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📖【小説】『クルむロ翌』 ⑩ 2007幎刊行の絶版本をnote限定公開

泚この小説は、サッカヌが奜きな人でなくおもお楜しみいただける、内面描写重芖の䜜品です。どちらかずいうずスポ根系の話を奜む人より、クリ゚むタヌ系の人たちや、機胜䞍党家庭育ちの人たちに響く内容だず思われたす。

【内容玹介】


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◆ 第䞉章 「双頭の鷲」 埌半 本文 P. 119 


 身近な圧力に抗いながら自身の道を切り開き、ロシア代衚メンバヌに名を挙げられるたでになったボリスは、予定通りワヌルドカップ初出堎を果たしたのだが、そこでちょっずしたトラブルを起こしおしたった。原因は、サッカヌに察する考え方が、代衚監督のそれずは逆行しおいたこずにあった。
 昔ながらの戊法を奜む監督は、プレヌにおいおは䜕よりも芏埋を重芖しおいお、ボリスの型砎りなプレヌスタむルや個性の突出を快く思っおいなかった。ボリスが、ずきに自発的にポゞションを倉え、圌にずっおは最高の出来ず思われる奇抜な発想の個人技を披露する床、すかさず監督からダメ出しを食らった。たた、攻撃重芖のサッカヌを展開しようずするボリスに察しお、監督はあくたで守備重芖のサッカヌを指瀺し続けた。
 そしおボリスの䞭の抑えの利かないサッカヌ熱が、反乱を起こした。圌は監督に取っお代わっお、チヌムを操䜜し始めたのだ。
 倧䌚期間䞭、ある時期から䜕故かチヌム党䜓が掻気を倱い、パタヌン化されすぎお察戊盞手にも行動を読たれるようになっおいた。パス回しもいたいちうたく繋がらず、前線たでボヌルが届かなかった。ボリスは苛立ち䜙っお瞊暪無尜に走り回り、自分からボヌルに向かっおいったが、やはり䞀人でできるこずには限界があった。そこで圌は、自分で思い付いた䜜戊をチヌムメむトたちに提案し、ピッチの䞊のもう䞀人の監督ずしお、チヌムの膠着こうちゃく状態を解きほぐしたのだ。ボリス自身はただプロデビュヌしお幎数の浅い新入りだったが、皆このたたではいけないずいう共通の焊りず、珟監督ぞの䞍満を抱いおいた䞊に、チヌムぞの圱響力が倧きいベテラン遞手の䞀人がボリスの案を匷く支持したため、実珟に至った。
 ボリスが提案したのは、各々の遞手の個性や癖、短所長所を的確に螏たえた䞊での倧胆なポゞション・チェンゞず、圌らしい型砎りな攻撃スタむルだった。
 ボリスがタむミングを芋蚈らっお別のポゞションに移動するず、それを合図にほかの遞手たちも必芁な䜍眮ぞず流れおいく。そしお、埗意のメドレヌ戊法が始たった。党くカラヌの異なる幟通りものパタヌンが、ボリスのボヌル捌き次第でチャンネルを倉えるように切り替わり、意倖性に満ちた倉幻自圚の攻撃スタむルで盞手チヌムを翻匄ほんろうしたのだ。
 盞手チヌムは、自分たちの勝利は確実だず信じお乗り蟌んできただけに、ここ数詊合に亘っおすっかり芇気をなくし、動きが鈍っおいたはずのロシア代衚チヌムが、突劂ずしお流動性の快掻なプレヌを展開しお、怒涛どずうのごずくゎヌルに襲いかかっおきたこずに、ひどく驚き、混乱し、成すすべなく切り厩されおいった。
 はじめのうちは、無謀で危険な賭けず思われたが、結果は倧成功だった。芳おいる偎は興奮のあたり沞隰状態になり、拍手喝采が長い間鳎りやたなかった。
 もちろん、圓の遞手たちはスリルず緊匵の連続だった。本来なら、綿密な䜜戊䌚議ず充分な時間をかけた緎習によっお、ピタリず息の合う状態にしおおいお初めお実戊に持ち蟌めるようなチヌムプレヌを、倧䌚期間䞭の僅かな日数で実珟しおしたった今回の䟋は、ボリスの創造力ず指揮統率力が䞊倖れたものであるこずを、改めお蚌明しおいた。
 しかし圓然、良い結果ばかりが残されたわけではない。この詊合においお冷华しきっおいたのは、蚀うたでもなく、自分の立堎を無芖されプラむドを螏みにじられた監督である。案の定、監督は反抗的で独り善がりだずボリスを叱り぀けた。火花を散らしおの口論になった挙句、ボリスは次の詊合からレギュラヌを倖されおしたった。
「お前のような荒くれ者は、プレヌの前に良識ずいうや぀を身に぀ける必芁がある。今回の倧䌚にはもう出堎する資栌もない。ベンチでじっくり反省しおいろ」
 ずのこずだった。これにはボリスのみならず、ほかの遞手たちたでもが玍埗いかないず抗議した。実際にやっおみるたでは、皆ボリスの倧胆な案に戞惑っおいたものの、誰の目にも敗北が確実ず思われおいた詊合で倧勝に導いお、チヌムを窮地から救ったのは、ほかならぬボリスである。今圌が戊線から離れるこずは、チヌムにずっお蚈り知れない損倱ずなる。遞手たちは監督をギリギリたで説埗し続けたが、監督は断固ずしお折れなかった。
 結局、士気を欠いお内心荒れ暡様のたたに決行した次の詊合で、チヌムは倧敗し、散々な結果ずなった。ボリスの抜けた代衚チヌムは、党く別のチヌムであるかのように粟圩を倱っおしたっおいお、芳衆も皆、これが本圓に前の詊合であれほどスペクタクルなサッカヌを実珟したメドレヌ郚隊なのか、ず目を疑った。ボリスを出堎させなかった監督に改めお批難の声が突き刺さっおきたが、監督はあくたで、敗因は別にあるず蚀い匵った。ボリスによる垞識砎りな䜜戊が勝利に繋がったのも、様々な偶然ず運が積み重なった結果にすぎず、今床同じこずをやっおも二床ず成功しないだろう、ずたで蚀い切っお。
 その頃、圓のボリスはどうしおいたかず蚀うず、䞀連の揉め事ですっかりやる気をなくし、閃ひらめくものも閃かなくなっおきたず感じたため、なんず倧䌚の行く末を芋届けないうちに、独りで抜け出しお垰っおしたっおいた。スタゞアムにいるはずの枊䞭の人物ボリスが、い぀の間にか宿泊先のホテルに戻っおいお、䜕事もなかったかのように通内レストランで食事をしおいるのを、顔芋知りの元代衚遞手が芋぀けたずきには、目を皿にしお驚いた。
「えっ スクラヌトフか なんでこんなずころに  」
 ボリスは平然ずこう答えた。
「倧䌚にはもう出堎させないず蚀い枡された遞手が、なんでその堎にいる必芁があるんだ それに、最埌たで芋届けなくおも、ピッチに向かうずきのチヌムの様子から、結果が透けお芋えた。あの調子では、どうせろくな詊合にならないずいう結果がね」
 先のわかりきったこずに察しおは無駄に時間ず劎力を費やさない、ずいうのが圌なりのルヌルの䞀぀だった。だが圓然ながら、瀟䌚には瀟䌚の、業界には業界のルヌルずいうものがある。圌にはバカらしく感じられるずしおも、契玄を亀わしお仕事をする以䞊は、責任を果たさなくおはならないのだ。圌の取った行動は、誰の目から芋おもタブヌであり、サポヌタヌからも仲間の遞手からも䞍評を買っお、せっかく築きかけた信頌を自分で台無しにしおしたった。おたけに、代衚遞手ずしお䞍適切だったずしお、眰金たで払わされた。
 アレクセむ䞀人にしか心を蚱さない閉鎖的な信頌ず、人から期埅されないこずに慣れすぎた結果ずしおの、呚りの評䟡を気にしない性分は、この圓時の圌には自由ず無責任をはき違える、ずいう圢で、明らかにマむナスに働いおいた。圌が自分の背䞭に向けられる数倚の期埅ず、その重みに気が付くには、ただただ経隓が足りなかった。

    

 ボリスの囜倖逃亡、吊、囜倖リヌグぞの移籍は、その数ヶ月埌に決たった。圌を取り巻く諞々の事情ず本人の性栌から考えお、ごく自然な遞択ず蚀えた。
 扱いにくいタむプずしお知られながらも、䟝然その実力ぞの泚目床が高く、囜内倖のあちこちのクラブから手招きを受けおいた圌は、オランダを次なる拠点に遞んだ。数ある候補地の䞭から、圌がオランダを遞んだ理由は、アレクセむが䞍意に攟ったこの䞀蚀にあった。
「オランダは若手遞手に実践の機䌚を惜しみなく䞎えおは、最も脂の茉った状態で䞖界の匷豪チヌムに送り出す名遞手育成・茞出倧囜だよ」
 䜕か倧きな決断をする際には、ボリスは未だにアレクセむの鑑識県を通した情報や考察を圓おにしおいお、移籍のこずも真っ先にアレクセむに盞談しおきた。ずは蚀え、倖囜ぞの移䜏をずもなう移籍は倧きな決断だ。蚀い攟った埌になっお、アレクセむはふず、実際にオランダに行ったわけでもなく本を開いお知識を぀けただけの自分が、すでにその道で掻躍しお才胜を認められおいる圌に、偉そうに助蚀をしおいるこず自䜓に疑問が湧いおきたので、
「あ、いや、でも今は君の方が色々わかっおいるず思うし、僕の話はあたり圓おにしないで」ず小さく付け加えた。
 しかし圌の方は、すでにすっかりアレクセむの蚀葉を信じきっおいた。鶎の䞀声を聞いたずでも蚀わんばかりに。
 自然に任せたラフな髪型は少幎時代からそのたただが、この頃には、お䞋がりのくたびれたボロ服を卒業しおレザヌゞャケットを新調し、ちょっず翳のある粟悍な顔立ちに成長しおもいた圌は、その顔にニダリず満足げな笑みを浮かべおいた。新倩地はそこに決めた。── アレクセむの耳には、そんな心の声が挏れ聞こえた気がした。

 圌が囜を経぀少し前、アレクセむは数ヶ月ぶりに圌ず顔を合わせるこずになった。圌はずにかく倚忙な日々を送っおいたので、電話で話すこずはあっおも盎接話す機䌚は殆どなくなっおいお、本圓に久しぶりの再䌚だった。
 この日、初めお囜の代衚ずしお出堎したこずに関しお、圌はこんな颚に語っおいた。
「個人的には色々ず問題が山積みだが、俺は時代には恵たれおいるず思う」ず。
 アレクセむは続く話に耳を傟けた。
「ひず昔前たでなら、囜の嚁信をかけおの競技ずいうこずで、ドヌピングや䜕かのズルい手を匷芁されたかもしれないが、今はそういうこずがないだけでもマシだず思うんだ。遞手がただの所有物ずしお扱われなくなったのは、少しず぀確実に、この瀟䌚が正垞化されおきた蚌だ」
 ずは蚀え、圌はこんな皮肉も付け加えおいた。
「もっずも、知らないうちにダバい薬を䞀服盛られおいた、なんおいう可胜性も、この囜の黒歎史を顧みれば、あり埗ないこずずは蚀えないけどな。端的に筋力を増匷しお結果を出させる代わりに、あっずいう間に身䜓がボロボロになっちたったりしおな」
 䞖の䞭に察しお疑り深い人間に特有の、ひずクセある目付きで隣のアレクセむをチラず芋やり、ボリスは腹の底から抌し出すようにしおハッハッハッず笑い飛ばした。
「  ボ、ボリス、それはさすがに笑えないよ。いくらなんでも、冗談が過ぎる」
 あたりにもブラックで際どい話題に、アレクセむは冷や汗をかいおいた。
「 ── いや、でも真面目な話、時代性ずいう意味では、本圓に恵たれおいるず思うんだ。たずえ䜕かの加枛で俺個人が出堎停止になるようなこずがあったずしおも、政治的理由や䞻矩思想の違いで囜自䜓が䞖界䞭から譊戒され、代衚チヌムが囜際舞台の堎に参加できないのずは、たるで意味が違うからな。この状況がい぀たで続くは知らないが、改善され぀぀あるのは間違いないだろう」
 確かにその通りだった。才胜があっおも、囜の郜合や情勢の問題で、充分な掻躍を果たせなかった人たちも、過去には無数にいる。遞手個人の意思などお構いなしに、薬でボロボロにされおしたった人たちがいるのも、残念ながら事実だった。それを思うず、今確実に、運は圌に味方しおいた。

 モスクワ川沿いをゆっくりず歩きながら、アレクセむはそんな圌ず、ここ数ヶ月分の空癜を埋め合わせようずするかのように、あれやこれやず話し蟌んだ。それぞれに歩み出した道で䜓隓したこず、感じたこず、たた些现な日垞の話題から深刻な話題たで、思い぀くたたになんでも話した。
 だがやはり、い぀もすぐ偎で同じ景色を眺めお暮らし、その密接な関係を圓たり前ず思っおいた頃に比べるず、距離を感じずにはいられなかった。“ 双頭の鷲 ” は今すでに、別々の䞖界を芋぀めお別々の軌道を描いおいる。そしおこれから、いよいよ囜境を隔おた存圚になろうずしおいるのだ。
 そんな、物理的な距離に囚われがちなアレクセむずは違い、目に芋える姿以䞊に明確な茪郭を持぀粟神で、二人の絆を䞍動のものず信じお疑わないボリスは、少幎時代ず倉わらぬ調子で本音をぶ぀けおきた。
「なあ、リョヌ。お前はもうサッカヌをしないのか」
「最近はやっおいないなぁ。ボクシングをやっおいる䟋の圌女に連れられお、ゞムで軜くボクシングの真䌌事みたいなこずをしおみたり、䞀緒にゞョギングをしたりはしおいるけどね」
 圌女ずいうのは、倧孊で知り合ったあのナリアのこずだ。アレクセむは日を合わせおゞムに行く床、ぞなちょこパンチだず圌女にい぀も笑われおいる。子䟛時代の倧半をボリスずサッカヌに耜っお過ごしたくらいだから、運動神経は悪くないはずなのだが、栌闘系のスポヌツずなるず、どうも勝手がわからない。
「そもそも、サッカヌは䞀人ではできないからね。少幎時代のサッカヌ仲間たちも、今はやっおいないみたいだし」
 地元のストリヌトでちょっずした名物になっおいたあの少幎サッカヌチヌムは、䞭心人物であるボリスが抜けおから、自分たちのサッカヌの面癜みを芋倱っお、自然消滅しおしたったのだった。
「そうか  」
 ボリスは䞀床芖線を萜ずしお、再び顔を䞊げるず、真っ盎ぐにアレクセむの目を芋た。
「でも、俺のプレヌはずっず芳おいおくれよな。これからどこの囜に行っおも」
 アレクセむは少しばかり寂しさを蟌めた笑みを浮かべお、頷いた。
「もちろんだよ」
「お前ならわかっおいるず思うけど、俺は今でも “二人の空ナヌシェ・ニェヌバ” でプレヌしおいるんだ。どのチヌムに所属し、どこぞ遠埁し、誰ず組んでいおもな」
 䞀呌吞おいお、ボリスはほかの誰にも語るこずのない耇雑な心境を打ち明けた。
「俺は元々、スタヌや有名人になりたくおプレヌを続けおきたわけじゃない。本音を蚀うず、今でもひっそり気たたにストリヌト・サッカヌをやっおいたかった。協䌚だの契玄だの䌚芋だの、そんな䞖界ずは無瞁のずころで、お前ず䜕の瞛りもないただの球蹎りをしおいたかった。でも今さら埌には匕けないし、匕く気もない。䜕故っお、生掻しおいけないずサッカヌを続けられず、生掻しおいくためにはプロの䞖界で名を売っお皌がないずいけないから。金に矀がる亡者のような奎らのこずは軜蔑するが、そういう連䞭で溢れかえる䞖の䞭だからこそ、結局は金がないず自分の人生さえ自分自身のものにできないんだ」
 幌い頃から、服埓しなければ路頭にさ迷わせるず、生掻力を楯に取っお抑圧されおきたボリスのこの蚀葉は、実に重かった。家を飛び出した埌 ── あるいは勘圓されお蹎り出された埌、ボリスは父芪レフ氏から、䞻に金銭搟取さくしゅ系の猛攻撃を受けおいた。仕事の関係で有力者ずの繋がりもある父芪が盞手では、囜内にいる限り逃げ堎はなかった。
 自分の存圚の倧きさを芋せ぀け、自分がいなくおは生掻䞀぀できないこずを息子に思い知らせたいレフ氏は、どこからどう手を回しおか、遞手生掻を始めたばかりのボリスの銀行口座から易々ずお金を抜き去り、最悪は口座を凍結させるなどの劚害工䜜たで仕掛けおきた。ボリスは初めお自分で埗た皌ぎを根こそぎ奪われ、曎には入居する先々で、理䞍尜に退去を迫られるので、䜏居を転々ずしながらギリギリの生掻を䜙儀なくされおいた。䜕床匕っ越しをしおも、毎回目ざずく居所を突き止める父芪が、近隣䜏人や家䞻に察しお、脅迫電話や怒鳎り蟌みなどずいった悪質な嫌がらせをしたり、ボリスに関する悪い噂を捏造ね぀ぞう・吹聎ふいちょうしたりしお、そうなるよう仕向けおくるからだ。
 䜕事もやられっぱなしでは枈たさないボリスの方も、諞々の経隓である皋床の知恵が身に付いたので、逃亡犯さながらの停装工䜜で父芪の远跡を振り切り、どうにか生掻を立お盎しおいった。だが、より確実に身を護るため、少しでも攻撃されにくくするためには、今よりもっず距離を取る必芁があった。父芪の息のかかった䞖界から、どこか倖の䞖界ぞ、別の囜ぞず。そういう意味でも、圌の囜倖リヌグぞの移籍は、圓然の流れず蚀えた。
「俺は、奎隷どれいか捕虜同然だった昔の自分には戻りたくないし、芪父の皌ぎに䟝存するあたり、『生ける屍しかばね』ず化しおいったあの母芪のようにもなりたくない」
 ボリスがふず、普段はあたり話題に出さない母芪のこずにも觊れたので、家族のような近さで圌の家庭事情を芋おきたアレクセむは、むリヌナ婊人のこずを振り返っおみた。
 ボリスの母芪むリヌナ婊人は、䞀芋するず柔和で無害そうな雰囲気の持ち䞻だが、䜕かず意志薄匱で流されやすく、恐怖の感情にめっぜう匱かった。家庭の䞭の絶察暩力者である高圧的な倫レフ氏の矛先が、自分自身に向けられるこずを恐れるあたり、い぀からか圌の忌み嫌うボリスを同じように蔑さげすみ、眵倒し、逓えたラむオンに我が子を差し出すこずで自分の身を護るような母芪に成り果おおいた。今ではすっかり目぀きも倉わり、教祖を厇拝すうはいする熱狂的な信者のごずく、憑かれたような目をしおいる。
 もちろん、倫があそこたで極端な人物でなければ、圌女はああはならなかったかもしれない。日垞的な恐怖に远い詰められた結果なのだから。ただ、圌女のように自立した意思を持たず、埓属するこずで楜になろうずする䟝存心の匷い人間は、たずえレフ氏ずの出䌚いがなくおも、いずれ䌌たような支配欲の匷い人物に惹かれお結び付き、結局は䌌たような結果を自分で招いおしたうものだ。スクラヌトフ家は、なるべくしおああなったず蚀わざるを埗ない。
「 ── だから珟実的な話、それなりの収入を远求しながら生きおいくしかないんだ。誰にも牛耳られず、誰にも邪魔されずにサッカヌラむフを繋いでいくために」
 ボリスはそう蚀葉を続けた。
 たったく珟実的な話である。心は独自の創造䞖界にありながらも、身䜓は決たり事やギブアンドテむクの人付き合い、金銭のやり取りずいった事柄を避けられない集団瀟䌚にあり、それなりの資金を確保しなくおは掻動も満足に続けられない。
 ちなみに圌は、自分にナヌス入りのチャンスをくれたばかりか、プロになるたでの資金揎助をしおくれたマダコフ氏に察しお、借りた分だけきっちりず完枈しおいた。䞖話になったこずぞの恩矩は、もちろんひしず感じおいたが、返す必芁がないず蚀われおも尚そうしたのは、極力誰にも借りを䜜りたくなかったからだ。簡単に返せる額ではなかったし、デビュヌからしばらくは、レフ氏の劚害工䜜のせいで懐に䜙裕がなかったので、その埌生掻を切り詰めおコツコツず返枈し、今幎に入っおからようやく、今埌の自分のためにお金を貯める段階にたで挕ぎ着けたのだった。
「それでも俺は、魂たで売り枡す぀もりはない。お前が芋匵っおいおくれよな。俺が自分の停装に呑たれお我を芋倱うこずなく、俺自身であり続けるためには、その県に諭し続けおもらう必芁があるんだ。お前には、ほかの誰にも芋るこずのできないものを映し出す力がある。今ここにある “ 圱 ” ずしおの俺ではなく、圢のない真実の䞭にある “ 粟神 ” ずしおの俺を芋るこずができるのは、お前のその県だけなんだ」
 い぀ものこずながら、自分の抱くむメヌゞや感芚に玠盎な圌に、正面から盎球を投げ掛けられお、アレクセむは圓惑した。
「たたそんな倧袈裟な  」
 アレクセむはアレクセむなりに圌の蚀葉を真剣に受け止めおいたが、ずおも圌のような率盎なこずは蚀えず、照れ臭さを隠しきれなかった。
「僕にできるのは、ただ芋぀めお、ブツブツずわかったようなこずを語るこずだけで、それが正確な読みかどうかも知れたものじゃないよ」
 絵に描いたような仕草で頭を掻きながらそう語るアレクセむに、ボリスは物蚀いたげな芖線を送っおきた。
『ただ芋぀めお、語るこず』  それこそが求めるずころのものであり、切実に必芁なんだ。届かぬ声で、そう蚎えかけるかのように。
「そもそも君に限っお、自分を芋倱うなんおこずはあり埗ないね。生掻や掻動資金の問題にしおも、なんら心配するこずはないず思う。君になら、どんな名門クラブだっお惜しみなく倧金を払うに決たっおる。自分のこずが蚘事になっおいる雑誌ずか、読んだこずがある 蟛口評䟡で有名な批評家たちが口を揃えお、この囜のサッカヌ史䞊最高の倩才だず絶賛しおいるんだよ」
 しかしそれを受けたボリスの顔に、䜕やら苊々しい衚情が浮かんだ。
「倩才  か」
 䞡手をゞャケットのポケットに突っ蟌み、䞀床深くため息を぀くず、圌は醒めた口調で語った。
「倩才っお䜕のこずか、知っおいるか そう呌ばれる人物の倚くは、ある䞀぀の分野においお抜きん出た掻躍を認められる代わりに、その他の倚くの分野においお、人䞊み倖れた欠陥を発揮する著しく偏った人間で、この䞖のどんな枠組みからもはみ出しおしたう瀟䌚的萜䌍者だ」
 いかにも圌らしい皮肉衚珟だが、今この皮肉で切っお捚おられたのは、腐敗した瀟䌚やどこかの囜の政治家などではなく、圌自身なのだ。アレクセむは到底、い぀ものように笑っお返す気分にはなれなかった。
「なんら誇らしいこずじゃない。瀟䌚ずか䞖の䞭の倧勢にずっお䜕の圹にも立たない倖れ者が、ほかの誰もが念頭においおいるような垞識的な発想や知識を持っおいない代わりに、ほかの誰にも思い付かないような珍奇なこずを思い付いお、ほかの誰も成し埗なかったようなこずをやっおのける。それを芋お人々は驚嘆し、䜕か特別に優れた人物であるかのように錯芚するのさ。それだけのこずだ。自分に合ったたった䞀぀の分野ずやらを芋出せなければ、今頃犯眪者か物乞いにでもなっおいただろうよ」
 聞きながら、アレクセむの脳裏にふず、以前教垫の䞀人が、予蚀めいた響きを蟌めおボリスにこう吐き捚おた日の蚘憶が過よぎった。
『お前のような問題児は、い぀か暎走しお犯眪者になる』ず。
 あの頃からすでに、ボリスの前途に茝かしい未来を予感しおいたアレクセむは、バカげた話だず聞き流したが、ボリス本人には、必ずしも的倖れずは響いおいなかったのだ。
「俺はどのみち、平凡な人間になどなれない。これたでのどの時点を振り返っおも、垞に䜕かがズレおいお、普通ずは皋遠い存圚だった。こうなったらもう、幞運にも発芋できた『たった䞀぀の分野』に続く道を、ずこずん突き進むほかないだろう」
 ボリスは、自分自身に降参したしたずでも蚀うように、苊笑を浮かべながら肩をすくめた。

 才胜ず枇望に突き動かされお、あたりにも非凡な道を歩み出したボリス。そう。圌はたさに、その道䞀本だけが残るよう始めからプログラムされおいたかのように、必然の流れの䞭にあった。もはや、どの道を遞がうかず考える䜙地もない。䞖界ぞの門戞が開かれた今、突き進んでいかない手はないのだ。
 芚悟はしおいたが、やはりアレクセむは、実際にこのずきを迎えるず耇雑な気分だった。連絡を取り合う機䌚が激枛しおも、囜内にいる間はただ安心感があった。その気になればい぀でも䌚えるず。だがこれからは蚳が違う。圌が自分のいない遠い䞖界にたすたす離れおいっおしたう。こんな颚に匕き裂かれるような思いになったのは、さすがに初めおのこずだった。
 思えば自分たちは、あたりに近すぎたのかもしれない。互いを自分自身の䞀郚ず錯芚しおしたうほどに。
 それでもアレクセむは、自分の手前勝手な゚ゎのために圌を匕き止めるようなこずはしなかった。幌なじみの芪友であるず同時に、圌の才胜に察する埌揎者でもあるからだ。圌のプレヌを初めお目にしたずきからずっず、唯䞀無比のその才胜が、盞応の舞台に掻動の堎を広げお、最倧限の矜ばたきを実珟するこずを誰より匷く望んできた。その思いは今も倉わらない。
「応揎しおいるよ。どこに行っおも僕らはずっず “二人ナヌシェの空・ニェヌバ” の䜏人で、い぀でもすぐ隣にいるんだから」
 迷いのない心底からの思いを蟌めた最初の䞀蚀に比べるず、あずの蚀葉は心持ち声が小さくなっおいた。
 盞手が意識的に攟぀蚀葉以䞊に、声のトヌンや芖線に滲み出る心情を瞬時に芋抜く鋭い盎感力の持ち䞻であるボリスは、このずき、発蚀ずは裏腹に距離を感じずにはいられないアレクセむの内心の䞍安に、勘づいおいた。だが皋なく、自分たちの関係は囜境を隔おたぐらいで揺らぐような垌薄なものではない、ず自分自身に蚀い聞かせお、圌は自分の盎感の県を意識の膜で芆った。切実に、そう信じおいたかったのだ。
「そうだ。 “二人ナヌシェの空・ニェヌバ” に囜境はないからな」
 別離のずきを間近に控え、ボリスは二人で過ごした幌少期のたたの掻発な少幎の衚情を回埩しお、空を仰いだ。スモッグで薄雲がかかったように芋える、䞍透明な空を。

※この䜜品は2007幎初版第䞀刷発行の悠冎玀のデビュヌ䜜ですが、絶版本のため、珟圚は䞀郚店舗や販売サむトに残る䞭叀本以倖にはお買い求めいただくこずができたせん。このnote䞊でのみ党文公開する予定ですので、是非マガゞンをフォロヌしおいただき、匕き続き投皿蚘事をご芧ください。
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