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未来(ない)日記

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#おやすみ前に

スクリアビン

高名な作曲家であるスクリアビンが言った。

日本の「鐘」が欲しい

何とか都合を付けて貰えないものか

妾だろうか脇に若い女性が控えていて、言葉を足す。

次回作に使いたいということのようだ。

鐘は時を告げる大切なものだから、手に入るかどうかわからないと答えると、不機嫌な顔をしてピアノに向かう。

いきなりの轟音が心臓を縮み上がらせる。

五番奏鳴曲であった。

豪奢な演奏が過ぎ去ると、再びこち

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ステンション

ステンション

この道を真っ直ぐ行くと角に肉屋があるからそこで聞いてみようと思うのだが、何を聞くのだったか思い出せない。ほらもう肉屋だ、通り過ぎてしまう。

ごめんなさい

声掛けてみる。主人は俯いたまま、鳥足をこねくり回す。ガラスケースに並んでいるのはハムとベーコン、豚切り落とし云々。

これ、三つ

 手羽先を差した私の指へ男は寡黙に肯くと、ロースハムを取り出した。

…わしゃわしゃ。

おやじはざっと油紙を

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西王母の桃

西王母の桃

西王母の桃が手に入った。

不老不死の秘薬などと言われているが、本当のところはわからない。正月の餅細工のような色をしていて、指三本の上に乗るくらいだからさほど大きくは無い。みずみずしく高雅な香りが漂い、遠い仙境の風を運んできてくれる。しばらく弄ぶうち、どうしても食べたくなってきてしまった。いけない、何が起こるかわからない、と思っても喉が鳴る。

どうした、何だそれ。

背後の声に飛び上がるほど驚い

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夢幻の花嫁

夢幻の花嫁

風の雨戸を打つ音に目が覚めて、そのまま障子を見詰めていた。由緒の旅荘でのことだ。うすぼんやりと明るみが差した白紙のうちに灰を撒いた様な霧がぼんやりとひろがって、あれとおもうとモウそれは女の姿をしている。凄みのある蒼白い顔を真っ直ぐこちらへ向けて、結髪と衣装からあきらかにそれは花嫁の姿であった。

片手に杯を持っている。私は丁度寝酒を一杯やっていたからその杯かと思うが頭の上に置いて或る筈だからあれは

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梨の形をした二章

梨の形をした二章

第一章「その頭」

栄太の一日
{午前8時}
出社。
あくび。
コーヒー。
ため息。
パソコンの立ち上げ。
メールのチェック。
 見ないメール削除。
 仕事のメールもうっかり削除。
「あー…いいや、また送ってくるだろ。」
 チャイム。
ため息。…
{午前9時}
窓口。スタンプ。小銭。作り笑い。
老婆。
サラリーマン。
老婆。
老婆。
老婆。
老婆。
少年。
老婆。
老婆。
老婆。
老婆。
伸び。

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剣豪と屁

剣豪と屁

「ばっとう斎さま」

「ばっとう斎さまだ」

「ばっとう斎さま、これ持ってっておくんなせえ」

「今日もええご機嫌で、ばっとう斎さま」

長々と続く己の影を追うように、一人の大男が歩く。砂埃の巻く村の中通りは、一日の仕事を終えた百姓たちで活気付いている。その誰もが白い着流しの男を見るなり道を分け、海老のように背を曲げた。手元に野菜や芋などがあれば、恭しく掲げた。

熱気を孕んだ赤黒い髭面と、大きく

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寒い日

寒い日

今朝からモンが騒がしい。

彼氏が来るのだ。

「ビッ」

ブザーが軽く鳴った。

扉を開ける。

「ビゴ」の箱を掲げた彼氏が居た。

すこし赤い顔をしている。息がもう白い。

「ウー・・・」

後ろでモンが唸っている。

「モン、こっちおいで」

危なっかしそうにモンを避けると、彼氏が部屋に入ってきた。

ビゴのケーキは安いけど、上品な味がして好きだ。わざわざ遠回りして買ってきてくれる。

「・

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熱病 その他

熱病 その他

断片「生きながらの死」
 頭はおもく 手足は疲れはて
 わたしを動かすもの それは命ではない
              ~シェリー

喉の奥から熱い鉄塊がこみ上げ、頭がぐるぐる回って止まらない。錐で突いた痛みがこめかみを三秒おきに襲ってきて、胃がきゅうと鳴るのに吐く事もできない。涙が流れ止まらず布団に染みて、頬と布地がくっついた。左目は布団の左端を捉えたままで離すことができない。布団の端は壁と壁

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剣と魔法の現実社会

剣と魔法しかない世界にやってきた。

まず朝食の準備だ。薬草を15種類混ぜて、呪文をとなえて30分。これが「火焔の魔法」。やっと火のついたかまどに素焼きの壷を置いて、こんどは「ほっかほっか朝いちばん!」と叫びながらぐるぐる走り回る。これが「クノールカップスープの秘法」。ぶりゅぶりゅと壷の中にわきあがる黒い液体・・・しまった、まちがえて「ドトール」をとなえてしまったようだ。まあいーや、と大剣ひきずり

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ヒトイネ

ヒトイネ

こんな夢を見た。

空梅雨に憂いた村人たちが土の割れた田んぼに人柱をたてようということになる。

ひと柱は水神を鎮めるものだのに水が欲しくば他にやりようがあるものだが黙って見守るしかない。

いちばんはじめにむら境の地蔵をこえてはいってきたよそ者を埋めることになる。

はたして一人の娘が母親のほしがる蜜柑を手に入れるためにとなり村より境をこえてはいってくる。

娘はたかく立てた櫓のうえに括りあげら

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「献体」

「献体」

こんな夢を見た。

思春期特有の絶望感に苛まれた青年が、体の全器官を提供し献体死することを希望している。

これは自殺ではないとどこかの大学教授がコメントしている。

アナウンサーが人形のように押し黙っている。

青年は東西南北各国を巡り許可の下りる国を探した。

どこか南のほうで要望が満たされる国が見つかったという。

だが移植用の臓器はどうやって運ぶのかということについて異論がさしはさまれる。

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「海産物たち」

こんな夢を見た。

海へりの寒村にいる。天気ははれているのにどんよりとした陰がただよい塩気をふくむ空気が淀んで肌にへりつく。

海から漁師達があがってくる。

みな頬はこけ俯き髪は干乾びた海草のようにざくりと垂れ下がっている。沖縄の旧い巫女の着るような浴衣とも着物ともつかない布をまとっている。

いまどきこんな漁師がいるだろうか。

先頭のひときわ体格のよい男がこちらを見て指をさす。

人間だ!

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