shojir

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  • 波 紋

    • 39本

    今度こそ本当の波紋

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あした、あさって。

野菊 いつだったか、秋晴れの散歩道、道脇のひび割れから生え出した小さな菊の花を見つけた。その一株を引っこ抜いて持ち帰り、植木鉢ちに差しておいた。野菊というのは生命力が強いようで、翌年の春にまた芽を出し、ぐんぐんと葉を茂らせて、秋には鉢から溢れるばかりに花を咲かせた。花が終わり、冬になると何も無くなったように枯れ果てるが、また春に新芽を噴き出す。2月頃、地植えにしてやろうと鉢を返して土を開けてみると、鉢の形にびっしりと根っこが張りめぐらされていた。地植えしたその野菊は今年さら

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      萩 途中、ススキと萩をとって向かうことにした。萩はなかなか見当たらず、ずいぶん探した。ようやく線路沿いの茂みの中にそれらしき群生を見つけ、蚊に食われながら数本切り取った頃には日が暮れかかっていた。プルシャンブルーの東の空にまんまるに少し満たない月が昇っている。 「十五夜は明後日かな」 障子を開けて縁側に丸椅子を置いてその上に持参したススキと萩を花瓶に生けて飾った。 「見える?」 反応がなかった。 「団子買ってこればよかったね」 「あー団子なら食べたいな」 「食欲はあるの?」

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        コスモス 彼岸を過ぎても気温は下がらず猛暑がつづいた。 容態は依然として安定している。たとたどしいが会話もでき、食欲もあるようだ。 グンちゃんが夜オムツの取り替えが大変だと言うので漏れないようにする当て方と腰を痛めないやり方の手引きをした。終えてベッドの脇に顔をだすと、開口一番に 「1週間で4キロ太ることある?ないよね?」 と聞いてきた。 「毎週体重測ってもらうんだけど、こないだ4キロ増えてるってなって多分測り間違えだんだと思うんだ。んだげど太ったって気にして」 「1週間で

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          百合 塀の隙間から茎を伸ばした百合が白い花をもたげている。日照り続きの畑から、ようやく成った小さなナスを一つもぎ取って持っていく。 着いた頃にもうそれは暑さで少しふやけてしまっていた。 冷房の効いた部屋で1ヶ月ぶりに見た顔はさらに浮腫がでて、首回りもパンパンに腫れていた。 「どうですか?」 「うん。だいしょうぶ」 帰ってきた声の具合からは思いの外、容態はいいような感じだった。 「ほら」 「ん、なに?」 持ってきたナスを手に持たせた。 「何だこれ?」 点滴で腫れた手指でなんと

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          薔薇 庭の薔薇が見事だ。薔薇の栽培にのめり込むようになたったのはいつ頃からだったか。門をくぐるとすぐにアーチ型の柵が据えられ赤やピンクの大輪の花がいくつも顔をのぞかせている。 2月の頃、この賑やかな庭を見ることもおそらく叶わないだろと思っていたが、予想に反して状態は安定している。 落ち着いている本人とは裏腹に、ここのところ周りがちょと不穏な様子らしいと聞いて顔をだすことにした。 「何かいろいろあったみたいね」 茶の間でしーちゃんに何となく聞いてみた。 月2回東京からまだ小学

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          5、ナス チャイムを押しても聞こえないらしく、いつも玄関のサッシを開けながら「こんちは」と中の様子を窺いながら入っていく。 少し前から昼過ぎにヘルパーさんが来るようになていて、その時間帯を避けて行っていたが、たまたまその日は時間がずれたらしく、かち合ってしまった。 軽く挨拶だけをして茶の間で待たせてもらった。 グンちゃんは淡々と家のことをこなしているようだ。掃除も行きとどいていて、いつも二階のベランダには洗濯物が綺麗に干してある。 しばらくして、ヘルパーさんの対応が終わった

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          4、クレマチス 差し出された手の無数の赤い点が痛々しい。 「点滴、毎日大変だね」 聞こえないくらいの声で、ため息のようにつぶやいた。 「うちはどうなった?」 表情は筋肉が膠着したように動かないが、声にいは張りがあり、先月よりも少し生気が増したような感じがする。 「あー、カーポートの屋根直してて、適当だけどね」 スマホで撮った写真をみせた。 瞼が腫れぼったいがはっきり見えているようだ。 「うーん」 病状は落ち着いている。ただ、宣告された余命は過ぎている。今後いつ急変してもおか

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          3、ラナンキュラス 4月。庭を覆い尽くす花々が賑やかだ。月に2度の見舞いの度に装いが変わっている。 「いろいろ話たんだけどさ、本人が家に居たいって言うし、グンちゃんもそうしたいみたいだから、今のところ在宅でできる限り見ていければって言う感じ」 東京から月に数日帰って来ているしーちゃんに今後の事を聞きいた。 「そう。どうなるかな?俺もわかんない。老衰の場合は段々だけど、ガンの場合は突然ガクンと落ちる感じなのかな」 「点滴しないと持たないみたいね。こないだ点滴嫌がって1日しなか

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          2、チューリップ 褐色の花壇の中、星座のように、チューリップの尖った葉先があちこち覗かせている。3月。 「どうですか?」 部屋に入ると閉じていた目を開けた。 「うん、変わりないね」 ベッド脇の椅子に座ると、リクライニングを30度角にあげ、首を横に向けた。 「どうもね。うちの方はどうなった?」 「うん、ようやく片付けが終わって何とかね。結構大変だった」 「見に行きたいなー」 「んだね…」 グンちゃんがお盆にコーヒーとケーキを乗せて部屋に入ってきた。 ベッド脇の介護用のテーブル

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          あした、あさって。

          ポトス しばらく沈黙がつづいていた時、また、雲が晴れ、障子越しに陽が射した。 僅かに障子を開ける。窓の外は埃っぽい乾いた風が吹き、冬枯れの柿の木がコツコツ揺れている。 上空高く、ごま粒ほどのカラスの群れが波打つように飛んでいく。 2月の冬晴れ。沢山の浮雲が足早に何処に向かっていくようだ。 光に溢れた縁側はほんのり暖かい。籐で作られた棚に、株分けされたゼラニウムの鉢植えがいくつも並んでる。鮮やかな緑の葉を何気なく見ていると、鉢の奥から一つだけ色褪せ葉がのぞかせているのに気がつ

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          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜最終回

          50 虚空に居る 梅雨入りしたらしい。 夜型の生活がつづき、日中は夢現、雨音を聴きながらずっと寝ている。 熟睡はしておらず、極浅い眠りを漂いながら1時間おきぐらいには用を足しに起き上がる。 そしてまた横になりうつらうつらと時間がすぎる。 長年こうした生活を続けていると、毎日決まった時間に起きて、決まった時間に食事をとり、だいたい決まった時間に寝るという規則正しい生活には戻れない。テレビの健康番組を見れば結局規則正しい生活とバランスの良い食事が大事ということでまと

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜最終回

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

          49 人知れず花虫 朝からしとしと。まとまった雨は随分久しぶりだ。 近隣の家の花木がしっとりと潤っている。 家と言っても空き家が多く、たまに管理のため親類が出入りしているのを見るが、無人である。 それにしても、家々の庭が見事なこと。 移り住んだ我家の庭にも以前は立派な黒松や梅の樹があったらしい。しかし、こないだ家の様子を見に来た売主のSさんの話では売却に出す前に一切引っこ抜いて処分したという。 「えーそうだったんですか、あっても良かったんですけど。もったいない」 「庭木

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

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          48 呼吸する家 3月1日から新居に移り住んだ。 中古住宅の楽しさは家を自分で造作できるところにある。購入を決めてからというもの暇を見つけてはyoutubeでDIYの動画を見まくっていた。 畳を床に張り替えたり、壁を塗ったり、ボロボロの空き家を安く買って見違えるような住まいに仕立てなおすセルフリノベーションの過程を見ていると自分でもやれそうな気がしていた。 さて、どこから手をつけようか。いろんな計画が頭をよぎりながらの入居初日。 居間に座り、柱や壁を眺めていると妻が言う

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

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          47 ベリーショートトランス 12(最終話) 2月28日。退去日。 丸2日不眠のまま、作業が続いた。 退去の立会いは15時。それまで、荷物一切の搬出と掃除、修繕を終えなければならない。 その間に、新居のガスと電気等設備の立会い、旧居のガスの立会いとめまぐるしいスケジュールで、さらに18時からまた夜勤入り。 これほどハードな日程は久しぶりだ。 しかし、体はいたって好調。全く疲れていない。というのも、数日前から高気圧が張り出し天気がいいからだ。気温は20度近くまで上がり、爽

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

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          46 ベリーショートトランス 11 月末の退去を決めた2月中ごろ。近所へ挨拶回りをした。 ご近所はそれほど親密ではなく、時折お互いを気にかけながらたまに挨拶を交わすぐらいだったが、8年間それとなくお世話になり、商店街にある老舗の和菓屋で最中を買って配って歩いた。 まず、後ろの同じ借家のOさん宅。高齢の母親と40代の娘、そして、障害を抱えている息子の3人で住んでいる。生活保護世帯で、娘さんが一家を支えている。高齢の母親の方は足が悪くすっかり見えなくなったが、時折出窓から顔を

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

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          45 ベリーショートトランス10 雨上がりの朝。ムクドリが3羽、土の上に這い出した虫をついばんでいる。 引越しから約一ヶ月。居間の雪見障子から眺める庭が萌え始めている。 前の家主が植えたチューリップや水仙が顔を出し、カラスナエンドウが日を追うごとに鮮やかな緑を広げていく。いろいろ植えようと考えていた庭だが、こうして手をつけず何が出てくるか見ている方が楽しみになってきた。 眺めているといろんな小鳥が立ち寄っていく。 ようやく庭を眺める余裕ができてきたところで、ベリーショー

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