あした、あさって。

薔薇

庭の薔薇が見事だ。薔薇の栽培にのめり込むようになたったのはいつ頃からだったか。門をくぐるとすぐにアーチ型の柵が据えられ赤やピンクの大輪の花がいくつも顔をのぞかせている。
2月の頃、この賑やかな庭を見ることもおそらく叶わないだろと思っていたが、予想に反して状態は安定している。
落ち着いている本人とは裏腹に、ここのところ周りがちょと不穏な様子らしいと聞いて顔をだすことにした。
「何かいろいろあったみたいね」
茶の間でしーちゃんに何となく聞いてみた。
月2回東京からまだ小学校に上がる前の長男を連れて通っている。しーちゃんは表面的にはいつも至って冷静であまり感情をあらわにしない人だ。しかしここに来て、内心、相当疲弊してきているようだった。
「あー、何かいろいろねー、困ったもんだ」
苦笑いを含みながら、目を合わせず、ソファーで洗濯物をたたんでいる。
「うちのはわかんないんだよ、そう言うの、全く」
そう言うのと言うのがどう言うのか、いちいち説明しなくても、なんとなくいいたいことは察してくれたようだ。
「世話になっててね、頼むのはいいけど、言うこと聞かないでしょー」
しーちゃんは少し声を震わせ、溜まっていた感情が今にも溢れそうだった。
「グンちゃんの気持ちは多分わからないんだわ。うちのはさ、なんつか、ほら、介護するってのが大変で辛いことにしか見えないんだよね。でも、グンちゃんは歳なのは歳だけど、見てるとむしろ生き生きしてやってるでしょ。大変だけど、多分世話するのに苦痛を感じないタイプなんだよ。親父はそう言う感覚がわからないんだよね。いろいろ手伝ってるのも嫌ではないんだろうけど、先が見えないからどうにかしないとって思ってるみたい。ただ、まあ、残りの時間は限られてるんだし、本人がもう無理って言うなら別だけど、周りがとやかく言うことじゃないでしょ、そこは」
そう言うのがどう言うのかを整理して言ってみた。
「いろいろ世話になっててね、甘えてしまって」
「いや、うちの方もできないことはできないって言えばいいのに、いい顔してやってしまうとこあるから、それは俺の方から言っとくよ。でも、今後どうするかは何より本人とグンちゃんの意思が優先だから」
「まあね、そうなんだけどね…」
話が途切れ、テーブルの上のまだ更のままの新聞を手に取った。沈黙の間を新聞をめくる音だけが虚しく漂う。
「でもさ、もし逆だったらって考えると、絶対あの人はグンちゃんをこんな風に介護しないよね。すぐに施設にいれるよ、たぶん」
パンと両手でたたんだ洗濯ものを押さえながら.しーちゃんは笑って言い放った。
「はは、確かに、そうだね。うまくできてんだわ」
「コーヒーもっと飲む」
「あ。うん」
午後3時過ぎまだ太陽は高く、庭の薔薇を照らしている。
「でもさ、うちの親父もそうだろね。やるかなあ、いややれないよなー、やっぱり似てるんだわ、姉弟して」
「はは、そうかもね」
コーヒーを飲み終え、顔を出して帰ることにした。
「寝てた?どうですか?」
「あ、リョウか、どうもね」
「薔薇咲いたね、見事だよ、見た?」
少し朦朧としてるのか、返答がなく、目をとじている」
しばらくして目を開けた。
「なっちゃんのコロッケ食べたいな」
何食わぬ顔とはこう言う顔のことを言うのかもしれない。
「あーいっとくから、あとは何か食べたいものは?」
また目を閉じて返答がない。
「じゃあね、また来るから」
部屋をでて障子戸を閉めるとき、うっすらまた目を開けた。
「じゃあね」
いつもこの時が最後になるかもしれないと思いつつも、どこか慣れが出てきていることに気づいた。もしかしたらまだまだ大丈夫なんじゃないか。そんな思いを感じながら、しばらく庭の鮮やかな薔薇を眺めていた。


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