あした、あさって。

ポトス

しばらく沈黙がつづいていた時、また、雲が晴れ、障子越しに陽が射した。
僅かに障子を開ける。窓の外は埃っぽい乾いた風が吹き、冬枯れの柿の木がコツコツ揺れている。
上空高く、ごま粒ほどのカラスの群れが波打つように飛んでいく。
2月の冬晴れ。沢山の浮雲が足早に何処に向かっていくようだ。
光に溢れた縁側はほんのり暖かい。籐で作られた棚に、株分けされたゼラニウムの鉢植えがいくつも並んでる。鮮やかな緑の葉を何気なく見ていると、鉢の奥から一つだけ色褪せ葉がのぞかせているのに気がついた。所々萎れ、変色しかけていた葉をたどると、乾いた土から白いプラスチックの鉢の縁にたれさがった茎がみえた。
「ポトス、水やっとくよ」
ようやく沈黙を破れた俺は、空気を換えるように台所に向かい、コップに水を汲んでもどった。
「これって、石巻にいた時からのやつでしょ」
鉢に水を注ぎながら、障子越しに話しかけたが、返答がなかった。
聞こえなかったようだ。
「ポトス、石巻にいた時からずっと持ってんだよね。」障子とベッドの隙間におかれた腰掛けにすわりながら耳元で声を張って同じ問いかけをした。
「ポトス?あ〜そうそう」
「じゃもう50年近いんじゃない?」
「何回か枯れかけたけどね」
「ゼラニウムも、随分増やしたねー」
「持ってっていいよ」
「じゃ、ポトス少しもらってくわ」
「いいよ、切って水に差しとけば根っこでてくるから、そしたら、赤玉と混ぜた土に植えて、だんだん葉っぱでてくるから、水やりやりすぎてもだめね、乾いたら少しやればいいから」
「うん、茶の間の方の、いっぱいあるやつから切ってもらってく。それにしても、増やしすぎじゃない?まあ、前よりは少し減ったか」
「生きてるからね」
「も少ししたら、庭もいろいろ出てくるね」
外に目をやりモノクロームの庭を見た。所せましと置かれた鉢や花壇の植栽、薔薇の棚。枝々先の芽がわずかに膨らんでいる。
また少し沈黙が流れた。
外の強い風の音が微かに無音の部屋に伝わってくる。

「じゃあね、また来てみるわ」
不意に立ち上がり、ダウンを羽織る。
「またね」
右手を差し出して手を握る。
病人とは思えないほど熱を保った暖かい手だった。



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