あした、あさって。

2、チューリップ

褐色の花壇の中、星座のように、チューリップの尖った葉先があちこち覗かせている。3月。
「どうですか?」
部屋に入ると閉じていた目を開けた。
「うん、変わりないね」
ベッド脇の椅子に座ると、リクライニングを30度角にあげ、首を横に向けた。
「どうもね。うちの方はどうなった?」
「うん、ようやく片付けが終わって何とかね。結構大変だった」
「見に行きたいなー」
「んだね…」
グンちゃんがお盆にコーヒーとケーキを乗せて部屋に入ってきた。
ベッド脇の介護用のテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取り、一口すする。
「グンちゃんのコーヒーはいつもうまいよね。こないだ淹れてもらったお茶もすごくうまかった。あんなの飲んだことないよ」
グンちゃんは歯にかみながら、何処そこのお茶だと教えてくれたがはっきり聞き取れなかった。
「リョウが、ほれ、花もってきてけだよ、ほら」
と花瓶に生けた花を見せながら声をかけた。
「あー綺麗だね。この花、何ていうんだっけかな」
「何だっけな。店の人に聞いたんだけど。わすれた。ちょと長い名前、ポインセチア?いや違うな。あんまり聞いたことない感じだった」
「何だっけかなこれ」
「薔薇ぽっいでしょ。薔薇ではないらしんだけど」
「いいね。何だっけかな」
「またあったら買ってくるよ。こないだ引越しのお祝いもいただいてしまって。ありがとうございます」
「いろいろやることあるでしょ」
「まあ、少しずつね。頭は痛くないの?」
「うん。痛くない」
「んじゃいいね。夜は?寝れてんの?」
「うん。眠剤飲んでね」
「眠剤、眠剤って、何回も言うんだー」
笑いながらグンちゃんがあきれた顔で言う。
「点滴は?毎日?」
「うん。これで頭の圧、上げねど痛みでるんだな、んでも、点滴さえ入ればいだみはねーみでなんだな。夜もほれ、眠剤効いで寝るしな」
石巻の強い訛りとどもった発音が特徴のグンちゃんは話終わると部屋を出ていった。
また、しばらく沈黙が流れる。
会話の糸口が見つからず、コーヒーを啜り、陶器のカップをソーサーに戻す時の、カタっという一連の音だけが虚しく繰り返えされた。

障子を少し開けると、ひんやりした空気が部屋には入ってきた。
「ポトス、持っていったの?」
空になったコーヒーカップを意味なくまた手に取ろうとした時、沈黙の間ずっと考え、ようやくかかって発せられたかのように、か細い声が切り出された。
「あーうん。水に差して陽の当たるとこに置いてある。ちょと根が出てきてたよ」
「ハイポネク」
「ん?」
「ハイポネックス。薄めてね、少し入れるといいよ」
「あーハイポネックスね、うん」
記憶力も理解も全く問題ないようだった。
もうすぐ、宣告された3ヶ月が過ぎようとしていた。
「チューリップ、出てきてたよ。庭の」
障子をさらに開けて外が見えるようにしなが、窓の外を向くように言った。
軽く頷くだけだった。


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