あした、あさって。

5、ナス

チャイムを押しても聞こえないらしく、いつも玄関のサッシを開けながら「こんちは」と中の様子を窺いながら入っていく。
少し前から昼過ぎにヘルパーさんが来るようになていて、その時間帯を避けて行っていたが、たまたまその日は時間がずれたらしく、かち合ってしまった。
軽く挨拶だけをして茶の間で待たせてもらった。
グンちゃんは淡々と家のことをこなしているようだ。掃除も行きとどいていて、いつも二階のベランダには洗濯物が綺麗に干してある。
しばらくして、ヘルパーさんの対応が終わったグンちゃんがコーヒーを淹れてくれた。
「ヘルパーさん来てもあんまりやることないんじゃない?」
「ん、まあ、今度ほれ、おむつ交換してもらうようになって」
「そうなんだ」
「家事とかは頼まないの?」
「それは俺できるがら」
「そうか、疲れない?」
「ん、何でもね」
「そう」
声が聞こえた。ヘルパーさんが帰えったらしい。部屋に向い軽く手をあげながら「はーい」と挨拶した。
瞼がだいぶ落ちているのは点滴による浮腫みのためだろう。
「目、見えてる?」
「見えるよ。時計も。今、3時40分」
「おむつ交換してもらったの?」
「うん。最初は慣れなかったけど、この方が楽だね」
「そう」
もうすぐ半年になるというわりに、頭の方はしっかりしている。腫瘍は小脳と脳幹のあいだにあるらしく、運動や神経系は圧迫されるが、認知機能は問題ないようだ。
「畑はやってるの?」
こないだ来た時の話もはっきり覚えていた。
「あ、ジャガイモは植えてみた」
「キュウリとナスの種、冷蔵庫に入ってるから、持っていって植えてみな」
「うん、ありがとう」
「最初ポットに植えてね、元気くん入れるといいよ。まだ倉庫あったと思うから持ってて」
「あ、うん。もらってくわ」
「楽しみだなー」
「うん」
「リョウが作ったナス食べてみたいな」
「できたらね、持ってくる」
そう言いながら、俺は来月あたりが山かなと言う予感がしていた。

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