あした、あさって。

野菊

いつだったか、秋晴れの散歩道、道脇のひび割れから生え出した小さな菊の花を見つけた。その一株を引っこ抜いて持ち帰り、植木鉢ちに差しておいた。野菊というのは生命力が強いようで、翌年の春にまた芽を出し、ぐんぐんと葉を茂らせて、秋には鉢から溢れるばかりに花を咲かせた。花が終わり、冬になると何も無くなったように枯れ果てるが、また春に新芽を噴き出す。2月頃、地植えにしてやろうと鉢を返して土を開けてみると、鉢の形にびっしりと根っこが張りめぐらされていた。地植えしたその野菊は今年さらに勢いよく版図を広げ、今では制御がつかないほどになっている。花は花弁に少し赤味のついたベージュ色で、かすかにスーと鼻に抜けるような香りがした。その香りで呼び起こされた様々な記憶の断片はどれも乾いた空気の体感にどこか憂いのようなものが混ざっている。
庭にはもともと前の家主が植えていた赤紫色の菊の株があった。それはしっかりとた花形で匂いも強く、より菊らしさを醸し出していた。
その二つの菊と、となりの空き家からタネが溢れて増えたピンク色の花をかけあわせて束を作り持っていてくことにした。
見舞いに行くたびに話題が乏しくなっていた。見えているという目も虚ろでだんだん開かなくなっている。
枕元に花束を近づけ匂いを嗅がせると、すぐに菊だとわかった。その菊の経緯を話したが、それほど反応がなかった。
眠ったようでしばらく何もなく寝顔を見つづけ時間が過ぎた。
日が暮れると急に気温が下がってきた。
ファンヒーターがピコ、ピコと延長のサインを鳴らしている。燃焼モードが変わり石油の匂いが微かに立ち込めた。
緑色に光るに延長ボタンを押して、その日はそのまま部屋を出た。

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