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月(25)

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最近の記事

明日、うどん食べに香川行きませんか?

 日曜の19時。サザエさんが終わったタイミングで提案する彼女に、今週のサザエさんうどんの話だったのか、と思った。ご飯を食べて、なんとなくそのままサザエさんを眺める彼女の隣で、僕は最近ハマっているYouTubeを見ていた。 「うどん食べたいの?」 「うどんは食べたいです、けどうどんのために遠くに行きたいって感じです」  同じ職場で働く僕たちは、大多数のサラリーマン同様土日休みが基本だ。本気で言っている訳ではないということは分かるけれど、その真意は分からない。 「香川でうどん

    • ゴールデンレトリバーも、いいですよね

       最近やけに出てくる犬の話は、どこの誰の影響かは分からないけれど、なにか自分意外の存在が彼女の中にいるということだけは分かった。それくらい生粋の猫派である彼女とは、お気に入りの作家のサイン会で、前後に並んだことで出会った。 ___________________ 「これって、順番回って来ますかね?」  予約不要のサイン会は、インスタや公式LINEで割とちゃんと宣伝されていたおかげか、14時に着いた時にはかなりの列ができていた。本屋の入り口に、終了予定15時半と書かれた看板

      • 毎日が、毎日続くと思うとなんか、怖いですよね

         比較的早めに出社してくる彼女は、1年目の頃から変わらない元気さでフロアに入ってくる。まだ人はまばらで、おじさん達が出社する前のリラックスした雰囲気が、彼女が来ることで一層軽くなった気がした。ひと通り挨拶を終え、隣の席についた彼女は、いつもノータイムで話し始める。クールビズになって少しカジュアルになった服装は、彼女の印象にさらに色を与えていた。 「今日から半袖にしたんですけど、今からしちゃうと8月くらい、死ぬんじゃないかなって思いません?」  こちらから服装に触れるのは、あ

        • 楽しい思い出って2種類あると思うんです

          「思い出した時に、嬉しくなるものと悲しくなるものの2種類」  お気に入りの黄色いソファーで、自分の足の爪を見ながら話しかけてくる。新卒で入った会社をもうすぐ辞める彼女は、絶賛有休消化中で、1日中家にいることに飽きたみたいだった。最初こそ、在宅で働いている僕を邪魔しないようにと色々気を遣っていたみたいだが、それも1週間で終わった。 「悲しくなることもあるんだ」 「うーん、昔の思い出ほど?もう戻れないなみたいな」  それが何か具体的な時期を指しているのか、誰のことなのか、なん

        明日、うどん食べに香川行きませんか?

          途中から見ればなんだってドラマだと思いませんか?

           突然始まった思考の整理は、程よく肯定しながら聞き流すのがベストだ。 「映画やドラマって、主人公の人生の一部しか見ないからドラマだと思うんです」 「自分はドラマにも映画にもならないってこと?」  まあ極論そうですね。掴みかけた核心をあっさり手放すように、汗をたっぷりかいたハイボールを掴んで流し込んだ彼女は、この話をどうしたいのか、考えるだけ無駄な気がした。  ちょっとお手洗い行ってきます。言いながら立ち上がった彼女に道を開けて、ルーティンになっているゲームにログインし

          途中から見ればなんだってドラマだと思いませんか?

          猫って、世界でいちばん可愛い形してるんですよ

           コインパーキングの縁石に沿うように、完全にカラダの力を抜き切った形をしているそれを見つけて、彼女が言った。初めて聞いたときは、分からないなりに、ただすごく猫が好きなんだということだけは分かって、無難な返事をした。 「確かに、可愛いね」  猫は飼ったこともなければ、まともに触ったのもいつだか覚えていない。意識の差なのか、猫を見つけるのが異常に早い彼女は、飲み会帰りに駅から家まで歩く道で、その可愛い形を見つけるたび得意げに教えてくれた。そこから始まる実家の猫のエピソードはも

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          “カメラを趣味にしたい”のハードルを下げたい

          「カメラ始めたいんだよね」と思っている人も 「カメラって難しそうだけど興味はあるな」という人も なんとなくその‘カメラ’はデジタルの一眼レフを指している気がする。ここで、必ずしも一眼レフ=デジタルではない、ということを、初めて聞いた人もいると思う。しかし、そういった細かいカメラの種類や性能さらには歴史やテクニックなんか、どうでもいい。早くカメラを手にしてみてほしい。そんな気持ちで、カメラ選びの第一歩「結局どんなカメラがいいの?」を見ていきます。  カメラ、と言ってもその内に

          “カメラを趣味にしたい”のハードルを下げたい

          可愛く歩いてる子が強いんだよね

          「ねえ最近始めたんだけどさ、」 深夜1時 土曜日になったばかり 平日はお酒を飲まない彼女が 唐突に連絡してくるのはもう慣れた 休みの前日は何だかそれを待っている自分もいて 何で待っているかは明確にしたくなくて 彼氏にだったら「ごめん」を付けるようなことを 彼氏にしかしない温度感でやってのける そんな彼女がある意味羨ましかった 他所ごとは考えないようにして 今日も話が3周するまで付き合おうと決めた 「それで今週の日曜日はね、あもう明日だ、明日はね3歳の馬が出るやつなんだけど

          可愛く歩いてる子が強いんだよね

          梨があるところがいちばん安全です

           ダウンジャケットの潰れたフードが なんだか可愛くみえた 新幹線の2人席と3人席の間 まんまるの坊主頭を 100キロはありそうな大きな体にくっつけて 見かけよりも速いスピードで進んでいく その知らない後ろ姿を見送りながら 内心では 他人のフードを思考に入れる余裕があるのかと 余裕があると認識すると なんだか全部大丈夫な気がした _______いつまで保つだろうか 次に不安が押し寄せてくるのは いつだろうか。  好きな本に 又吉の「劇場」があるけれど その中の台詞を思い出す 

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          6年って小学生も卒業するよ

          いつか 全部忘れるんだろうか 離れて分かるとかそんなことはないけれど 意外とこんなにも忘れないのか、とは思う 一緒に食べたものも 毎年行った場所も ルーティンやノリも 生活の一部だった 別れると決めて 同棲していた家から出るまでの1ヶ月 それまでと大して変わらず ただ物理的な距離だけはあるような 不思議な時間だった ごはんどうするかの連絡も 映画やゲームも変わらなかった 仕事への憂鬱と未来への不安で 月曜がいちばん情緒不安定だった 朝起きて泣きながら支度する どうしたのなんて

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          うちのおじいちゃん頭ん中で娘の友達と孫の友達混ざってるんだよ

          「ねえ、高校の時いたあのカヌー部の子、名前忘れちゃったけど、結婚するんだって」  その情報量でその人の顔が思い浮かぶはずもなく、そうなんだ、と適当に返事をした。  冬はこたつでミカンだと言うから買ったけれど、暑がりでじっとしていられない彼女はあまり入らない。入らないのに猫のために付けっぱなしだから、外から帰ると吸い込まれるようになった。くすぐったい背中も言葉も全部ここにあるようでないし、くすぐられた足も気持ちもそのままもって行きたいと思う。  高校の記憶か中学の友達か混

          うちのおじいちゃん頭ん中で娘の友達と孫の友達混ざってるんだよ

          黒と金のアレ

          七夕は毎年雨が降るのに今日みたいな日が晴れるのは珍しいな、と残業後の働かない頭の奥の方で考えながら、まだ今日が月曜日であることに堂々と絶望した 1年に1度しか会えないなんてたまったもんじゃないだろうなんて趣もない感想を抱きながら、まんまるの月の奥に思い出すのは、もう会うことのない彼女のことだった 大学生の頃はこんな縁もゆかりもないイベントに乗っかりたかった 「月みに行こうよ」 そう言った彼女になんて返したのか 今ではもう覚えていない 月を見るのか 月見をするのか そんなの

          黒と金のアレ

          2023の夏

          やたらディレクターを取り上げるバラエティを眺めながら、明日の職場を想像する 何をしないといけないのかというより、何をしてはいけないのかをしきりに考える 帰りの電車で先輩の言葉を思い出した ちょうどいい自己肯定感の高さとレスポンスの早さで人気のある先輩だ ときどき気になる言葉の強さはあるものの、ことあるごとに誘ってしまうのは好きだからだろう 強い言葉をさらさら使いこなすおかげで、本心はうまく隠れている 気付くのが遅すぎたようなずるいような誰がと言われたら困るような 人と人の掛

          マジックアワー

          「走りたいですね、逃げるんじゃなくて追いかける感じで」 「何を?」 「わかんないです、でも走りたくないですか?」 真意は全くわからないけれど、これ以上は野暮な気がして黙って速度を上げた 彼女が好きだと言うものは良いものなんだと思ったし 独特の好き嫌いもセンスだと思った 彼女にしか似合わないような洋服を纏う姿に その世界観の中で生きる姿を生きづらそうだとも思った 「生きづらいくらいがちょうどいいんですよね」 「あんま聞かないけどね」 「なんか生きてるって感じがする、生きやす

          マジックアワー

          音楽のはなし

          〈Saucy Dog〉 「またいつか、またいつか、あなたに会えますように」 そう締めくくったあの優しい声を思い出しながら、カラオケでいつも、そこまで込みで真似してたあの声を思い出す。顔の似たYouTuberを見るだけで、緊張するとちょっと走るところとか、態度の悪い人に怒るところとか、全部を思い出す。好きなだけじゃ一緒に居られないって、現実はそんなことも言えないまま終わったりするけれど、新曲を好きだと言えるくらいになった。古参の顔してライブに行くこともできる。できるのに、泣きな

          音楽のはなし

          熱々が好きなのにすぐ冷ましてしまう

          ティーバッグで淹れた煎茶が熱いうちは集中できる気がした。紅茶の日はあまり捗らない気がした。同じ言葉で違う意味を出したり、似たような言い回しを思いつくことがセンスだと思っていた。熱々を口に入れて、中の上の方が沁みる。昼間の味噌汁で火傷したことを思い出した。 「先週、シンガポール行ってきたんだ」 そう言って渡された黄色いパッケージの紅茶は、有名なお土産なのだろう。あとこれと、これね。そう言って出されたマーライオンの形を模したチョコと、赤い象柄のタイパンツ。タイってどこだっけ、そ

          熱々が好きなのにすぐ冷ましてしまう