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未曽有の年明け。

生まれてこの方、初めての、世界史に残る2020年が明けた。
パンデミック。

明けたからと言って、状況は何も変わらないけれど、自分を取り巻く世界は2020年から大きく変化し、その変化はいまだ続いていて、今後も続いていくであろう。
誰にも予測できない。

去年の今頃はまだ、お正月明けで、年末年始のお客様がどんどん帰国していく時期で、寂しく気が抜けた感じがしつつも、すぐあとに来るヨガのワークショップや、MOKSAで開催されていたワークショップの宿泊ゲストの対応準備で充実していた。

二月いっぱいはゲストが沢山で、あっという間に過ぎ、三月の二十日から、バリ島でのパンデミック緊急事態が始まった。本当に、飛行機が急降下するように、事態がどんどん悪くなっていった。

ゲストの居ない観光島。仕事が無くなり収入が無くなり経済が落ち込み、賑わっていた町はゴーストタウンと化した。

それでも、まあ夏までにはなんとか…秋には飛行機も飛ぶだろう…いくらなんでも年末には…と言っている間に、年を越してしまった。

事態の好転は見えず、悪くなる一方。先行きの不安はいや増すばかり。

しかし、パンデミック中には、思いがけない「時間」が与えられ、結婚してからしたことのない、「丁寧に生活する」ことが出来るようになった。
家できちんと料理して、規則正しく食べて、食べさせること。
お金を払って人にやってもらっていたことを、何でも自分でするようになったこと。
土を耕して、植物を植え育てたこと。
サンスクリット語のシュローカの勉強。
ピアノの練習。
お寺仕事。

「忙しくて時間が無い」から、今まできちんと向き合っていなかったこと。それらに向き合う時間が出来、やらざるを得なくなった。

お陰で、パンデミック以来、身体を壊すことが無くなり、結婚生活の中で初めて、一年近くにわたって病気をすることが無かった。マスク手洗いの効果も勿論大きいと思っている。
子供たちも、ずっとオンライン授業で、登校が無いので殆ど家から出ず、かわいそうな反面、登校の疲れが無いので、大きく体調を崩すことが無く成長しているのは、唯一の救い。
もしかしたら二年生・三年生をこのまま過ごして、登校することなく卒業するのかもしれない…

まったく、なんということだろう。

今後、これが長引けば、我慢させねばならない事や諦めさせねばならない事が出て来るだろう。食べる事にも苦労する日がこないとは、誰にも言えない。
子供の事よく、母や祖母に聞いた、戦前から戦中、戦後のような事態が、世界的に起こってくるのかもしれない。

自分が生きている間にそんなことが起こるとは全く考えていなかった。

きっと、どの時代の人もそうだと思う。
一世代の間に一度は、大規模な災厄が起こるように出来ているのだろうか。

新年早々の書初めが、底なしに陰鬱なものになってしまった。

しかし、私たちは生きていく。状況がどうあろうと、いつか息が止まるまで生きていくしかない。

どんな自分を生きていくかは、やはり自分の手の内にある。
幸いなことに、今の私には「自己を知る」という勉強の機会を与えられている。今回のこの災厄は、まさにその勉強のためかもしれない。

風の時代と言われるが、風が吹けば風に乗って舞い上がればいいし、風が吹かねば、そのままそこに留まればよい。
みんながみんなに風が吹くわけではない。

あるべき所ですべきことを成す、
それを続ける一年にしたいと思う。

#note書き初め

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