見出し画像

うちのおじいちゃん頭ん中で娘の友達と孫の友達混ざってるんだよ

「ねえ、高校の時いたあのカヌー部の子、名前忘れちゃったけど、結婚するんだって」

 その情報量でその人の顔が思い浮かぶはずもなく、そうなんだ、と適当に返事をした。

 冬はこたつでミカンだと言うから買ったけれど、暑がりでじっとしていられない彼女はあまり入らない。入らないのに猫のために付けっぱなしだから、外から帰ると吸い込まれるようになった。くすぐったい背中も言葉も全部ここにあるようでないし、くすぐられた足も気持ちもそのままもって行きたいと思う。

 高校の記憶か中学の友達か混ざることも増えたし、いまさら誰の話をしても大抵興味は一瞬だった。やたら電子レンジを見守る彼女は、部屋着を何回も着替える子だった。

「ねえ、親知らずって何歳までなんともなかったらクリアかな?」
 自分で言ってみたものの、他人の結婚なんてどうでもいいみたいで、次の瞬間には話題が変わっていた。 

「もうクリアなんじゃない?」
 解答としては正解だったらしく、電子レンジを見るのはやめてこっちに来た。

 小学生以来歯医者に行っていないという彼女は、歯磨きが1分で終わるのに虫歯もできない。得意らしい。猫の歯磨きもしたいらしいが、歯磨き粉を全部舐められて諦めるのを週に一度はやっていた。それよりお風呂に入れた方がいいと思うけれど、かわいそうと言いながら猫の毛づくろいに全幅の信頼を置いている。

そういえば、
「高校、カヌー部なんてなかったよ」

「あ〜〜じゃあ中学か」
 当時は忘れるなんて思ってもいなかったことを、平気で、忘れたことも忘れるようになった。

「じゃあ、真代先生はどっちだっけ?」

 それでもいい、彼女のクイズの相手をしながら、忘れたことも思い出にしていく時間を、こたつの熱で身体に染み込ませる。チラチラと感じる視線に応えるように、剥いたミカンをあげた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?