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「食べること」と「書くこと」が好きでも、グルメブロガーにはなれない

ぼんやりと考えていることを、支離滅裂に。。

「好きなことを仕事にする」って、耳にたこができるほど聞き古した言葉。みんなが目指していて、でも、どう目指していいか、どうしたら実現できるのかわからない。

このnoteを始めて、毎日文章を書くなんて初めての経験だったし、日記すらつける習慣もなかった私がこんなに文章を書くなんて本当に新鮮な体験をしているけれど、書いてみて初めて、「自分は文章を書くことが好きだ」と気付いた。

でもそれと同時に、書くことさえできれば何でも楽しい、というわけでもないということにも気付いた。たぶん、これは明確なものではないけれど、私の中に「書けるもの(得意なもの)」と「書けないもの(苦手なもの)」の線引きがある。

それを実感するのは、「好きなもの」について書くとき。一番わかりやすいのが、これって超美味しいな!!と感動するほど美味しいものに出会って、それを文章にするとき。日頃考えていることを書く時にはすらすらと書けても、そういうときは「美味しい」以外の言葉が見つからなくて、あれ、4文字で終わってしまう、でもそれじゃあこれがめちゃくちゃ美味しいってことが伝わらない。あれ、こんなにも美味しいと思っているし、それを伝えたいとも思っているのに。。。。と、困る。

食べるのも好き。伝えたいとも思う。書くことも好き。なのにどうして、美味しいということを伝えるために書くことはこんなに難しいのだろうか。

「好き」であることと、それを「表現する」ことはきっと別物。それを組み合わせて出来る人もいるけれど、それは組み合わせることができているだけであって、きっと根本的には、別物なんだと思う。

私にとっての「好き」はきっと、言葉で表現するよりも、行動で表す方が得意だ。「こんなに美味しいの!」と書くよりも、それを「ついつい毎日食べちゃう」方が、自分の中の納得感も、周りからみたときの説得力も、ずっとある。だからきっと私は、「食べること」も「書くこと」も間違いなく好きだけれど、グルメブロガーにはなれない。いつか「好き」も、違和感なく文字にすることができるようになれば、と思ったりする。

こんなことを考えていたとき、自分がインスタグラムは苦手だなーと感じていた理由がわかる気がした。あそこは、みんなが好きなものをupする場所だけれど、好きなものを表現しなければならないから。写真やら絵やらなにかで。好きじゃなくても、書きたいこともある。ただただ考えていることを、書きたいこともある。この場は、そういう包容力があるし、それ故に毎日書けているんだと思ったりする。

Sae

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