記事一覧
阪神淡路大震災の記憶
I was here on 1.17.1995.
1995年(平成7年)1月17日(火曜日)5時46分52秒、兵庫県南部地震により発生した災害時、私は東灘区の甲南町のワンルームマンションの二階の部屋にいた。全体での犠牲者は6,434人、神戸市では4,564人が死亡したが、最大の被害を受けたのは東灘区であり、全ての自治体で最多となる1,469人の死者が出た。そんな中でかすり傷一つ負わなかったのは、
バリ島のバリアンについて私見。
前回、バリアンについて少し書いた。
バリアン、とは、民間医、とか、呪術医、シャーマン、と訳されることが多い。要するに、「病気を治したり、健康な人を病気にすることが出来る人」のことだ。インドネシアでは、「ドゥクン」という事が多いかな?
西暦2000年頃までは、バリの人は西洋医学よりも圧倒的に民間医療の方に頼っているな、という印象だった。
西洋医学はお金もかかるし、手の施しようが無くなったら行く、と
バリアン、行ってきた。
バリ島に関して質問を受けることが多いのが、「バリアン」についてだ。
バリアンは、「人の病気を治すことが出来る人」で、シャーマンのことである。
治すことが出来る=病気にすることが出来る、ということでもあり、その点において白と黒のバリアンが居る、と言われる。いはゆる、ホワイト・マジック、ブラック・マジックってやつだ。
バリアンにもいろんなタイプが居て、なり方にもいろんなタイプがある。
バリアンに関