あした、あさって。

百合

塀の隙間から茎を伸ばした百合が白い花をもたげている。日照り続きの畑から、ようやく成った小さなナスを一つもぎ取って持っていく。
着いた頃にもうそれは暑さで少しふやけてしまっていた。
冷房の効いた部屋で1ヶ月ぶりに見た顔はさらに浮腫がでて、首回りもパンパンに腫れていた。
「どうですか?」
「うん。だいしょうぶ」
帰ってきた声の具合からは思いの外、容態はいいような感じだった。
「ほら」
「ん、なに?」
持ってきたナスを手に持たせた。
「何だこれ?」
点滴で腫れた手指でなんとか握っているが腕はほとんど動かせない。
「何だろな、わかんない」
「ナスだよ」
「ナス?」
「種もらって植えたやつ」
「あ、ナスか、小さいな」
「今のところできたのはこれ一個だけ」
「うーん」
「芽が出たのは一個だけで、肥料もやんなかったから全然ダメだね」
「いろいろ失敗して覚えればいいのよ」
「毎日暑くて、雨降んないしね」
「そうか」
「お盆は皆んな来てたんでしょ」
「うん?うるさくてつかれた」
「そか」
ほとんど体も動かせなくなってきているらしい。1日ずっと天井を見て過ごしている。
目は見えているようだが、浮腫がひどくあまり開けない。
脚の肉は削げ落ち、踵に褥瘡が出始めている。
かける言葉を失い、ふくらはぎから足の甲にかけて手でゆっくりさすりながら何か話題がないか探った。
「あ〜いいな」
足の甲の骨の間を指圧すると感触がいいようだ。
「流れが詰まってるんだろうね」
何度かふくらはぎから足の指にかけた流れをたどって指圧してやった。
同じように腕も、肩の付け根から順に要点に沿って軽く押していった。ゆくり指先までたどり着くと、それから一本一本のゆびを指で摘んで何かを抜くように、「ひゅ、ひゅ、ひゅ」と口をすぼめて息をはいた。
その吐息は聞こえてないらしいが
「いいな」
とまた声をもらした。
「これね、前に受け持ったばあちゃんに教えてもらったの」
「うーん。いいね」
「いいでしょ。効くんだよこれ」
あれが何で効いたのか不思議だったが、もう亡くなったその婆さんの手の感触を思い出すと多分気脈のようなところを軽く触れながら、悪い気を指先から出すような感じだった。
「指圧でねーの」
と、その婆さんはよくいいながら
「ここから、ここさきて、ここさきて、そしてここ」と順に軽く触れるようにさぐり最後に
「ひゅ、ひゅ、ひゅう」と指を摘んで何かを抜くようにする。その素振りは呪術的ではなくとてもさり気なかった。
「何があるんだろうね」
感じるものがあるのかどうか、会話の代わりにしひたすらその所作つづけた。



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