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楽しい思い出って2種類あると思うんです

「思い出した時に、嬉しくなるものと悲しくなるものの2種類」

 お気に入りの黄色いソファーで、自分の足の爪を見ながら話しかけてくる。新卒で入った会社をもうすぐ辞める彼女は、絶賛有休消化中で、1日中家にいることに飽きたみたいだった。最初こそ、在宅で働いている僕を邪魔しないようにと色々気を遣っていたみたいだが、それも1週間で終わった。

「悲しくなることもあるんだ」
「うーん、昔の思い出ほど?もう戻れないなみたいな」
 それが何か具体的な時期を指しているのか、誰のことなのか、なんとなく分かる気がして、わざと話半分で聞いているフリをする。

「別に戻りたいってことじゃないんですけど、就活とか2度としたくないし」
 こっちの思考を先読みして潰しながら話を進める彼女は、単にこれから始まる転職活動が憂鬱なのかもしれない。とりあえず登録した転職サイトは、年収や地域、業界業種さまざまなフィルターがあるが、溢してしまうものがあるかも、と緩く設定するせいで、500件とかを地道に眺めていた。

「それって、思い出じゃなくて、思い出す側の気持ちの問題なんじゃない?」
 いま何が1番不安なの?

 なかなか返ってこない返事を読み取ろうと、パソコンから彼女へ視線を移す。冷蔵庫を目一杯開けて何かを探す、袖の短めなTシャツから伸びる二の腕は、簡単に折れてしまいそうだ。

「不安なことは、沢山ありますよ」
 お目当てはドーナツだったらしく、そのままキッチンで食べようとしているのを、お供しようと僕も席を立つ。

「なんで?一緒に暮らしてるし生活はまあ大丈夫でしょ」
 抹茶味を食べる彼女の横で、箱の中のプレーンとチョコで迷う。

「それはそうかもしれないですけど、自分のキャリアとかやりたいこととかお金とか、結局自分の責任は自分で持たないと、というか自分の幸せって自分で実現するしかないなって」
 全く甘える気のない彼女に、2人の未来はどう映っているんだろう。

「のんびり探そうよ、のんびり一生かけて、幸せになろう」
 プレーンにした。チョコの生地にチョコがかかっている甘ったるそうなのは、なんとなく彼女にあげたくなった。

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