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短編小説

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2019年12月の記事一覧

詠む人くんの徒然なる日常。1

「行ってきます!」

明るい気持ちで家を出た。急ぎ足で出て行ったので、お母さんの行ってらっしゃいがフィードアウトしていく。

今日、僕のクラスに転校生が来る。転校生、どんな子だろうか。女子なのか、男子なのかもまだ、知らされていない。個人的には女子であってほしい。それも、超ド級の美少女。あ、でも、あまりに可愛すぎると他の男にとられる確率が上がるから、平々凡々な僕の容姿に釣り合わないほどに可愛いと困る

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詠む人くんの徒然なる日常。2

まさに、嵐を呼ぶ転校生というべきか。彼の存在は、転校初日にして、全校生徒に知れ渡ったようだ。まさか、転びそうになった僕を助けてくれたのが、あんなユニークな奴だったなんて。

この先の学生生活、彼のおかげで退屈とは程遠い生活になりそうだ。いや、もしかすると、退屈だった日々が懐かしくなるかも。なんせ、彼の個性的な面といったら、、、。



「僕の名は、人徒詠人(ひととよむひと)。よろしくね」

5・

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詠み人くんの徒然なる日常。3

数学の授業。

詠人くんが先生から指名されたときに、どう答えるかが気になった。さすがに数学の答えを短歌や俳句調で答えるのは難しいだろう。

キーンコーンカーンコーン、という授業開始を告げるチャイムが鳴り、数学の授業が始まる。隣の席の詠人くんは、心なしか委縮しているように見えた。もしかして数学は苦手なのだろうか?文芸好きの文系人間なら、それもありえるな。

さっそく、先生が詠人くんを指名した。さあ、

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水族館デート前編【短編小説】

 冬の日の割に、暖かい。今日の天気は曇りだろう。外を見なくても分かる。起きた瞬間に、気温で天気が分かるというのが、僕の特殊能力だ。といっても、曇っていたら空気中の熱がこもって、気温が上がることくらい、多くの人が知っていそうなものだ。

 カーテンを開けると、案の定曇りだった。気象予報士にでもなろうかな、という考えがふとよぎった。この程度でなれるものじゃないだろ、と、心の中で自分にツッコミを入れて笑

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水族館デート後編【短編小説】

 ぬるい。なんていう日だ。冬だというのに、私のお気に入りの、体を刺すような冷たさは、かけらもない。起きた瞬間に、今日はシャキッとしない日だと予測がついてしまう。とはいえ、凍えるような冬の日に、暖かい日がたまたまあると、多くの人が心地よさに歓喜しそうだ。

 カーテンを開けると、予想に反して曇っていた。こんな暖かい日なのだから、てっきり晴れているようなものだと思っていた。気象予報士にはなれないな。な

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完全な嘘

 完全なる嘘つきがいる。

 彼の話すこと、何もかもが彼の身の上の事実とは異なるが、だれひとりとしてその嘘を見抜くことはできなかった。

 彼には面倒見の良い母親、優しい父親、孫を可愛がる祖父母、仲の良い妹がいた。彼はそんな家族のもとで不自由なく育ったという。だが実際には、彼の家族は父親ひとりだった。

 その真実とは、彼の父親の愛情だった。彼が生まれたときに母親が亡くなり、祖父母もすでに他界して

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思慮とわがまま

思慮とわがまま

 雨のことを嫌いになれなかった。雨は作物を育てるからだ。田畑の作物にとって、雨は恵みの雨だ。晴れの日が続いて、まったく雨が降らないと、作物は枯れてしまう。

 雨の恩恵を受けるのは、田畑の作物だけではない。山々の木々もそうだ。森林の植物もそう。雨が降ることで、彼らは成長する。

 植物が育つということは、めぐりめぐって、人が育つということだ。田畑の作物は美味しい野菜として、私たちの身体の一部とな

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殺した数

殺した数

路地裏のバー。
うす暗い店舗。約束通り集まった5人は、奥のテーブルに座る。
注文したドリンクが来ると、最初に口を開いたのはドナルドだった。

「なあ、お前ら。今まで何人殺した?」

ガチガチに決めた黒スーツにネクタイ、身長190cmは優に超えるドナルドが、その巨体とは対照的に、他の席の人間に聞こえないよう、ひそやかな声で話す。

「僕は15人は殺った」

黒い眼帯をしたジョージが、淡々と答える。

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