の三階より上階には、安いゲストハウスがひしめいている。格安のぶん、部屋は狭い。
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 二章 1話 密売所じゃありません
1話 密売所じゃありません
多種多様な飲食店にアミューズメント施設、老舗の個人商店から大型量販店まで集まったこのエリアの繁華街は、買い物客や観光客も押し寄せ、終日、雑多なにぎわいをみせている。
近隣の大型百貨店から流れてくる人にかわって、一日の労働を終えた勤め人たちが増えてくる夕刻すぎ、混雑密度はさらにあがっていた。
派手な看板がならぶ通りをアイスはミオを伴って歩く。
アルコールで早くも
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 一章 5話 ハードカバーは役に立つ
5話 ハードカバーは役に立つ
一太は、怜佳と高須賀未央の出迎えをディオゴに申し出た。
しかし一任されたのは佐藤アインスレーだった。ディオゴにいまだ認めてもらえない苛立ちがわいたと同時に、やはりと納得するところもあった。
アイスのことは、物心ついた頃から知っていた。
ディオゴの手下の中には、いかにもな強面や、厳つい男たちがいくらでもいる。それらをおさえて、近所のスーパーで見かける主婦と同じ
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 一章 4話 物騒な女子会
4話 物騒な女子会
アイスは対面するソファに腰をおろした。怜佳との気持ちの距離が縮まったわけではなく、単に左足がつらくなってきたから。
そして主導権を握らせる気もない。話をずらした。
「ディオゴはいちおうでも、あなたの夫だよね。窮地に陥れていいの?」
「好きになって結婚したわけじゃない。ディオゴへの思いなんて最初からないから、浮気して息子までつくったってわかっても、言うことはなかった。わたし
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 一章 3話 こっちの水は甘い
3話 こっちの水は甘い
長く使った建物は、愛着もそれなりに大きくなる。
そうはいっても、麻生嶋怜佳のもうひとつの家といえる<オーシロ運送>社屋は、廃墟の二歩手前といってよかった。
波型スレートの外壁や屋根はすっかり色があせ、紫外線で劣化した看板は、社名がぼやけてしまっている。内部も外観と同じく、埃と汚れが厚く染み込んでいた。
事務所は殺風景かつ簡素につき、デスクやイスは予算不足の役所のフ
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 一章 2話 その仕事、業務範囲外
2話 その仕事、業務範囲外
ほとんど自宅と化した安いゲストハウスで、アイスは朝を迎えた。
朝食の定番は、買い置きしておいたパンと豆乳。時間に余裕がある日は、階下のフードコートまで下りる。オフのこの日は、グリーンカレーヌードルをテイクアウトしてきた。
食後は新聞を斜め読みしながらインスタントコーヒを飲むのも習慣になっている。ベッドだけでスペースがほぼ埋まる狭い宿泊部屋で、ドリップコーヒーなど
[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 一章 1話 逃走は女の子をつれて
1話 逃走は女の子をつれて
佐藤アインスレーの容姿で目立つところといえば、平均より少し高い身長ぐらいしかない。略名の「アイス」からアイスクリームを連想する者もいたが、ふくよかな体型というわけでもなかった。
アイスがまだ十代の頃、北欧系の血が混じっていると、遠い親戚筋から聞いたことがある。あやふやなのは、両親そろって不明のうえに、ご先祖などアイスにとって、どうでもいいことであるからだ。その親戚